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第一話 かがみ荘へようこそ!






ごめんなさい、とぼくは泣いた





ころしてやる、と彼女は哭いた










誰かに呼ばれたような気がしてふと目が覚めた。

一定のリズムで揺れる電車内は閑散としていて、山奥の田舎の地方線のようだ。

俺は両耳についていたヘッドフォンを外し、窓の外の景色へと目をやった。

青く広がる海。その中に大きな島が見える。

K県本土と三本の橋でつながっている離島、紅津市(べにつし)

今日から俺の地元となる街である。


紅津市の歴史的背景は深くない。

十数年前にイタリアを模したテーマパークとしてK県の埋立地に作られた行楽地。

しかし、話題を集めたのは実に短期間だったらしく、そのテーマパークはあっという間に潰れてしまった。

だが、テーマパークとしては異常なほど作りこまれたイタリアの町並みに県が目をつけ、ひとつの市として独立させた。

それから紆余曲折あって現在に至るそうな。


町並みが近づいてくる。

『次は終点、参円瑚(さんまるこ)、参円瑚。お忘れ物のないようお気をつけください』

アナウンスが鳴り響く。俺はシートから立ち上がり伸びをした。

そして今日から始まる一人暮らしに思いを馳せる。

海の見える高校に行きたいというのは俺の希望だった。

試験を一発合格できたら、という理由で叔父さん夫婦も快く承諾してくれた。

そして猛勉強(とはいっても、ここの学校のレベルがそこまで高いわけではない)の末、無事に紅津市立参円瑚学園に進学できたのだ。

さらに、毎日片道3時間の電車通学は辛いということで、俺だけ紅津市に移住するという運びになったのである。

「・・・とりあえずバイト探さないとなぁ」

一人ごちる。叔父さんたちはそれくらい出してやると言っていたが、そこまで甘えるわけにもいくまい。

叔父さんたちには実の娘がいる。彼女に行く分を俺が持っていくようなことはあってはならないのだ。

「つまんない意地なのかもしれないけどなぁ」

そうだとしても。

俺にはその意地を張り通す必要があるのだろう。

そうこう考えているうちに電車は参円瑚駅へと滑り込んだ。







予定では2時に迎えの人が駅前に来るはずだった。

なのに。

「・・・・・・」

駅前を行く人はまばらで、その誰もが俺を探しているそぶりゼロだった。

駅前の広場に立っている時計を見る。長針は7と8の間、短針は3と4の間にある。

「・・・遅い」

約束の時間を一時間半オーバーというのはどういうことだろう。

最初はただ遅れただけか、と自分のトランクに腰掛けて文庫本なぞ読み耽っていたが、こうまで時間がかかると逆に心配になってきた。

上着のポケットを探り、一枚の紙切れを取り出す。事前に叔母さんからもらっていた引越し先までの地図である。

万が一何か手違いがあってもいいようにと叔母さんが用意しておいてくれたのだ。本当に感謝。

「どれ、仕方ねーから一人で行ってみますかねぇ」

呟いてトランクから腰を上げ、地図に書いてある行き先―――『かがみ荘』へと俺は歩き出した。




紅津市は随分と入り組んだ道が多かった。

建物と建物との間に狭い路地があると思えばその路地の先にこれまた小さな広場があり、その横を川(というほど幅は広くない。水路とでもいうのだろうか?)が流れている、といったようにである。

