ご対面
ようやくキャラクター達が絡み始めましたワッショーイ。
入学式から一週間が過ぎた。
なんとなく浮き足立っていた一年生達も落ち着き、新生活が日常へと馴染み始めた様子だ。
一学科約四十名の六学科三学年プラスαで操船科五名、その全員が一堂に会す食堂は広大だ。
学院の中央にあり、操船科からは歩いて十五分程掛かる。いや、ウチが辺境にあるのがいけないんだきっと多分。
色々と日本準拠の乙女ゲームだけど、昼休憩だけはヨーロピアンに二時間あって良かったと思うよ。往復だけで三十分浪費するからね。主人公もご飯食べたりお菓子食べさせたり、色々とイベントを熟さないといけないからね。あとヨーロピアンってのは単なる私のイメージだよ。
まぁそんな感じで広々とした光溢れる食堂に全く不釣り合いな、生まれたての仔鹿が四匹。
「ダメダメダメダメダメダメ!押すなコケる!!」
「ちょっ!腕を取るな倒れる!!」
「ぶつからないで下さいまし!もっと自立心を持って!!」
「落ち着こう!とにかく落ち着こう!!ってぎゃあ!!」
阿鼻叫喚である。
いやさ、今日さ、初めての実技だったんだけどさぁ。
服を着たまま5キロの重りを抱えて海に放り込まれ、二時間ぶっ通しで泳がされたよね。
なんか、最終的には30キロの重しを付けることを目指すらしいよ。
前世、実は海上自衛隊を目指していた私が敢えて言おう。とっても軍隊的だわこの学科。
筋肉疲労に膝をガクガク言わせた私達は、何とか空いていた席に辿り着きヘタリ付く。
殺さば殺せ……という気迫を漲らせつつ、周りの安穏とした昼休みを過ごす平和惚けした嬢ちゃん坊っちゃんに死線を向ける。誤字じゃないぞ、死線だ死線。暢気そうな顔しやがって。
そんな世界への呪詛を吐き出す私達だが、お気付きだろうか? 操船科は総勢五名。憐れな仔鹿は四匹。一人足りない。
そんな唯一は片手に掲げたお盆に五個のカップを乗っけて、軽快な足取りで溢れる嬢ちゃん坊っちゃん方を避けつつ歩いてくる。その足下に危なげは一切ない。鬼か。君の体力は鬼なのか。
「ずっと海に浸かってたんだし、体温めないとね。」
コトンコトンと、それぞれの前に温かいお茶を配してくれる。それを両掌で包み込んで、私はほっと息を吐いた。
「ありがとう、オレアノ。」
男女の差はあれど、私とそう変わらない体格のオレアノ。その体力は一体どこから来るのか。
「それ飲んだらちゃんとご飯食べなね。でないと午後から保たないし、無理してでも食べれるようにならないとガンガン痩せるよ。」
そういえば前世でも、シンクロナイズドスイミングの選手は恐ろしい程のカロリーを摂取すると聞いたことがある。やはり水中ダイエットは効くのか。しかしレイチェルの細っこい体で、これ以上痩せるのは頂けない。主に胸囲的な意味で。
いや、でも無理だな。疲れ過ぎて何も食べる気がしない。ふはー。
それでもやはり男女の差なのか、他の仔鹿達はヨレヨレと立ち上がる。
「痩せるなぞ……俺の矜持が赦さん……!」
なんの拘りだゴンゴル。確かに今日の実技で、君は抜群の浮力を有していたけれども。
「レーチェは? スープなら食べれる?」
三人の後に続く様子のない私に、頭を撫で撫でしつつオレアノが聞いてくれる。
そうだな……、スープならなんとか……。
私がコクンと頷くと、
「待ってて。」
と言って、オレアノも注文スペースに行ってしまった。どうやら私の分も取って来てくれるらしい。ありがたやありがたや。
はぁ、それにしても疲れたな。でも泳げない人間なんて、船に乗せられないもんな。魔力が枯渇した状態で海に落ちる事もあるだろうし、泳ぎの訓練は魔法禁止だった。
何度目かの息を吐きつつ皆を待っていると、入り口の方から「キャー!」と悲鳴が上がった。
なんだ? コモドオオトカゲでも現れたか? 拙い、今の私では確実に逃げ切れない。
悲鳴は小波となって、私の方へ近付いてくる。弱った獲物を感知したのだろうか、万事休すだ。
などと疲れた頭で思考遊びをしていたら、現れたのはコモドオオトカゲ……ではなくスットコドッコイ……でもなくアーノルドだった。またもや生徒会メンバーをフルで引き連れている。コモドオオトカゲって群れるんだっけ?
