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バナナの皮は人類史上最強の兵器です

 昨夜の雨の名残である水溜りを踏み散らし、野良猫を飛び越え、あるいはポリバケツをなぎ倒しつつ、七海郁斗は裏路地を駆けた。


「くそ、どこまで追いかけてくるんだ!」


 踏み躙られた水溜りを飛び越え、物陰に逃げ込む野良猫に目もくれず、倒れたポリバケツを蹴り飛ばしながら、緒形玲奈は後を追った。


「ストーカーの如く朝から晩まで付け回して精神が崩壊に至るまで追って行くわよ! 捕まえてあげるから、逃げずにその場で止まって、わんって言いなさい!」


 止まれと言われて止まるなら、そもそも逃げていない。

 逃走劇は続いた。


「しつこいやつだな! 俺が何をしたって言うんだ!」


 吐き捨てるように言うそんな郁斗の服装はセーラー服姿だった。緑のスカーフを巻いた純白のセーラー服で、もちろん男が着るようなものではなく、某私立高等学校の制服として近隣では有名だった。


「人の制服を勝手に着といて、何をしたもこうもないでしょーが!」


 叫ぶように言い返すそんな玲奈の服装は体操服姿だった。残念がら、ブルマではなくスパッツである。こちらも某私立高等学校指定の体操服だ。


「彼女のセーラー服なら別に着たっていいだろ! 俺の彼女なら『まぁ可愛い、惚れ直したわ』って褒めて甘やかして頭の一つでも撫でて良きに計らえ!」


 時折、顔だけ振り返りながら、セーラー服男子は言う。


「着たいなら素直にそう言いなさい! 裾の上げ方やら着こなし方を仕込んだ上に、化粧まで施してあげるわよ! 許可も取らずに勝手に着るから捕まえてぶん殴ろうとしてるのよ!」


 怒り心頭といった様子で、玲奈は言い返した。


「そこはほら……なぁ? わかってやれよ、男心ってやつをさ」

「なぁ、じゃない! 自分の制服を勝手に着られた乙女の心をわかりなさい!」


 乙女心がわかるような男じゃないことくらい、玲奈が誰よりも知っていたが言わずにはいられなかった。


「だって、一度着てみたかったんだもん♪」

「ウェディングドレスに憧れる乙女みたく言わない! もう一度着たんだからいいでしょ? そろそろ脱ぎなさいよ! てか、街中をその姿で突っ走って恥ずかしくないの!?」


 街中も街中、裏路地を抜けたら地元の商店街ど真ん中どストライクだった。


「まぁ、聞きました、奥さん? こんな街中で脱ぎなさいですってよ。最近の若い人達って大胆なのねー。聞いてるこっちが恥ずかしいわー。もっとも、十年前なら私もそれくらい……ポッ」


 井戸端会議をしている主婦を装った口調で、郁斗。恥ずかしがるどころか、挑発を重ねた。


「自分で脱げないなら、あたしが脱がせて全裸で町中を練り歩かせてあげるわ! 交番の前が一番の難所だけど、馬鹿郁斗はスリルあったほうが好きだからちょうどいいわね!」


「恥ずかしい言葉を大声で言うなっての。あんま怒ってばっかりだと血中教育ママ濃度が高くなるぞ? うるさいなぁママは黙っててよ、って言われる日も近い」


 当然と言えば当然だが、怒りのテンションをまったく下げない玲奈に、幾分冷静な口調で郁斗は言う。その内容は挑発以外の何物でもなかったが。


「うるさい! 郁斗が黙れ! そっちこそ、血中変態濃度が高くなってるわよ!」

 走りながら喋っているというのに二人の会話はいつまで経っても実に軽快だった。


 行き交う人並みを縫うように走る足も軽やかで、障害物を物ともしていない。商店街もとうとう抜け、住宅街に差し掛かる十字路を曲がった。


「このままセーラー服を着て帰って玲奈の匂いに包まれて寝るんだ! それを果たすまで、俺は絶対に死んだりしない!」

「やめてー! 想像しただけで身震いするほど気持ち悪い!」


 郁斗の叫びに返す玲奈。

 郁斗の台詞に注目してみれば、何だか死亡フラグが立ったような気もしないでもない。


 会話の内容が内容な為に不吉な雰囲気はまるでなかったが、フラグが立ってしまった以上は、物語上、回避ルートは存在しない。


 結果として、地面に落ちているバナナの皮に気付くことのなかった郁斗は、見事にそれを踏んで足を滑らせた。


「郁斗!? 今時、バナナの皮に滑って転ぶなんてあり得ないわよ!」


 転んだ拍子に後頭部を強かに打ちつけたのを目撃した玲奈も、心配よりも先に思わず突っ込んでしまう。

 だが、駆け寄って顔を窺い見て事の深刻さに気付いて慌てだした。


「ちょ、ちょっと郁斗、返事してってば!」

 返事をしないどころか白目を剥いている。


「こら、早く起きないと遅刻しちゃうわよ! って……あぁ、血中教育ママがうずくぅ!!」

 玲奈は激しく混乱しているようだった。


 当の郁斗は意識を取り戻す気配もない。それもそのはず、すでに呼吸をしていないのだから。




 こうして、七海郁斗は死んでしまった。

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