水路には水上バスや手漕ぎの小型船(あとで聞くとゴンドラというらしい)が通っていて、この街の交通のメインとなっているようだ。

街並みを見ながらトランクをころころと引いて街を歩く。

地図を見ると、かがみ荘まではそう遠くないようだ。

これなら迎えなんて要らなかったんじゃないかなんて思いながら再び路地に入った。

その瞬間、

「動かないで」

女の子の声が真後ろからしたのと同時に、背中に何か硬い物が押し付けられた。

背筋を寒気が走る。まさか、とは思うが、これはひょっとして映画とかでよく見る―――。

「動かないでって言ったでしょ。大丈夫。危害は加えない」

だったらその銃を下ろしてくれよ、と声を大にして言いたかったが、俺はそんなに状況慣れしていない。

「わ、分かった・・・」と上ずりそうな声を出すので精一杯だった。

「ありがとう、助かる」

背後の彼女はそういうと硬いものを俺の背中からはなした。

黒澄零一(くろずみれいいち)くん、で間違いない?」

突然名前を呼ばれてびくりとするも、抵抗なんてできる状況ではないので俺は首を縦に振った。

「よかった。間違えていたらどうしようかと思った」

心底安心したようにふう、と声の主は息をついた。つうか間違ってたらシャレになんねぇ。

いや、シャレにならないのは今も同じなのだけれど。

「・・・いつまで背中向けてるの?」

「だ、だって動くなって言ったじゃ・・・」

「・・・そうだっけ」

なにやら考え込むように唸る声。続いて数秒後に「じゃあ動いてよし」という声が聞こえた。

言われてゆっくりと背後を振り返ると、俺より少し身長の低い少女が立っていた。

真っ黒な髪に真っ黒な春物コート、対照的な白い肌の少女は、腕を組んでこちらを見ていた。

「ふうん・・・キミが・・・」

状況が飲み込めない。俺が一体何だって言うんだ。

「・・・あ、自己紹介が遅れた」

思いついたように手をポンとやって、少女は言った。

柚守有珠(ゆいがみありす)。かがみ荘から貴方を迎えに来た。よろしくね」

愛想笑いもない事務的な挨拶。

・・・なんだろう。引越し初日なのに俺、嫌われてるのかもしれない。




ぽかんとその場に立ち尽くしていると、少女―――有珠は言った。

「駅前まで迎えに行けなくてごめん。でもちょっと今まずいことになっていて」

「まずいこと?」

聞き返すと有珠はこくりと頷いた。

「そう。率直に言うと、現在貴方の命が狙われてる」

なるほどそりゃ一大事だ。

・・・・・・・・・は?

「ごめん、今なんて?」

「だから貴方の―――」

そこまで言った瞬間有珠は流れるような動作で懐から拳銃を取り出した。

そして路地の俺が入ってきたのと逆方向に向ける。

ぴたりと照準を合わせた銃口の先に、それは居た。

見た目はどこにでも居そうなお姉さんが一人立っている。

そう、見た目は普通だ。普通だが、しかし。

「やぁやぁ有珠。早くも見つかっちゃったねぇ」

にいぃ、と彼女の口がゆがむ。有珠はというと銃口を向けたまま微動だにしない。

にやにや笑いのまま、女はこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。路地に響くのは彼女の足音だけだ。

