兄が来ました
ごめんなさい、懇親パーティは更に次回に持ち越しで、今回はお馴染みの説明回です。
グランフィルス剣術魔法学院では、基本的には生徒達は寮生活を営む事になる。うん、「基本的には」というからには例外が存在する訳だ。
伯爵位以上の高位貴族は、申請と抽選によって一軒家を借り受けることが出来る。そう、一軒家。貴族の邸宅と比べれば随分こじんまりとしたそれであるが、元日本の中流家庭出身の私の感覚からすれば十分な一国一城である。
そして抽選と言いつつも侯爵位が漏れるはずもなく、私は入学と共に借家生活を始めていた。実家からメイドのエルザと料理人のトマスが付いて来てくれたから、不自由もないしね。
そしてこの借家、通常の寮が原則部外者立入禁止なのに対して、二親等内の親族であれば自由に出入りが出来るという特徴を持つ。道理で私を差し置いて、兄がノリノリで借受契約の手続きをしていた訳だ。
で、ドレスを持って来て欲しいとお願いした翌日には、実に三度目の登場を果たした我が兄である。まだ私が入学して十日足らずだと言うのに、いくら何でも頻度が高過ぎやしませんか。いや、今回は私が呼び出したんだけども。
しかし夕方になって学院から戻った私を、諸手を広げて待ち構えていたのは兄ではなかった。
「お帰り僕の可愛いレーチェ!!」
「……私、貴方の所有物になった覚えはなくってよ、アガレット。」
スラリとした痩躯を品の良い燕尾服に包んだ彼は、その頭部がライオンだ。獅子頭……って言うとお正月のアレを思い浮かべてしまうけれど 、アガレットのそれはアフリカなんかにいる生のアレだ。生のってのも何だけど。
もちろん人間ではなく、動物でもなく、うちの兄と契約を交わす風の精霊だ。しかも精霊は身的外観が人間に近ければ近い程に高位となるので、身体は全くの人間であるアガレットは大精霊に分類される。
「つれないね、愛しいレーチェ。」
「アガレット、それ位にしておけ。」
苦笑の色を含んだ声で窘めると、ソファに悠然と座した兄は微笑んだ。
「お帰り、レーチェ。学院はどうだい?」
兄、レオニール=ラドルフの二つ名は「蒼海の金獅子」。所以の半分は、獅子頭の精霊を引き連れている事から。そしてもう半分は、その自身の見た目から。
煌やかな黄金の髪は王者の鬣。私と同じ眦のきつい眼は、しかし精悍な顔立ちの中では綺麗に馴染んで華を添える。首筋に漂う男の色香は、世のお嬢様方を魅了して止まない。
ぶっちゃけ私は、何故この人が攻略対象でないのか訳が分からないよ。まぁそもそもゲームには出てもいないんだけどね。
「楽しく過ごしておりますわ。」
私も微笑みを以って隣に腰掛ければ、優しく頭を撫でられた。
「レーチェは僕の膝に座るべきだと思うのだけれど。」
「アガレット、話が進まなくなるから黙ってて。」
私が呆れた調子で言うと、彼は肩を竦めて態とらしく「お口チャック」のジェスチャーをする。……拗ねたな。
「それで? クラスメートとは仲良くなれた?」
「ええ、皆いい人です。」
「確かレーチェを入れて五人しか居ないんだっけ? 全員風使い?」
入学当初に良い人材が居れば確保しておけと嘯いた兄は……、どうやら本気だったらしい。質問攻めだ。
「風使いが二人に、水使いが二人ですわね。」
「水使いが二人も居るのか。」
驚きに兄が目を丸くする。まあそりゃそうか。この国で水使いは、突然変異的にしか生まれない光使いや闇使いと肩を並べる位に少ないもんね。
この世界の魔法には、地水火風に光闇の六種の属性が存在する。
地水火風はそのまま、それぞれを操る魔法だ。ファンタジーで良く出てくる様な、精霊魔法的なものだと思ってくれれば良い。
対して光と闇は少し珍しい魔法特性で、光は肉体に、闇は精神に作用するという定義だ。
そしてこの世界の人には生まれ持った魔力特性というものがあり、相性の良い一種類の魔法しか使えない。魔力は血に宿るので、まぁ血液型の一種だと考えて貰って良いだろう。血液型によって、使える魔法が違うのだ。
例えば私の魔力特性は風。この国で一番多い……、まぁ何て言うか、つまり主人公ちゃんの当て馬として 一番平凡な魔法特性な訳だね。不満はないけどね。船を操る操船士には、風使いか水使いしかなれないんだし。因みに血液型の一種と言えるだけあって、ラドルフの血縁は一人残らず風使いだ。その中でも最大の魔力容量を誇るのが、兄レオニールである。なにせ精霊と契約出来るくらいだからね。
