懇親⑧
しれっと続きます。
ロレンツの私への忠告は、それはそれは分かり易いものだった。
曰く、マリア嬢に関わると碌な目に合わない。
「最悪の場合、学院中からの非難を浴びて侯爵家からも勘当、挙げ句の果てには国外追放だからね。」
知ってる。うん、私それ知ってるわ。
「何をどうやったら平民の女に関わったくらいで、そんな目に合うんだよ。」
いやゴンゴル、呆れたように言ってくれちゃっているがゴンゴル、世の中不可思議な事なんて幾らでも起こっちゃえるのだよ。だってここ乙女ゲーの世界だもの!
「そこはミラクルファンタジーとしか僕にも言えないけれど。でもとにかく、侯爵令嬢はマリアと関わらない方が良い。今日みたいに自分から話し掛けるとか、もう絶対にやっちゃダメ。」
おおう、私がマリア嬢にアーノルドの許へ行けとか唆したのを邪魔したのは、私の為を思っての事だったのか。小童とか思って正直スマンかった。
「マリアとは話さない聞かない関わらない、この三原則を守ること!」
私はどこのお猿か核兵器か。でもなぁ。
「いえ、関わらない事には何の異論もないのですが……。」
それはあくまで、あちらが関わってこなければの話である。
スットコアーノルドが喧嘩を売ってきたり主人公ちゃんが物理的に突っ込んできたり、そういった場合には不可抗力というものだ。
「うん、それについては――」
ロレンツが言い掛けたその瞬間に、パッと一斉に照明が灯った。途端にザワザワと騒がしくなる会場。
学院の生徒は全員一階のホールに集められていたのだが、来賓の皆々様方はそれを見下ろせるようにぐるりと囲った二階に居たのだ。
構造としては学校の体育館が近いだろうか。
とは言え二階の方もかなりのスペースを確保されており、生徒だけの一階が立位式なのに対して、お年を召した方が多い来賓席は椅子やソファが多く用意されているらしい。
その二階から、ぞくぞくと人が降りてくる。
来賓も、なにも本当に祝賀の為だけにこの懇親会にやって来る訳ではない。
言ってしまえば、青田買い。
国内屈指の名門校に、良い人材が居ればといち早く唾を付けに来たのだ。
もちろん学生にとっても自分を売り込むチャンスなので、家業のある嫡男でも無い限り踊っている場合ではない。
そんな階下に来たる集団の中に、我が婚約者様の姿を見付けた。
学院長の玄孫であるからホスト役と聞いてはいたが、それでも一生徒が他の生徒との交流をうっちゃって会の初めから終わりまでとは何じゃらホイとは思っていたのだ。
しかし納得。
アーノルドは、階段を下りる為に風魔法で支えられた車椅子を押していた。
聖グランフィルス剣術魔法学校は公爵家が運営するというその性質上、折々の式典の際に必ず一人は王族の何方かが来席する。言っては何だが、末席の方が多いけれどね。しかし今回は、この方だったようだ。
スフィアラナ=リベティア。現王陛下の弟君である。
スフィアラナ殿下は、王族一良い話を聞かないお人だ。
幼少期より政への興味を一切見せず、王宮の奥から出てくることも殆どなかったらしい。それは現在でも変わらず、つまりは王族としての義務を放棄することも多い。国民からの支持は皆無と言って良いだろう。
しかしここまでは、紛れもない事実。重要な式典に顔を出さないこともしばしばだからね。
そしてここから先は噂でしかないが、閉じ籠もっては奢侈に溺れ、食の為には散財を厭わず、色は幼い子供を好み、些細な事で癇癪を起こす暴君と囁かれる。
でもこれは、多分に見目に因るところが大きい。
自力で歩くことも適わない肥満体を、華奢な車椅子に押し込めて。不摂生に倦んだ肌は色艶を失って。黄色く濁った目だけが、ギョロリギョロリと辺りを窺って。まだ五十を数えない筈だけれど随分と年嵩に見えた。
殿下がフーフーと息を吐く度に、周りの人間が顔を顰める。
今だってそうだ。ただ一人、アーノルドを除いて。
しかし私も幼少期に可愛がって頂いた覚えがあるので、世間程の嫌悪感はない。たしかよく、ビー玉みたいに綺麗なアメ玉を貰った気がする。
ただ、私が十歳になる頃だろうか。父や兄から殿下には近付くなとのお達しが発令されたので、今となっては何の交流もなく確かなことは言えないのだが。
そんな殿下が今ここに居るのも、偏にアーノルドが居るからだろう。
昔からアーノルドは殿下のお気に入りなのだ。……いや、多分きっと変な意味合いではなく!
なぞと逆に下世話なフォローをしたせいか、アーノルドの視線がこちらを向いた。ヒィ!
しかし絶対に嫌味の一つも飛んでくるだろうと思ったのに、そのまま無視されたわ。殿下が居るからかな。
小さな頃から、殿下が居れば公爵家嫡男の横暴さは鳴りを潜める。
まぁあれか。それは殿下というよりも、王族が居ればという話か。
しかしアーノルドがこんな顔をするのは、殿下のお側に居る時だけだ。
アーノルドの顔は恐ろしく整っているので、感情豊かと見せ掛けてその実、表情のパターンは数種類しかない。
そんな中で、それは見たことのない笑顔だった。
貴公子という言葉そのままに穏やかに微笑んで、殿下の横に片膝をつく。侍従の様な仕草で二言三言交わすと、スッと立ち上がり此方へ向かってきた。