「言葉で百万回説明するより網膜に焼き付けた方が早いですわ」と現実をわからせたら、魔獣愛護同盟が悔い改めたようです
シリーズ3作目のお話です。
今作だけでも読めますので、こちらからでもお気軽にどうぞ。
【主な登場人物】
リディア(主人公):公爵令嬢にして風紀委員長。色々強め。
アレクシス:第一王子にして生徒会長。リディアの婚約者。
「失礼いたします。二年のクラリス・ローゼンベルクと申します。……風紀委員長のリディア様、少しご相談があるのですがよろしいでしょうか……」
王立学園の昼休み。風紀委員室の扉を開け、クラリス・ローゼンベルク侯爵令嬢が緊張した面持ちで入ってきた。
銀色の髪を緩く結い上げた、線が細く儚げな令嬢だ。ただ、見た目に反して、こちらを見る瞳にはしっかりとした強さがある。
「もちろんですわ、クラリス様。どうぞお座りになって」
「ありがとうございます……」
クラリス様はソファに腰を下ろすと、ぽつりぽつりと話し始めた。
「実は……最近、学園内で頭の痛い活動が広がっていまして」
わたくしは思い当たる節があったが、続きを促した。
「あら。どのような活動ですの?」
「『魔獣愛護同盟』という団体の活動です」
「名前の響きだけで、脳みそのシワが一本もなさそうなのがよく伝わってまいりますわね」
「……言い過ぎですけれど、あまり否定できないですわ」
ちなみに『魔獣』とは言うものの、単に『並外れて大きく凶暴な獣』を、昔の人が面倒くさがってそう呼んだだけの慣用句だ。要するに害獣と同じ類である。
クラリス様は息を深く吐いて続ける。
「『魔獣を殺すのは野蛮だ』『人間こそ自然の侵略者だ』『愛と対話で分かり合えるはずだ』と主張し、魔獣の討伐に反対する大規模な署名活動を始めたのです」
「ふむ」
「しかも、その糾弾の標的にされているのが……わたくしの実家の領地なのです」
「クラリス様の?」
「ええ。我が領は山沿いで、昔から凶暴な魔獣が出没します。家畜が引き裂かれたり、畑を全滅させられたり……」
「人的被害は?」
「最近はありません。ですが、それは領主直属の騎士や猟師が命がけで討伐しているからです。それなのに彼らは『魔獣の尊厳を奪う虐殺領主』だと、わたくしにビラを突きつけてくるのです」
「なるほど」
わたくしは優雅に紅茶を一口すすり、静かに微笑んだ。
「つまりその方々は、安全な王都のぬくぬくしたサロンで高級茶をすすりながら、命がけで生きているクラリス様の領民へ『魔獣を殺すな、喰われて死ね』とおっしゃっているわけですのね?」
「表現が恐ろしく極端ですけれど、突き詰めるとその通りです……」
「それは困りましたわね」
「はい……」
「では、風紀委員長としての解決方法をひとつ」
「はい。どうすればよろしいですか?」
「その方たちを密閉空間に集め、毒草を燻した煙を吸わせるというのはどうでしょう?」
「大量虐殺は望んでいません!!!!」
クラリス様の悲鳴のようなツッコミが風紀委員室に響いた。
「冗談ですわ」
「目が一切笑っていませんでしたよ!?」
「では別の方法で。ひとりずつ天井から逆さ吊りにして、息が続く限り『実りのある対話』を重ねる方がいいですわね」
「どこに実りがありますの!? ただの拷問じゃないですか!!!!」
クラリス様は頭を抱えて天を仰いだ。
「あの……リディア様? もっとこう……平和的な解決策はございませんの?」
「平和的、ですか。……それでしたら、実物の魔獣をお見せするのが一番よろしいのではなくて?」
「……実物、ですか?」
「ええ。安全圏でお花畑なポエムを詠んでいる方々ですもの。言葉で百万回説明するより、本物の凶暴性と牙の切れ味を網膜に焼き付けた方が早いですわ」
「そ、それは……確かに効果的かもしれませんが、彼らがうちの領地に来るとも思えませんし」
「色々やりようはありますが」
「ダメですよ! 寝てる間に拉致して連れて行くとかは」
「……」
「黙らないでくださいよ! でもこのまま領民を侮辱され続けるのは耐えられません。リディア様、どうかお力をお貸しください」
「ええ、もちろんですわ」
わたくしは立ち上がり、完璧な淑女の笑みを浮かべた。
「風紀委員長として、彼らの歪んだ思想を叩き直して差し上げますわ」
「……ありがとうございます。可能な限り穏便にお願いしますね?」
「もちろんですわ。わたくし、生徒の模範たる風紀委員長ですもの」