俺も有珠も動かない。いや、動けない。

普通のはずの彼女から発される、異常なまでの重圧によって動くことなんてできない。

「あれ、結構あっさりと捕まってくれちゃうワケ?それじゃあ・・・」

言って女がこちらに手のひらを突き出した。

女から俺たちまでの距離およそ5m。

女の手のひらがぼう、と淡い光を持った。

瞬間、炸裂音が路地に響いた。

有珠が発砲した音だろうか、と思ったがどうやらそうではないようだ。

有珠の足元から一瞬にして噴出した煙は、あっという間に路地を覆った。

「ッ・・・!!煙幕手榴弾かッ!」

女の声が聞こえた瞬間、誰かが煙の中の俺の手をぐいと掴んで引っ張った。

振り払う暇もなく煙の外へ引きずり出される。手を握っていたのは有珠のようだ。

「走って!」

有珠が俺を見て叫ぶ。

路地の女の状況を気にする余裕もなく、俺たちは今来た方向へと駆け出した。







「なん、なんだ、あいつは」

走り続けて数分。ようやく追手の気配が消えたらしく、有珠はどこかの建物の陰で足を止めた。

息も絶え絶えな俺と、あれだけ走って汗すらかいていない有珠。

・・・情けねぇ。

「ごめん、説明している暇はない」

言って有珠はコートの裏をなにやらごそごそとやっている。

「・・・ていうか、さっきの何、手榴弾とか、拳銃とか。随分と変わった趣味をしてるんだな」

「しゅみ・・・?」

俺の言葉に首をかしげる有珠。

俺の知っている女の子にはサバゲー趣味という子は居なかった。

ましてや本物の煙幕手榴弾を持ち出してくるとは。相当ディープなのか。

それに彼女が今握っている銃が本物のはずはない。当たり前だ。さっきは気が動転していて―――


俺がそこまで一生懸命考えたというのに。

有珠はいきなり俺の目の前でその拳銃をぶっぱなした。

銃声と閃光を伴う、しっかりとした銃撃だった。

「・・・ほん・・・もの・・・?」

今度は俺が首を傾げたくなった。

なんで本物の拳銃や催涙弾なんかを持っている少女が居るのだろうか。

ましてや目の前に。日本に。

拳銃を放った先には何もない。

厳密に言えば、俺が見たときには既に何も居なかった。

有珠は銃を発砲した反動で跳ね上がった銃口を戻すこともせず、上方めがけて二発撃つ。

発砲された先を見て初めて気づいた。

小柄な『何か』が俺たちの頭上にいることに。

それは俺の背後に音もなく着地する。

すぐさま俺を引っ張り、それに銃口を向ける有珠。

「うわっ、危なっ!」

それ―――小柄な少女は突きつけられた銃口を見て少なからず驚いた表情をしていた。

黒いニット帽を被った小柄な少女に拳銃をつきつけている有珠。まるでこっちがワルモノである。

いや、つうか。

「有珠!こんな無関係な女の子にそんなもの突きつけちゃ」

ダメだろ、と言おうとした瞬間、少女の身体が視界から消えた。

同時に訪れる浮遊感。どうやら腕を掴まれて空へ空へと引っ張られているようだ。

「ようだ、じゃねえっ!!」

必死で顔を上げて上を見ると、先ほど有珠に拳銃突きつけられていた少女が俺の右手を掴んで壁を駆け上っていた。

ありえない。ありえなさ過ぎて現実逃避したい。

これはひょっとして素人ドッキリなんじゃないだろうかとか、トランクを置いてきてしまったとか、どうでもいいことが頭の中を駆け巡る。

そうこう考えているうちに気づけば建物の屋根の上。

そこまで行っても少女は止まることはなく、走り続ける。

俺は男としては軽い方だろうけれど、小学校高学年くらいの少女に腕を引っ張られて全力で走られるほど軽くはないはずだ。

そんな考えなどお構いナシに全力で走り続ける少女A。

どなたか知らないが男一人引っ張ったままで屋根から屋根へジャンプするあたり只者ではない。

浮遊感が続いているのは引っ張られて浮いたまま彼女が走っているからだろう。

こんなこと漫画の世界でしかないと思っていたが。驚きである。

「・・・パニくってるのかな、俺」

思っていると少女は急に急降下して、地面に降り立った。







まだ意識が朦朧としている。

どうやら大きな洋館の前に降り立ったようだ。

「だいじょうぶ〜?」

傍らでけろりとしている少女に心配される俺。情けねぇ。

大丈夫、と返事しようとした瞬間、少女がいきなり俺を突き飛ばした。

無様に道路に転がる俺。

「なにすん・・・」

怒鳴ろうとした瞬間、少女が後方に吹き飛んだ。

傍にあった電柱に直撃すると、そのまま座り込んで動かなくなってしまった。

「おやおやぁ、避けられちゃった」

背後から声がする。背筋が凍った。

振り向くとそこにはさっきの路地で会った女が立っていた。

「あんた・・・」

「やぁやぁ、また会ったね」

冗談じゃねえ、とぼやく。

さっきと同じように重圧がすさまじい。身体が動かない。

少女を見る。微動だにせずぐったりとしている。気を失っているようだ。

