プロローグ(前)
赤だった。辺り一面、塗りつぶしたような赤。
例えるのなら「地獄」だった。
その地獄に少女はいた。
「違う。私は間違ってなんかいないっ‼︎ 」
少女は叫ぶ。
否、叫ばずにはいられなかった。
少女の前には、黒髪と金髪の少年が立っている。
その2人に、少女は否定された。
自分がいままで善かれと思い、やり続けてきたことを、その思いを。
「間違っている」その一言で……。
「否定」それは少女にとって、あってはならない事であった。
「そんなはずないの!だって私は……」
「神様なんだから‼︎ 」
そう、神と呼ばれていた故に。
「……だから〜それが違うんだって、なんっっでわかんないかなぁ〜? 」
呆れたように金髪の少年が言った。
……どうしてこんな事言われなくちゃいけないの?なんでこうなってしまったの?私が何処で間違ったの?
少女の中に数々の疑問が溢れ出す。
…ーーそして少女は気付いた。
自分の前にいる人物……この2人に合わなければ、この地獄のような光景を見ることもない、平和な、いままでどうりの日々を送れたことを…ーー。
◇
「ほらほら、はやくー! 」
「待ってよー」
無邪気に子供達が遊んでいる。
事件や事故もない、嫌なくらい平凡な日常。
「あ〜あ、ヒマだなぁ」
少女ーーーユナはつぶやいた。
今、ユナは街で一番大きな樹木の下に座っている。
今日の天気は晴れ。眩しいすぎるくらいの日光を遮るのに、この樹木は一番適していた。
ユナの住む街は、森の中にある。
昔、様々な種族がこの場所に集まり、生活するための「村」ができた。後に森の中という自然豊かなこの土地を求め、至る場所から人々が移り住んだあげく、村と呼べる規模ではなくなったために今の「森の中にある不自然な街」……というものになったのだ。
周りが森に囲まれているため、食料には問題ない。そのため他の土地との外交関係があまりなく、たまに入ってくる外の情報に住人達は毎度の事ながら驚嘆していた。
とにかく平和で何もないため、住人……特に大人たちの性格はのんびりした者が多い。だが、新しい事もない、毎日同じ事をして過ごすことしかできない子供達にとっては、今のこの現状は苦痛であった。
何かしようにもやることがなく、暇で暇で気が狂いそうな毎日。
「何か面白い事件とか起きないかなぁ……殺人事件とか? 」
そういった事件は本当は起きてはいけないのだが、何か自分の退屈を、紛らわしてくれることが起きてほしいと思っていた。
「もう!ヒマでヒマでしょうがないわ、神様だかなんだか知らないけど、いるんだったらこの退屈をどーにかしなさいよ⁉︎ 」
特に考え無しにユナは言った。
言っただけだった。
…ーーこの出来事はユナにとって、今までの退屈な日常から遠ざかる事となった、最初の理由となった…。
『ひゅ〜〜〜……ゴッ‼︎ 』
「ひゃいっっ⁉︎ 」
樹木の中から…厳密に言うと空の彼方からなのだったが、普通では降ってくるはずのない物体が降ってくるまでは…ーー。
情けない声を出しつつ、突然の頭部の衝撃に頭をおさえる。かなり痛かった。
「あいたたたた……もう、いったいなんなのよ……?え、何コレ?何でこんなものが⁉︎ 」
…ーー「本」だった。しかも分厚い。
上から降ってきたのだ、それなりに重力もかかっていたはずだ。だが打ち所(?)が良かったのだろう、よく死ななかったものだ。
「本……よね?どっからどう見ても?なんで上から?枝に引っかかってたのかしら、だからって何で私に直撃すんのよ……⁉︎ 」
ひとまずユナはその本を手にとってみた。
かなり古い本だ、所々すり減ったり、汚れたりしている。そのため、題名も作者名も読めなかった。
中は流石に読めるだろうと本を開くと…ーー。
「……1ページも書かれてない、なんなのよこの本⁉︎こういう本の種類なのかしら?私に想像して読めと? 」
もう、むちゃくちゃ。
痛い思いをしたのだ、何か自分にとって利益になるものが書いてあってもいいではないか、と本の端から端まで調べたが、あるのは何も書かれていない、本と呼べるのかもわからない物体。
結果としてこうなったため、ユナは……
「……退屈をどうにかして、とは頼んだけど私が欲しかったのは1ページも書かれてない本じゃないわ、「退屈を紛らわす何か」よ、神様ってケチなのね、どうせなら何か書いてあったほうが退屈が紛れてよかったのに 」
神様に対しての不満を愚痴った。
「まぁいいわ、それにしてもこの本どうしよう?せっかくあるんだし、何か使い道はないかしら?そうだ、ナタおばさんに聞いてみましょっ」
ナタおばさん、とは、ユナがよく買いに行くパン屋の女将さんだ。とても物知りで、分からない事はなんでも教えてくれる、優しいおばさんだ。
ユナは立ち上がり、おばさんの店へと急いだ。
◇
ユナがパン屋に入ると、中には誰もいなかった。
「おばさん、いますか〜? 」
返事がない。今度は少し大きく
「ナタおばさ〜ん‼︎ 」
それでも返事がない。
あれ、今日は休業の日だったのかと心配したが、数秒後、おばさんは出てきた。
「まあまあユナじゃない、あら、私の事もしかして呼んだ? 」
