探索者『剛腕』のいつもの一日
「ふんっ」
ゴシャァッ、と小気味良い音を立てて赤地に白いバッテンの描かれた標識が大ねずみの頭部にめり込む。大ネズミはギャッと短く鳴いてバランスを崩したが、すぐに立ち上がった。なかなかタフ。
「えいえいえい」
ガンガンゴンゴガギンと派手な音を鳴らしながら標識で大ねずみの頭を乱打する。なんだか悲痛な叫びを上げているような気がするけれど、慈悲はない。
暫くするとピクピクと痙攣するだけになったので、私は周りに他のエネミーが居ないことを確認してから大型ナイフで大ネズミの腹を掻っ捌いて内臓を取り出し、首を落とした。標識はばっちいしもうボコボコにひん曲がってるから捨てていこう。またそこらへんで引っこ抜けばいいし。
「ふんふんふーん♪」
血抜きのために大ねずみの死体の尻尾を手で持って振り回しながら歩く。飛んだ血を被らないように振り回すのがコツだ。大ねずみの肉は美味しいから結構高く売れるし、毛皮もまぁそこそこで売れる。
まぁちょっと嵩張るから他の獲物を持って帰れなくなるのが玉に瑕だ。あ、誰か来る。
「うおっ!?」
「ぎゃぁぁぁぁっ!? 目が、目がぁ!」
男の人は飛んだ血を避けたみたいだけど、若い女の子は避けきれずにもろに顔面に食らってた。まさか人がいるとは思わなかった、失敗。
「って『剛腕』かよ、新手のトラップに遭遇したかと思ったわ」
「ごめん、人が来ると思わなかった。血抜きしてたの」
「豪快すぎるだろう、常識的に考えて。そいつ何キロあると思ってんだよ……」
「んー、多分二百は超えてる。大物」
「さいですか……おいかぼす、いつまで転がってんだ行くぞオラ」
あ"あ"あ"とか女の子らしくない声を出しながら地面を転げ回っている女の子を男の人がゲシゲシと足蹴にしている。もう少し女の子らしい声を出して転げ回っていれば優しく助けてくれたかもしれないのにね。
「んじゃ、私帰るから。この先はこれ獲ってきただけであんま漁ってないからなんかあるかも?」
「お、まじか……ってそれ振り回してきたってことは血だらけかよ」
「多分他にエネミーはいない。がんばれ?」
ひらひらと手を振って再び歩き始める。距離が開いたら美味しいお肉のためにまた振り回そう。
☆★☆
「また大きいの持ってきましたねー」
街に着いてすぐに『管理局』に大ねずみを持ち込むと、受付の人が感心したような呆れたような声でそう言った。街の食糧事情に貢献したんだからもっと褒めるべき。
「いいとこ五キロだけ引いて。あとは売る」
「はーい」
管理局ではこういう獲物や旧世界のがらくたを買い取ってくれる。データとかも買い取ってくれるらしいけど、私はそういうのはちょっと苦手だからわからない。
私の獲ってきた獲物は管理局に雇われた見習い探索者が汗を流して解体して美味しいお肉にしてくれる。ミスってダメにしたりすると報酬から引かれるので必死だ。私もそうだった。
「ちっ、変異持ちの化け物は良いよなぁ。楽して金稼げるんだからよ」
肉が解体されるのを飲み物を飲みながら優雅に待っているとそんなやっかみが聞こえてきた。気にしても仕方ないから無視する。
私みたいな『変異持ち』は数が少ない。少数派が多数派から特に意味もなく煙たがられるのはよくあることだから気にしない。変異持ちは変異持ちで優越種だとか新人類だとか言って騒いでる連中もいるらしいし、お互い様だ。
「聞いてんのかよ化け物。人間様を無視してんじゃねーぞ」
彼のような人間至上主義者もそろそろ現実を見つめて欲しい。その無駄な情熱とリソースをもっと建設的なことに向ければいいのに。
今日の私は機嫌が良い。お肉を食べれるから少しくらい囀るのを見逃してやろうと思う。
まだぽんぽんすこしいたいです_(:3」∠)_