女が歩み寄ってくる。右目の奥がチリチリする。今は有珠がいない。捕まったらどうなるのだろう。

有珠が言っていた、俺の命を狙っているのはこの女なのだろうか。

もしそうならば―――


「動くな」

響く声は俺のものでも、女のものでもなかった。

女の背後に有珠がいる。女の背中に拳銃を突きつけている。

「あれま。背中とられちゃったかぁ」

この状況になっても女は焦ったそぶりを見せない。それどころか余裕たっぷりに見える。

「うるさい。これで私の勝ち―――!?」

続けて有珠が何か言おうとした瞬間、有珠の足元がボンと爆発した。

「かかったねッ!あたしが理由も無く背中をガラ空きにすると思った!?」

有珠の動揺した一瞬をついて、女が振り向く。

女の手のひらが有珠に突き出され、有珠の顔に絶望の色が浮かんだ。


ちょうど、その時だった。







突如として身体が軽くなり、重圧から開放された。

最初は女が俺に背中を向けたからかと思ったが、どうやらそうではない。

俺の後ろ、洋館の中から誰かが現れたから、だった。

すらりと身長の高い、清楚な感じの女性。

髪の毛を片三つ編みにしており、雰囲気としては優しいお母さんである。

最もそこまで年は行っていないようだが。

女性は俺の隣に来ると、俺に向かって微笑んで言った。

「ごめんなさいね、零一くん。すぐ終わりにするから」

本当の美人さんに名前を呼ばれてどきりとしない奴は居ない、と聞いていたがまさか実体験するとは。

女性は俺の横を通り過ぎると、今まさに有珠に止めを刺そうとしている女の肩をポン、と叩いた。

「なにしているのかしら?桜ちゃん?」

女性はにこやかに言う。彼女を見た女は硬直していた。

「ね、ねね、姉さん、これには、ワケが」

「どんなわけがあるのかゆっくり聞きましょうね?」

言うが早いか、女性は女の肩を掴んだまま、こちらへと引き返して、洋館の中へ引きずり込んだ。

ばたん、と洋館の扉が閉じきる寸前に女の絶叫が聞こえた気がした・・・。

「なんだったんだ一体・・・」

「なんだったんだろうねぇ」

真横にいた少女が言った。気絶していたんじゃないのか。

「・・・もう大丈夫なのか?」

「うん、全然へいき!」

といって微笑む。けれどニット帽から血が垂れたまま笑うな。怖い。

「つか、ここは・・・?」

「かがみ荘だよ」

いつの間にか俺の横にいた有珠が言う。

なんでこう、この人たちは気づかれないようにやってくるのかね。

洋館の方へ視線を戻すと、確かに大きな扉の隣に『かがみ荘』と書いてある表札があった。

「それじゃ、ここが―――」

俺の新しい地元。新しい家。







「ごめんなさいね。桜ちゃんが暴れまわったみたいで」

と、先ほどの美人お姉さんが言う。

彼女は各務茜さん。このかがみ荘の管理人だそうだ。

「ホラ、桜ちゃんもごめんなさいを言いなさい」

「・・・大変申し訳ございませんでした・・・」

で、茜さんの隣にいる、魂が抜けたような女のひとが各務桜さん。

茜さんの妹さんで、今回のドタバタの首謀者、らしい。

「でも鈴葉は楽しかったよ!」

俺の隣でそう言って足をパタパタさせているニット帽の少女が蘇芳鈴葉(すおうすずは)

超人的な脚力と腕力で俺を引っ張りまわした少女である。

「・・・・・・」

で、鈴葉と逆サイドの俺の隣に座って黙々と箸をすすめているのが有珠である。

ここはかがみ荘の食卓。俺の歓迎会、ということで食卓の上には多種多彩な料理が並べられていた。

今回のドタバタは、彼女らからすると『宝奪い合いゲーム』だったらしい。

新入りの俺を無事にかがみ荘までエスコートした人が優勝。食事当番が免除される予定だった、と有珠は言っていた。

「迷惑だったでしょう?始終走り回らされて」

「いえ、そういうワケでは」

つか、それより気になることが山ほどあるのですが。

ここは聞かぬが華というやつだろーか。

「今は留守にしてるけど、もう一人住んでるひとがいるから、帰ってきたら紹介するね!」

鈴葉が言う。なるほど、ここの住人は俺を含めて6人らしい。

まぁそれのほうが静かで良いのだろうけど。

「・・・ふふふ、ここで暮らす以上、静かに暮らせるなんて思わないほうが懸命よ?」

いつの間にか魂抜け状態から復活していた桜さんが言う。

確かにそうかもしれない。っていうか人の考えてること読まないでください。

「・・・零一は顔に出るから分かりやすい」

ひでぇ。有珠まで。

「確かにっ!鈴葉でもわかるよー!」

「あらあら」

言って笑う茜さんと鈴葉。どうやら俺はポーカーフェイスを身に着けなければオチオチ暮らしてもいけないようだ。







少しの不安と山ほどの期待を持って、俺の新生活はここにスタートした。


この街でこれから何が起こるかなんて、このときはまだ知らなかった。





つづく

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