「……もうツッコまなくていいです?」
******
クラリス様からの話を聞いて策を巡らせ、方々に根回ししたあと、生徒会室へと向かった。
「失礼いたしますわ、アレクシス殿下」
ノックをして扉を開けると、わたくしの婚約者であり、生徒会長でもある第一王子アレクシス殿下が、書類の山から顔を上げた。
「やあ、リディア。ちょうど君の顔が見たいと思っていたところだよ」
殿下の発言は本当に心臓に悪いですわ。
「まあ、嬉しいお言葉ですこと。ちょうどわたくしも、殿下のサインが欲しいと思っていたところですの」
「……流されてしまったか。つれないな」
苦笑いしながら、わたくしが差し出した一枚の羊皮紙を受け取る殿下。そこに書かれた文字を見て、殿下の眉がピクリと跳ねた。
「『風紀委員会・特別討論会費(概算:金貨十枚)』? 思いの外高額だな。討論会と言いつつ、大講堂で大規模な訓練でもやるつもりなのかい?」
「内訳をご確認ください」
殿下は内訳の方に目を通し、ため息をつきながら言った。
「はぁ、やりたいことはわかったよ。でも結構高くつくね」
「温室育ちの可愛い生徒たちに、世の中の厳しい現実を学んでいただくための、極めて平和的な教育費ですわ」
「君が言うと『教育』という言葉の響きが少し心配になるけど」
殿下は椅子の背もたれに寄りかかり、ため息をついた。
「例の『魔獣愛護同盟』のことだろう? 実は生徒会にも放課後の教室の占拠や騒音などで苦情が来ていてね。私も対処を検討する必要があると考えていたんだ」
「公開討論会という形で、彼らとお話しすることにしましたの。きっといい結果に落ち着きますわ」
「リディアが指揮してくれると心強いけど……」
やはり予算が高すぎるのね。でももうひと押しだわ。
「自分の目で見て確かめることはとても大事なことですわ。また、将来の国を担う若者たちに自分の頭で考えてもらうための費用だと思えば、かなりお買い得ですわよ」
殿下はだいぶ唸っていたが、最後は了承してくれた。
「いいよ、承認しよう。ただし、大講堂を物理的に破壊するのだけは勘弁しておくれよ?」
「ご安心あそばせ。壊れるのは建物ではなく、彼らの可愛らしい思い込みだけでしてよ」
「精神破壊という意味ではないよね?」
「…………もちろんですわ」
「そこは即答してほしかったな」
殿下の小さなぼやきを涼しい顔で受け流し、わたくしは優雅に一礼した。
******
そして迎えた、放課後の大講堂。
学生で埋め尽くされた会場の壇上に、わたくしは静かに登壇した。
ちなみに、クラリス様にも参加を要請してみたらやんわりと断られた。
向かい側に立つのは、同盟の代表を務める男子生徒カイル様と、副代表の女子生徒ソフィア様。討論会を提案したら快く受け入れてくれた。ふたりとも悪気など爪の先ほどもなく、ただ純粋な「正義」を信じ切った真っ直ぐな瞳をしている。そして、あわよくばここで同盟員を増やそうと思っていることだろう。
「リディア様! いくらあなたが公爵令嬢で腕っぷしが強かろうと、この言論の場では暴力は通用しませんよ!」
カイル様が高らかに宣言している。それはそうでしょう。何のために討論会にしてあげたと思っているのかしら。
わたくしは壇上の椅子にゆったりと腰掛け、穏やかに微笑んだ。
「わたくし、皆様のように熱意ある生徒とお話しするのは大好きですもの。どうぞ、その素晴らしいご高説を聞かせてくださる?」
ソフィア様が自信満々に胸を張って口を開いた。
「魔獣を討伐するなんて残酷ですわ! 捕獲した魔獣を殺すのではなく、広大な敷地に『保護施設』を建設し、天寿を全うするまで人間が愛育すべきです!」
周囲の同盟員から拍手が湧き起こった。わたくしは頷きながら、優しく問いかけた。
「とても心優しい構想ですわね。ではソフィア様、その保護施設の建設費と運営の費用はどうなさるおつもりかしら?」
「……えっ?」
「施設を建てる広大な土地の費用。魔獣が逃げ出さないような頑丈な檻の建築費。飼育頭数分の餌代。飼育員や警備にあたる人員の人件費と危険手当……。わたくしがちょっと考えただけでもこの程度は必要ですわ。実際にはもっとかかると思うのですが、一体どなたがその費用をお出しになるおつもりかしら?」
「あ、あの……それは国や領主の予算で……」