「呼びましたよ!返事ないから今日は休みなのかと思っちゃいました。お客さんもいないしナタおばさん出て来ないし」
「あら、そうだったの?ごめんなさいね、最近耳が遠くなってきてるのよ、もう年ね……」
「いや、ナタおばさんまだ40代じゃないですか、まだ十分若いですよ⁉︎ 」
自分では「もう年だ」とは言っているものの、おばさんは若い。
「そう言ってもらえるとうれしいわ、……そういえばユナはどうしてここへ?またパンを買いに来たの? 」
おばさんなんの質問で、ユナは自分がなんのためにここへ来たのかを、忘れていたことに気付いた。
「あ、いえ、今日は買いに来たんじゃないんです 」
「あら、そうなの?この頃お客さんが来ないからパンが売れ残るのよね、美味しいのに〜パン」
「すみません……」
「謝らなくていいわよ、こっちの事だから。それよりユナの用件は? 」
「……実は…ーー」
ユナはおばさんに本を見せ、今までの出来事を話した。
「そんな珍しいこともあるのね、本が落ちてくるなんて。頭は大丈夫なの?痛かったでしょう? 」
「たぶん大丈夫です、痛かったですけど……」
「それはよかったわ、で、この本の使い道を探しているのね? 」
ユナは頷いた。
おばさんは少し考える仕草をみせ、すぐに
「じゃ、ユナが中を書いてあげたらいいんじゃない? 」
「…………はい? 」
予想だにしなかった結論をを導き出した。
「……って、え?無理ですよ、てかなんで私が書くって答えになるんですか、私は使い道を知りたいんですよ⁉︎ 」
「しょうがないじゃない、それがこの本にとっては一番いい方法なのよ? 」
「この本にとってって……」
「それに使い道なんて、ただの飾りにするか、つけもの石替わりにするかのどちらかぐらいにしか、考えられなかったわよ」
つけもの石替わり……おばさんの発想がすごかった。
「それに本が可哀想よ」
さらにおばさんに驚かされた。
「……でも、私が物語を書くのは流石に……」
「あら、別に物語じゃなくてもいいわよ?絵でもい「絵は無理です! 」」
即答。絵心が無い、それは自分でもよく分かっていた。
「なら、日記なんてどう? 」
「日記……ですか?大人がよく書いてる、あの? 」
「ええ、でも「大人だけじゃなくて、子供もよく書いてるあの」よ」
「ええっ⁉︎ 」
ユナはおばさんの言ったことに驚いた。
日記=大人。
今まで日記とは大人が書くものだという印象しかなかったが、子供も書いていい、というのを今日、ユナは初めて知ったのだった。
「知らなかったみたいね、ある意味ホント珍しいわ」
「う……」
「いいじゃない、今日知ったって事で書いてみたら?はいペンとインク、あげるわよ」
「……あ、ありがとうございます」
おばさんは、やっぱり今日も優しかった。
大人が書く日記が自分にも書くチャンスができた、これもまぁこの本のおかげ、そう思うことにした。
だが、書くにあたってユナは大事なことを知らなかった。
「日記って何を書くんです? 」
つまり、そのことを。
「え?え〜と日記はね、その日起きた出来事や自分の思った事を書いてくの。例えば今の事を書くとしたら「今日はパン屋のナタおばさんに日記の使い方を教えてもらいました」……みたいな感じかしら」
「その日起きた出来事……」
……『今日は暇でした』ぐらいしか書けそうもない。
はたして自分にも書けるのだろうか、心配であった。
「ま、まぁ別に日記って言っても色々な種類があるのよ?明日の予想日記だったり、お天気日記だったり、自由に書いていいの、私も子供の頃は……」
おばさんが子供の頃の事を話し出す、ともう止まらなくなる。とにかく話が長い、長い、長すぎるのだ。
「と、とりあえず書いてみることにしますね、ありがとうございました! 」
ユナはその前に逃げる事にした。
「今度はパンを買いに来てちょうだいね〜〜‼︎ 」
背後からおばさんの声が聞こえた……気がしたことにした。
◇
ユナは元いた樹木の下に戻った。
もうユナは先程のように暇ではない。
「さて、何を書こうかな?普通の日記は辞めた方がいいかもね」
普通に書くと内容が大変なことになるのは、目に見えていたし、おばさんは何を書くのも自由と言った。
「あ、そうだ!願い事日記、なんていいかも。自分の願い事を書いてくの。いいわよね?私の自由なんだし‼︎ 」
やることは決まった、早速書いてみるとしよう。
ペンを持ち、本をひらく。少し茶色のページ。ペンの先にインクを付け、その紙の上に文字を書く。
『りんごが食べたい』
「………なんか思ったのと違うわね、こんな感じで大丈夫……かな? 」
今さら書いといてなんだが、これは見られたら恥ずかしいと後悔した。異変に気付いたのはそのあとである。
…ーーあったのだ。
正確に言うと、ユナの座っている何センチか前に、ポツンと、それが。
「………………………りん……ご? 」
見慣れた、赤くて丸くて甘い、正真正銘「りんご」。
この時を境にユナは、この世界の神になった。
そしてこの時を境に、地獄がはじまるのである。
初投稿です。
プロローグが長すぎてプロローグじゃなくなってますが、頑張っていこうと思っています。