入学
初投稿ドキドキです……。
「キャアァアアアアア!!!」
突如として上がった悲鳴……若しくは歓声に驚いて椅子からずり落ちかけた体勢を、素知らぬ顔をしながら慌てて戻す。
び、びっくりした。何なんだよもう。私が居眠りしてる間に何があった。
聖グランフィルス剣術魔法学院。幼稚舎から上級院まで一貫の、このエリート養成学校の高等部への外部入学を猛勉強の末に果たした私は、気力、体力共に精根尽き果てていたのだ。
そんな訳で目出度い入学式典の場だというのに、学院長先生の有り難いお話しをリラクゼーションミュージック代わりに爆睡してしまっていた。大変申し訳ない。
そして学院長先生は、既に舞台上から姿を消してしまっていた。大変申し訳ない。
壇上には学院長先生に代わり、五人の少年と、一人の少女が立っている。彼等の登壇に会場が沸いたらしい。
おお、真ん中に居るのは我が婚約者様ではないか、ご機嫌麗しゅう。
というか、本当にゲームそのままの展開なんだな。
思わずブフっと笑いが漏れて、隣の席の男子が訝しげな視線を寄越す。申し訳ない。
こんな事を言えば頭が可笑しいのかと思われるかも知れないが、私には前世の記憶がある。日本国は商人の街で、女子高生をやっていた。
そして私が転生を果たしたこの世界は、前世で私の妹がプレイしていた女性向け恋愛シミュレーションゲーム、所謂乙女ゲームの世界である。
ぶっちゃけ私はそのゲームをプレイしていないし、寂しがり屋の妹が、一心不乱にお箸片手にボトルシップの組み立てに勤しむ私の横でプレイしていたのを、彼女がキャーキャー叫ぶ度に何だ何だと横目で見た程度の知識しかない。
しかし間違いない。妹はこの攻略対象者揃い踏みのシーンで、周りの女子と同じ様な悲鳴を上げていた。
よし、向かって右側から解説していこう。
女の子だ。それも飛び切り可愛い女の子だ。ピンク色のセミロングにレンガ色の瞳。少し緊張した様な笑顔を浮かべる顔は柔和で優しげ、甘い雰囲気の美少女だ。
はい次。ふわふわの金髪に若草色の瞳、可愛らしい顔立ちの美少年。若干小悪魔チックな微笑を浮かべているのが気持ち悪い。ああゴメン、私の主観だ。
はいはい次。ウェーブの掛かる黒髪を後頭部で一つ括りにする長身の少年。紅い瞳に気怠げな色気を浮かべている。アンニュイな表情が癇に障るのは私だけだろうか。
で、私の婚約者様。婚約者なので氏素性もバッチリお届けするぞ。群青の髪に蒼穹の瞳、キリリとした美貌の彼の名はアーノルド=グランフィルス。家名からお察しだが、この学院の創始者一族にして、我が睡眠導入剤たる学院長の玄孫、ついでに公爵家嫡男でもある。容姿、頭脳、家柄と全てが揃ったハイスペック。但し性格は残念無念。
で、次。銀髪に翠の瞳、纏う空気は鋭く他人に緊張を強いる。もうちょっと肩の力抜けよと言ってやりたいが、きっと余計なお世話だろう。この手のタイプは他人のアドバイスなんぞ聞きはしない。
最後に……お前は駄目だ。外ハネするオレンジの髪に、渋い紅茶色の瞳。眼鏡はオシャレアイテムではなく、医療補助機器であることを理解しろ。頭に乗っけて何とする。
まぁ何というか、私の野郎共への解説に悪意が満ちるのは仕方がない。何せゲームでの私、レイチェル=ラドルフ侯爵令嬢は、彼等に好意を抱いたが為に破滅を強いられるのだから。
そう、私は乙女ゲームのライバルキャラ、つまりは当て馬だとかお邪魔虫だとか呼ばれるキャラクターに転生してしまったのだ。
レイチェルは縦ロールの金髪を左右のツインテールにして、釣り上がった紫の瞳、白い肌に華奢な体躯と、実にテンプレ高慢お嬢様のビジュアルを踏襲するキャラクターである。
いや、見た目に不満はないのだ。確かに嫌味っぽいキツめの顔立ちではあるが、前世の私の万倍可愛いし。細く長い手足に抉れるような腰回りとか、女子の憧れそのままと言って良いだろう。
うん、実を言うと主人公よりもレイチェルの容姿の方が好みだ。今となっては本人なので、口が裂けても言えないけれどね。
さてさてそんなレイチェルちゃん、ゲームの中ではちょいと不遇が過ぎる娘なのだ。
このゲームのメイン攻略対象者であるアーノルド=グランフィルスの婚約者なので、やっぱり一番多く登場するのはアーノルドルートの場合だ。
アーノルドと主人公の恋のお邪魔虫として活躍するのだが……いや、これレイチェル悪くなくね? だって婚約者なんだよ?
そりゃ婚約者がいきなり湧いて出た何処の馬の骨とも知れん女とイチャコラしてたら、邪魔の一つや二つや三つや四つするでしょうよ。寧ろそうするのが義務だろ。両家の親の手前、スルーって訳にはいくまい。
なのにそれを、逆ギレかましたアーノルドに制裁されてしまうのだ。
レイチェルだってさ、主人公への嫌がらせーー実際にナニしたかは知らないけどね、ウチの妹はイケメンがキラキラするシーンでしか悲鳴上げなかったから見ていないんだーーに走ったのは良くないと思うよ。きちんと婚約破棄をして慰謝料を請求するっていう、極々真っ当な手順を踏むべきだったと思う。
でも十六才だしさあ! どうしたって婚約は家同士のことだから、色んな事を考え過ぎて身動き取れなくなっちゃったのかも知れないじゃん!
……ゴメン、熱くなり過ぎた。なんせ自分の事だからね。
でまぁ結局はアーノルドの側から、有責者である筈の浮気野郎アーノルドの側から、婚約破棄を申し渡されてしまうのだ。ついでに父親から勘当されて、ラドルフ侯爵家からも追い出されるよ。可哀想過ぎるだろ。
ちなみにこの結末、他の攻略者ルートに行ってもそう変わらない。何故なら誰のルートに行こうが、当て馬は常にレイチェルだから。
どうもゲームのレイチェルは、美少年と美青年の保護を使命としているらしい。……頑張るな、レイチェル。その道にお前の幸福はないぞ。「アーノルド様に言い寄ったあげく、○○様にも色目を使うだなんて!」とかいう正論、誰の心にも届かないからね。
はぁ……レイチェル……とか我が身を憂いていたら、話し終えたカラフルレンジャー達が壇上から退出するところだったよ。万雷の拍手に大歓声だよ。人がトリップしている間に何があった。
んー、まぁ奴等が檀上に上がっていた理由はまた次回に!!