Code.0004 真新しい香り
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
TIKS日本国宇宙機搭乗員養成学校に到着し扉を開くなり甲高い声が響く。自衛隊空軍時代ははっきり言って同年代の女性とは無縁に近い状態だったので、胸からとある感情が湧き出てくるのは至極当然だった。
(うおおっ……)
浩司が全身が痺れたようにリアクションを取るのとは正反対に久は彼の横をあっさり通り過ぎてパスの申請書に署名をし始める。
「おい、馬鹿。いい加減にしろ。そんなとこで女免疫ないリアクションすんな。恥ずかしい……」
「あ、ああ。悪ぃ。つい、な。
あ、あの…… お世話になります。自分は新島であります」
「もう隊から離れてるんだからそういう汗くさいのも要らない」
「あ。そっか…… ははは」
(何浮き足立ってるんだ。俺)
浩司は三回自分自身の頬を叩くと、署名を連ねた。
施設利用許可のパス。
そこにはTIKS日本国宇宙機搭乗員養成学校訓練生の文字。
正直響きだけ聞けばそんなに良いものではなかったが受け取ると何だかずっしりと重みを感じる。もしかしたらその操縦桿を握る事は新たな過ちを犯す事にもなるかもしれないのだ。
覚悟はしておかねばならない。
ただそんなに悠長な事を言っていられない噂もある。
中国、韓国、ロシア。アメリカ、イタリア、フランス、ドイツ。
これら全ての国が日本と同じように秘密機関を持ち、宇宙用戦闘機を開発している噂がある。
その証拠こそないがもし仮にその存在を世に示したとなると途端停滞しているように見えた世界の均衡が崩れ出すのは明らかだ。
「ありがとうございます。それでは新島さん、高岡さん。
お二人の部屋へご案内します。こちらへどうぞ」
「同部屋か。このうるさいのと」
「う、うるさいのは余計だよ。高岡クン」
「うぜぇぞ、お前」
「お前もな」
(どうも感覚的にここは想像していた所とは全く違うようだな…… まるで全てを隠すためのカーテンみたいだ)
久は瞬時にそう察知した。
そう、宇宙戦闘と頭ごなしに聞いていたのだから無理もない。
何故なら外見から見ればただのホテルとそのフロント程度にしか見えない。
不審な点は数上げればキリがなさそうだ。だが久は指摘する事は控え、ゆっくりと考え判断していく事にした。
フロントの女性が迅速に誘導を促そうと二人の前に立って、歩き始めた。
浩司はその後ろ姿を朧気に見つめながら先程のような浮ついた感じのない別の感情を抱いていた。
(こういうのもいいもんだ。そういえばあいつも何か出る時に言ってた気がしたんだが……)
二人はそれぞれ違う内容を思案していた。
ただこういう時に限って瞬間呼びたくもない騒動が勝手に吸い寄せられるようにしてやって来るものだ。
ふと奥の方からざわめきが聞こえていたような予感はしていた。
ただそれはあくまでも気にしない程度の気であって、どうせ冗談や上の空程度のものだろうと浩司は感じていた。
だが現実はそんなに甘くない。
どがぁっ!
(え……。ええっ!?)
轟音と共にいきなり目の前の壁が粉々に崩れてきた。しかも壁にはぽっかりと何かが撃たれたような穴が開く。
主たちの声は聞こえてくるが、当然、そんな事までする位だ。
すぐに状況が収まる訳がない。
「何、これ……」
「さあな」
浩司驚いて尻餅をついているのをよそに久は物静かに分析をしているように見えた。
だがすでに隊を離れているため装備らしい装備もない事に気付くと、必死にどうすれば己の身を守れるかを計算し始めた。
結局すぐに計算できなかったため動揺も何もしてない素振りをし、我、心ここにあらず…… の態勢を取る事にした。
とどのつまり軽い現実逃避である。
「お前、目の前でヤな事起きてるとすぐそうするよな」
「新島みたいにジタバタするのが嫌なだけだ。
それにしても何が起こってるんだ。ここでは一体……」
「むぁた、あの子達ね。全く懲りないんだから……っ!」
案内役のフロント嬢が言うと主。
騒動を仕掛けていた二人の女性が突如として意を決したかのような勢いで飛び込んできた。
ただ一切前を見ている訳がなく、そのままのスピードで二人は突っ込んでくる。
浩司単体目掛けて。
「お、おいっ!?ちょい待て……」
「あ……」
げごんっ。
「馬鹿が……」
フロント嬢と久が同時に下を見ながら呟いた。
思わず目を背けた先には四つの靴跡がくっきりとついてぴくぴくと両手足を微妙に動かしながら口を半開きにして倒れ込んでいる浩司がいた。
まるでその顔には不幸という言葉しか当てはまり得ないくらい悲惨な状況だった。
ゆっくりと浩司は呟く。
「何で俺だけ……」
こうなったらもうほぼ半泣きである。
仕様がなく久は浩司に肩を貸し起こし上げるとフロント嬢は無理矢理気を取り直して前へと進んでいった。
二人の男はどちらともなく目を細くしながらブルーな気分でその後ろをついていった。
「後でさっきの二人は絞め上げときますのであまり気分を害さないでくださいね」
「は、はあ……」
あまり説得力のない言葉ではあったが彼女の表情を見るだけで大体此処がどういう場所なのか。そして今までいた場所と騒がしさに関してはそう大差がない事を二人は感じ取ったのだった。