「その予算を捻出するために、領民の増税を行ってもよろしいかしら? 『自分たちを襲う魔獣の優雅な生活費のために税金を二倍払ってください』と、畑を荒らされた村の方々へ笑顔で説明する役目はあなたが引き受けてくださる?」
「うっ…………」
「それから、魔獣が毎日大量に排泄するであろう排泄物の処理マニュアルの作成もお願いいたしますわね。実際にあなた方がお世話をなさるのでしょう?」
「な、なんでわたくしが……排泄物を……!?」
「まさか、他人に命の危険と汚物処理を押し付けて、自分は安全な場所で『命を救った心優しいわたくし』に酔いしれるような、無責任な愛護ではありませんものね?」
「い、いえ……そんなつもりではっ……」
言葉を失うソフィア様を庇うように、今度はカイル様が前に出た。
「ぐっ……! ですが、人間が歩み寄れば、魔獣だって本当は優しい心を持っていて、対話で分かり合えるはずなんだ……!」
「なるほど。対話、ですか」
わたくしは優雅に立ち上がり、パチンと指を鳴らした。
「言葉だけでは、具体的なイメージが湧きませんものね。――猟師ギルドの皆様、どうぞお入りになって」
講堂の重い扉が開き、屈強な猟師たちが壇上へ様々なものを運び込んできた。
「リディア様、これは……?」
「魔獣の生態を知るための実物教材ですわ」
壇上に並べられたのは、大人の胴体ほどもある大木を深々と抉り取った生々しい爪痕の木片。へし折られた分厚い鉄の柵。そして――強烈な異臭を放つ、大きな土塊のような塊。
「ひゃっ!? く、くさい……!」
「先ほどソフィア様が『毎日スコップで処理する』とおっしゃっていた、魔獣の排泄物ですわ」
「処理するなんて言ってませんわ!」とソフィア様が叫んでいるけれど、誰も聞いていない。
立ち込める野生の臭気に生徒たちが息を呑み、青ざめた。
そこへ、猟師の親方がさらに奥を指差してニヤリと笑った。
「――じゃあ、主役のお出ましだ」
ゴロゴロと重い車輪の音を立てて、頑丈な鉄格子の檻が運び込まれてきた。
中にいたのは――山で捕獲されたばかりの、立ち上がれば体長二メートルを超える筋骨隆々の巨大な熊型の魔獣だった。
『グオオオオオオオオオオオッ!!』
大講堂のステンドグラスをビリビリと震わせる凄まじい咆哮。
血走った目で鉄格子に激突しているその姿に、生徒たちの顔から完全に血の気が引いた。
「「「ぎゃあああああああああっ!?」」」
全学生が悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように壁際へと逃げ惑う。
そんな中、わたくしだけが平然と檻の前に立ち、腕を組んで魔獣を見上げた。
「まあ。思ったよりもしっかりとお肉がついていて、大きいですわね」
「リ、リディア嬢!? 危ない、離れてください!!」
腰を抜かしたカイル様が、それでも必死に叫んだ。わたくしは振り返り、首を傾げた。
「大丈夫ですわ」
「な、なぜですか!?」
「魔獣の突進力とこの檻の強度は把握しておりますもの。破られる道理がありませんわ。……ですが、これは少々困りましたわね」
「何がですか!?」
「この大きさでは、保護施設の食費の予算が当初の試算の三倍は必要になりそうですわ」
「そっちの心配!?」
「せっかくですもの。今すぐここで対話を試みてごらんなさいな?」
わたくしは檻の鍵を袖から取り出し、鍵穴に差し込んでガチャガチャと音を立てた。
「ぎゃあああああ開けるな開けるなァァッ! ごめんなさいぃぃぃ!!」
「ちったぁ懲りたか? お嬢様、連れて行くぜ」
猟師の親方が合図を出し、猟師たちが手際よく魔獣の檻を大講堂から運び出していった。
静まり返った大講堂。
震えながら床にへたり込むカイル様とソフィア様の前に、わたくしは静かに歩み寄った。
「……わたくしは、皆様を馬鹿にしたくてこんなことをしたわけではありませんのよ」
ふたりがおそるおそる顔を上げる。わたくしは腰を落とし、彼らと目線を合わせた。
「可哀想だと思うこと自体は、悪いことではございませんの。そこから始まるのだって構いませんわ」
「リディア様……」
「でも、安全な場所から『殺すのはかわいそう』と嘆くのは、ただお気持ち表明をしているだけで、なにも変わりませんわ」
「……っ」
「畑を壊され、家畜を奪われ、時には命さえ脅かされる方々がいる。その現実を、あなた方は『魔獣が可哀想』のひと言で踏み潰していたのですわ。魔獣の命を語るなら、まず人間の命を軽んじたことを恥じるべきですわね」