「こんな所にいたか侯爵令嬢。」
「昼時ですもの。貴方はどうしてこんな所に? 公爵令息。」
一堂に会す食堂とは言ったものの、生徒会メンバーは例外だ。彼等は別に専用のサロンを持っており、昼食を摂ったりお茶したり、はたまた主人公とキャッキャウフフしたりはそこでする。筈だ。
「マリアヴェルが一般生徒が食事する所も見てみたいと言うのでな。」
一般生徒ってなんだ一般生徒って。お前等だって単なる生徒会じゃないか。前世の記憶持ちである私の感覚では生徒会役員なんて、内申のために雑用係を引き受けた人、だぞ。
そして新たな事実が判明。
主人公は名前をマリアヴェルと言うらしい。
「ベ」じゃなくて「ヴェ」ね。私が上手く発音出来ないヤツだ。名前を呼ばねばならないシーンに遭遇しないよう、今まで以上に距離を置かなければ。ってことで寄るなコモ……スット……アーノルド。
「はあ。で、なぜ私に声をお掛けになったのでしょう?」
見たいなら勝手に見て、とっとと帰れば良いじゃないか。
「別に俺だって、声を掛けたくて掛けた訳じゃない!!」
何故いきなり憤慨する。地雷ポイントがさっぱり解せない。
「姫! どうしたの!?」
ピリリとした空気の中、戻って来たアルカロスが割って入ってくれる。
ああ、うん、私の学科内での渾名、姫……になりました。
言わないで! もう何も言わないで! 分かってるから! 自分でも思ってるから! 痛いとか痛いとか痛いとか分かってるから! 姫とかないわぁって自分でも思ってるから!
「……姫だと?」
アーノルドが見下した眼をして鼻を鳴らす。
グァアアアアアアア!!!
こんな事なら! 何があろうと! 血塗れの泥仕合を演じようと! こんな渾名を許可するんじゃなかった!!
「……アル。」
アルカロスの渾名はアルだ。とても普通だ。コイツめ、人には姫なんて恥ずかしい渾名を付けておいて……!
思わず溜息のようにしか名を呼べず、羞恥に顔が赤くなる。目まで潤んできたわチクショウ。
そんな私の様子に何か勘違いしたのか、普段はヘラヘラと笑っている表情を引き締めると、アルカロスは私とアーノルドの間にズイっと立った。
「グランフィルス家のご子息とお見受けしますが、彼女に何か?」
フランツとゴンゴルも、そっと私の側に立ってくれる。ええヤツ等や。
「フン、既に男を侍らせているのか。いいご身分だな侯爵令嬢。」
おい止めとけ。その台詞、お前の傍らに立つマリアヴェルとやらをも攻撃しているぞ。
しかし主人公ちゃんは、自分も私と同じ状況だとは気付かないのかアーノルドの袖をクンと引き、
「アーノルドくん、そんな言い方ダメだよ……!」
と、自分の事は棚上げっていうか棚から目線っていうか……とにかく庇ってくれた。納得いかねぇ。
「そりゃ自分だって男侍らせてんだ、庇うよな。」
操船科一口の悪い男、ゴンゴルが喧嘩を買うようです。
ゴンゴルなぁ、ほら、太ってる人って何となくおおらかで優しいイメージあるじゃない? それを全力で裏切るからなぁ。
「マリアは違う! 彼女は生徒会メンバーだから、俺達と一緒に居るだけだ!」
アーノルドの言葉に、周りのカラフルなモブと化していた生徒会メンバー達がうんうんと頷く。いや、頷くだけではモブからの脱却は難しいぞ。
「それを言うなら、姫だって俺等と同じ科だから一緒に居るだけだし。」
ゴンゴルが吊り気味の黒瞳を眇めて応じる。
いや、友達だからだよー、とか言う空気ではないか。違うか。私一人が友達だと思ってるんだったらどうしよう。
「同じ学科だからと言うのであれば、他に女が居ないのは可笑しいじゃないか! どうせ男に媚を売った事で、他の女生徒には嫌われたんだろう。」
フンと笑うアーノルドに、ハンと嗤ってゴンゴルが応える。
「バカじゃねぇの。操船科に女は姫一人きりだっての。」
「……は? 操船科?」
アーノルドがポカンと口を開ける。うん、アホ面。
「お前、操船科なのか? なんで?」
「なぜと言われましても。操船士になりたいからに決まっておりますわね。」