ちょっと精霊についても触れておくと、本来彼等に姿は無く、漫然とした意思の様なものが一定の場所に漂っているといったモノである。うーん何て言うか、「大いなる意思」的な? 愚かな人間に罰を与えようとか、敬虔なる人間に希望を与えようとか、そういうアグレッシブなものではなく極々薄っすらしたものだけどね。
そしてそんな彼等は、魔力の強い人間に惹かれる。契約し祝福を与える代わりに、魔力の半分を借り受けて姿を得る為に。姿を得るとは則ち、確固たる意思を持ち自我を確立させるという事である。言ってしまえば「いつもボーッと過ごしているから、たまには頭シャッキリさせて人生を謳歌したい!」的な思考である。多分。
しかし精霊に姿を与える程の魔力量……の二倍、の魔力量を誇る人間なんてそうそう居るもんじゃない。それも大精霊をとなると、国内ではウチの兄唯一人だ。
本来姿を持たないアガレットが獅子頭をしているのも、多分に兄の魔力の影響である。こういう話は何だが、兄が亡くなってアガレットが姿を失い、その数年後にまたアガレットが別の誰かと契約したとする。その場合、彼はてんで違う姿で顕現する筈だ。この姿はあくまで兄の魔力の質を表しているのだから。
さて、話を魔法に戻そうか。
この国は風使いが多くて、時に「風国」とも呼ばれる程だ。王族もほぼ全員が風使い。
逆に少ないのが光使いと闇使い。でもこれはどこの国も一緒だ。この二つの属性に遺伝性はなく、突然変異でしか顕れない。光同士の夫婦からだって、祖父母の属性を継いだ子供しか生まれないからね。
因みに主人公ちゃんだけど、流石は主人公。このレア中のレアである光属性だ。肉体に直接作用する魔法だから、治癒魔法使いとしては比肩なき存在である。これに汎用性はあれど特筆性のない風魔法で対抗していたゲーム版レイチェル、実に憐れ。というか何故医務科に入ったんだ。彼女が私と全く同じスペックであったなら、向いていないにも程がある。兄程ではないけれど私の魔力量も馬鹿でかく、出力量に至っては兄を超え、繊細だとか緻密だとかいう魔力操作には一切向いていないのだ。そりゃ大失敗を連打して、プレイヤーに笑いを提供する筈である。
そしてそんな超貴重な光使いや闇使いと、競って数が少ないのが水使いだ。うん、意外でしょ?
というのも、国民性なのか何なのか、元々この国には水使いそのものが存在しなかったらしい。
しかしここは島国、海洋国家。水使いが居なけりゃ始まらないという命題がわんさと湧いた。そこで頭を抱えた三百二十年前の建国王、ヴォルホーグ=リベティアは近くにある、同じく島国な小国に助けを求めた。曰く、「侵略とか絶対しないって誓うから、水使い頂戴!!」。
そうしてヴォルホーグ王の元に嫁いできたのが、「水国」とも呼ばれる小国の王女、リディア様だ。この国はリベティアとは逆に水使いばかりで、風使いは一切存在しないと言われている。今や国交はないので、真偽の程は分からないけれどね。
とにかくこの輿入れにいたく感激したヴォルホーグ王、花嫁の名前を王都の名にして歴史に刻んじゃうくらい溺愛したらしい。そんな愛の結晶が、現代居る水使い達である……って冗談は置いておいて。それじゃ水使いは全員王族になっちゃうからね。そんな訳はない。当代の王族で水使いなのは、先祖返りでリディア様そっくりっていう第二王子フレグダル殿下だけだし。
リディア様の輿入れと時を同じくして、他に十人の水使いの血が我が国に入ったと言われている。つまり十分な魔力素養を持つ貴族階級を、水国は風国の求めに応じて十人も吐き出してくれた訳だ。大変な恩義に頭が下がるよ。侵略しないから云々とか完全なる脅しだけど。
しかも水国は、風国に対して何の見返りも求めなかったと言われている。リディア姫と十人の臣民が、幸せに暮らせる国を作って下さいとだけ言って。
そんな訳で、この国の水使いは全てこの十人を祖とするとされている。勿論途中途中で新しい血も入って来ていただろうけどね。それでもやっぱり、数はかなり少ない。
オレアノとフランツは、そんな数少ない水使いの一人という訳だ。
あとの私、アルカロス、ゴンゴルは風使いだよー。
「オレアノとフランツ? 今度連れて来なさい。」
威圧感のあり過ぎる兄の笑顔に、イエスボスとしか言えなかった。取り敢えずアルカロスも連れて来て、蒼海の金獅子を連呼して貰おうそうしよう。ゴンゴルも悪乗りして言ってくれるかな。
こんな長ったらしい説明回、読んで頂けているでしょうか……。そして意味は通じているでしょうか……。