「そんな、つもりでは……」
「つもりがなくとも、結果は同じですのよ。知らないまま声を上げることは、時に、知った上で害をなすことよりもたちが悪い。悪意がない分、誰も止められませんもの」
「……」
「もう一回、檻持ってきます? まだ近くにいると思いますので」
「もう大丈夫です!!!」
「……今回の件で言えば、まずは魔獣の生態と周りに住む人々のことを正しく知ることが必要だったと思います。今からでも遅くありませんわ。まずは知ることから始めてみてはいかがです?」
カイル様とソフィア様は、瞳に大粒の涙を浮かべながら深く頷いた。
「はいっ……、私たちが、あまりに無知でした……!」
「知った上で、それでも今回のようなことをなさるのでしたら――そのときは、また別の方法を考えさせていただきますわ」
わたくしは講堂の生徒たちへ向けて優雅に一礼した。
「――それでは皆様、本日の特別討論会はこれにて閉会といたします。良き学びの時間となりましたわね」
こうして、学園を騒がせていた『魔獣愛護同盟』の騒動は、極めて平和的に幕を閉じたのだった。
******
それから数週間後の昼休み。
風紀委員室の窓から中庭を見ていたクラリス様が、感嘆の声を漏らした。
「リディア様……あの方たち、本当に見違えるように変わりましたね」
以前掲げられていた『魔獣を殺すな!』という過激な横断幕は撤去され、現在、掲示板には新しいビラが貼られていた。
『魔獣を知ろう! 第三回:生息域の生態調査報告会』
「ええ。興味のあることを学んでいる人たちには頑張ってもらいたいですわ。あのあと、クラリス様にもちゃんと謝罪はありましたか?」
「はい、ありました。あと私にも魔獣のことを色々聞いてくれるようになりました。……ですが……」
クラリス様が掲示板の端を指差して、少し引きつった笑いを浮かべた。
『魔獣肉を美味しく食べよう!第ニ回・部位別おすすめ調理法 特別講師:リディア様』
「……ずいぶんと方向性が変わりましたね」
「ええ。ソフィア様なんて、今ではドレスの袖をまくって『肉と骨の間にナイフを入れる瞬間が一番落ち着きますわ』と微笑んでいらっしゃいますもの」
「保護施設建設を唱えてたソフィア様が? やってることは真逆っぽいですけど??」
「ちなみに、休日は解体場に通い詰めているそうですわ」
「もう戻れないやつじゃないですか……」
そう言ったクラリス様は、もう何も言うまいと遠い目をしていた。
******
放課後の生徒会室。
事の顛末の報告書を読み終えたアレクシス殿下が、紅茶のカップを置いて不思議そうに尋ねた。
「それにしても、どうして彼らをそこまで熱心に指導して育てているんだい? 運動を解散させて終わりにすることもできただろうに」
「あら。せっかくの素晴らしい熱意をお持ちなのですもの。無駄にするのはもったいないでしょう?」
「それは確かに」
「無知は罪ではありませんわ。これから知識をつけて国のために役立つ人材を育てるのは、わたくしの役目ではなくて?」
「…………」
殿下はしばらくぽかんとした後、優しく目を細めて笑った。
「……君は本当に、風紀委員――いや、将来の王妃に向いているね」
「もちろんですわ」
わたくしが誇らしげに胸を張ったその時、廊下の向こうから騒がしい声が響いてきた。
「リディア嬢! 図鑑に載っていない魔獣の角が見つかりました! ご指導をお願いします!」
この近くにそんな新種の角などあるはずがありませんけれど……何やら面白そうですわね。
「今参りますわ! それでは殿下、これにて失礼致します」
わたくしはドレスの裾を翻し、軽やかに部屋を飛び出していった。
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生徒会室に残されたアレクシスは、窓の外を元気に駆けていく婚約者の背中を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……まだ紅茶も半分残っているのに。たまには私の相手もしてほしいものだな」
普段は見せない美しくも儚い微笑みに、その場にいた生徒会役員たちは男女問わず、思わず頬を赤くしていた。
お読みいただきありがとうございました!