「バっ、なっ、お前は俺の婚約者なんだぞ!? 操船士になって、それでどうなるって言うんだ!!」
まぁねぇ。公爵夫人が操船士として働くとか無理よ、勿論。でも婚約破棄しちゃえば、陸操士なら問題ないから。
「はぁあああああ!? 婚約者!? 姫、婚約してんの!??」
アルカロスとフランツが驚愕に目を見開いて、ゴンゴルが「アレと婚約とか正気かよ」と呆れている。
そうだよね、婚約者が学友と一緒に居るのを見ただけで男を侍らす売女呼ばわりとか……、ないわ。
「ええ、陛下のご命令で。」
「陛下! 陛下のご命令! 上流階級凄いな!」
子爵だって男爵だって貴族だ、上流階級には違いない。でもわざわざ陛下が口を出してくるとかないよねぇ。
「……なに騒いでるの。」
呆れた声に振り返ればオレアノだ。
左手には私用と思われる、野菜たっぷりのコンソメスープ。右手にはスペアリブ的な肉の塊が山と盛られた大皿を掲げ持っている。ああ、そのお肉を焼いて貰ってたから、戻って来るのが遅かったんだね。
オレアノは小さくて細いのに、ゴンゴルよりも更によく食べる。
成長期だそうだ。家系的にこれからが勝負なんだそうだ。その内いきなり巨大化するからね、と言っていたが本当だろうか。
「今の君たち生まれたての仔鹿仕様で、教室に戻るにも三十分以上掛かるんだからね? さっさと食べなよ。」
そう言えばそうだ。既に昼休憩の残り時間に余裕はない。
「それでは公爵令息様、ご機嫌よう。」
アーノルドとの会話を強制終了させるべく、終わり文句を言って礼をとる。
「待て待て待て待て、本題を言っていない!」
なんだ無駄に絡んで来ただけじゃなかったのか。本題があった事が驚きだ。
「何でしょう? 疾く仰いませ。」
操船科一同、席についていただきまーすと手を合わせる。
公爵家子息に対しとてもとても失礼だが、あまり気にしない事にする。きっと今まできちんと対応してきた事が、彼を調子付かせたのだ。
「週末にある懇親パーティの事だ!」
「は? 懇親パーティ?」
思わず素の調子で聞き返してしまった。何だそれは。
「高等科一年全科の人間が集まって行う、入学祝いのパーティだ。何故知らない!」
「知っていまして?」
操船科メンバーに話を向けてみると、全員がフルフルと首を横に振った。
「先生、俺達に伝え忘れてるな。」
アルカロスが苦笑いを浮かべる。クリス先生ね、とても良い先生で操船の授業はとても熱いんだけど、一般の事務処理的な部分でたまにやらかすんだ。
「僕達はそれでも平気だけど、姫は大変じゃない? ドレスの準備とか……。」
揉め事や人の悪意が苦手で、ずっとオロオロと戸惑っていたフランツが心配してくれる。ご飯を食べ出して落ち着いたようだ。良かった良かった。
「入学祝いにお兄様が仕立てて下さったドレスがあるので、そこは大丈夫ですわ。」
「とにかく! だ!」
おっと、アーノルドの存在を忘れていた。
「その日、俺はマリアのエスコートをするから、お前の相手は出来ない。」
言って挑発的に見下ろしてくる。フフン、と得意気でもある。面倒臭い男だなぁ。
「はいはーい。じゃあ姫のエスコートは俺がする!」
元気にブンブン手を振って、アルカロスが宣言する。
何だ、私が恥をかかないように気を遣ってくれているのか。空気の読める良い子だな君は!
「じゃあ僕はダンスを申し込もうかなぁ。」
「っていうか、全員と一曲ずつ踊れよ姫。四曲くらいいけるだろ。」
フランツとゴンゴルも参戦してくれる。
ただし一名、
「オレアノも姫と踊るだろ?」
と水を向けられて
「パーティってご飯でるよね? 俺たぶん食べるのに忙しいから。」
と断る協調性ないのが混じっていたが。
本当にブレないね、オレアノ。私は好きだけど。
「という事で、特に問題ありませんわ! 公爵令息もお楽しみ下さいましね!」
これ以上ないくらいの笑顔で快諾したのに、コモドオオトカゲが苦虫を噛み潰したみたいな顔をされた。なんなんだよもう。
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