友達が出来ました
式典中は寝てるかトリップしているかでサッパリ話を聞いていなかった私は、ぞろぞろと生徒達が移動して行く中、この後どうすりゃ良いんだとポーカーフェイスで困り果てていた。のだが、幸いにして隣の席に座っていた男の子が、
「学科同じだよね? 一緒に移動しよう。」
と誘ってくれた。
有り難い。多分彼は、私が全然話を聞いていなかった事に気付いた上で誘ってくれた。本当に有り難い。勝手に心の友認定しておこう。
「俺はオルバー男爵の息子で、オレアノって言います。よろしくね。」
ニッコリとした笑顔が穏やかで可愛い。いや、男の子に可愛いという評価はどうかと思うが、身長も私とそう変わらないくらい小柄で、なによりホンワカした雰囲気がそういう評価に傾けてしまう。清潔感のある短髪は極薄の水色で、眦の和やかな瞳は琥珀色。決して美形では無いけれど、お年寄りに可愛がられそうな容姿だ。
「私はラドルフ侯爵の娘で、レイチェルと申します。よろしくお願い致しますわ、オレアノ様。」
彼の雰囲気につられる様に、私もニッコリ。
あ、注釈だけど同じ「私」でも、地文は「ワタシ」で口語は「ワタクシ」って言っているよ。これでもご令嬢だからね。いきなりの気取った話し言葉に怖気ったかも知れないが、そこはギャップ萌なんだと全力で自分を誤魔化して頂きたい。
「え……ラドルフ侯爵の……!?」
知らずに声を掛けてきたらしく、目を一度大きく見開くとパチクリと瞬き。
「ここでは一学生ですから、仲良くして下さいましね。」
引かれてなるものかと畳み掛ける様に笑顔を深めれば、彼もまた笑い返してくれた。
「はい、じゃあ俺の事はオレアノと。」
「では私はレーチェと。」
正直私の事を愛称で呼ぶのは家族くらいのものなんだが、彼は私の心の友だからね。
入学早々にゲット出来た友達にうふふふふ〜と笑っていたら、嫌な声に話し掛けられた。
「おい、ラドルフ侯爵令嬢!」
ンだよ空気読めよと睨みそうになるのを無理矢理目を細める事で笑顔の形に誤魔化しつつ、声のした方を振り返る。
そこには案の定、我が婚約者アーノルドの姿が。……なのだが、何故か生徒会メンバー全員を引き連れてやがる。
おいおい群れるんじゃないよ寂しがりやか! そいつ等に私の存在を認識させるんじゃない!
浮かびそうになる青筋を抑えて、何用だとばかりに小首を傾げる。コイツは人の言葉尻を捕まえて曲解……どころか悪解するのが得意なので、私は極力口を開かない事にしているのだ。
「フン。そんな男に媚びる仕種をしても、俺には効かんぞ侯爵令嬢。」
仕種まで悪解するのか面倒臭ぇ、欠片も媚びてないわ。あとコイツが私の事をわざわざ侯爵令嬢と呼ぶのはアレよ? 婚約してるのはあくまで家の意志で、俺自身は認めてないっていう意思表示よ? 本当に面倒臭い、子供か。というか意思表示なら、私にではなく自分の親にしろスットコドッコイ。
「仰っている意味が分かりませんわ? それで、何用ですの?」
「下手な芝居を……まぁいい。お前こんな所まで俺を追いかけて来て、何のつもりだ?」
………………は?
「まったく、学校は違うから清々していたというのに。いくらお前が俺に近付こうと、俺がお前を婚約者として認めることは無い!」
なんたる屈辱!
いや、傍目にそう見えるかもしれないとは思っていたのだ。アーノルドはグランフィルス家の人間だけあって、もちろん幼稚舎からの生粋のグランフィルス生だ。そこへ相手にしていない婚約者が中途入学してくるとか、ストーカー的に追ってきたと思われるんじゃないかって。いやぁあああ違うんだよ! 追ってなんぞいない! っていうか相手にしていないのは私の方だ!
しかしまさか、当人から正面切って指摘されるとは思わず唖然としてしまう。
「誤解ですわ。私は学ぶ為にここへ来たのです。」
私の言葉を、言い訳とでも取ったのだろうか。明らかに見下した目をして、フンと鼻を鳴らすアーノルド。
グアァアアアアア! なんたる! なんたる屈辱!!
――と、ぎゅいっと握り締めた拳の左手の方に、触れるものがあった。そのまま握り込んでいた鞄を奪われる。
「そろそろ行こう、レーチェ。俺達の学舎は遠いから遅れてしまう。」
至近距離で笑んだ琥珀色に、私の毒気も抜かれる。ごめんオレアノ、怒りに目が眩んで君の存在を失念していた。
「それでは急ぎますので、失礼致します。」
私の荷物まで抱えた状態にも関わらず流麗にお辞儀をすると、オレアノはスタスタと歩き出した。ポカンとしたアーノルドが可笑しくて、歪む口許を隠す様に顔を伏せながら、私も生徒会一同様の横を通り抜ける。
「ふふ、ありがとうオレアノ。」
「どういたしまして。そろそろ行かないと拙いのは事実だしね。」
お礼を言いつつ、鞄を返して貰おうと手を伸ばすと拒否された。
「いいよ、女の子が持つ重さじゃないし。」
「重いからこそ、持って頂くのは気が咎めます。」
教室に置いておく用の教材も全て詰め込まれているから、かなりの重量になっているのだ。しかしオレアノは平気平気と気安い。小柄なのに、意外と力持ちなんだね。
「じゃあ……ありがとうございます。でも疲れたらすぐに返して下さいましね!」
「レーチェは律儀だね。さっきの人は侯爵令嬢侯爵令嬢って連呼してたけど、あんまりご令嬢っぽくないよね?」
天下のアーノルド=グランフィルスを「さっきの人」呼ばわり。流石だ……いや何がどう流石なのかは分からないけれど。
私の事も知らずに声を掛けたようだし、オレアノは貴族社会に疎いのかも知れない。男爵子息なのにね。ああそうだ、それにしても……。
「さっきの人、グランフィルス公爵家のご子息ですのよ。名乗らなかったのは、少し拙いかも知れませんわ。」
心配になって言ってみる。
貴族社会では、爵位が下の者が上の者に名乗るのが、まず第一の礼儀だとされている。それを怠るのは非常な失礼で、事に因っては爵位という名の首が飛びかねない。
「うん? 別に彼が誰か分からなくて挨拶しなかった訳じゃないから、心配いらないよ。第一ウチは男爵位だし、大体の貴族は格上だからね。」
それに……と続けて、オレアノは悪戯っぽく笑う。
「俺はレーチェと違って、式典中まじめに話を聞いていたからね。」
そう言えば、アーノルドは壇上に上がって挨拶しているのだ。知らない訳がない。
「ではどうして……。」
「彼って、騎士科なんだよね?」
「ええ、そのトップですわ。」
「なのにレーチェの怒気に気付かないとか、致命的だと思わない?」
クスクス笑うオレアノの顔が、なんだか黒い。
「敬意を払う価値、ないかなって。」
彼の様な柔和な造作でも、黒い笑顔は浮かべられるようです。私の背筋がゾワゾワする……。
でも。
「俺の友達に失礼だし。」
ポツリと零れた、そんな言葉の方が彼の本心な気がして、私は顔が緩むのを止められなかった。
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