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死ねと想ってしまうから

掲載日:2026/06/27

 学生の頃、僕には嫌いな奴がいた。どうして嫌いなのかは分からなかった。特に嫌な事をされたという記憶もない。とにかく嫌いだったんだ。

 だから、毎日毎日“死ね”と想っていた。実際に口に出した事は一度もない。顔にも態度にも出したつもりもない。

 でも、ある日そいつは死んだ。交通事故だった。

 もちろん、単なる偶然に決まっている。でも、それでも、僕は罪悪感と共に強い恐怖を抱いたのだ。

 

 ……もしかしたら、僕が“死ね”と想ってしまったからなんだろうか?

 

 それまでも人付き合いを積極的にするタイプではなかったのだけど、その事件以降、僕はもっと人と関わらなくなった。僕が誰かを“死ね”と想ってしまったら、その誰かは死んでしまうのかもしれない。その恐怖から、人付き合いを自然と避けるようになっていたのだ。

 そうして僕は社会に出ても、孤独のまま過ごしていた。そこまで辛くはない。だけど、心の何処かで“このままで良いのか?”と思っている自分もいた。だから僕はSNSにこの悩みを打ち明けたのだ。顔も見えない相手なら、“死ね”と想う事もないだろう。否、想ったとしても効果はないはずだろう。そう考えたのだ。相談に乗ってもらえなくても、誰かに読んでもらえるだけで充分だった。しかし、そんな僕にある日こう言ってくれる人が現れたのだ。

 『――なら、私と友達になりましょう』

 女なのか、男なのかすら分からなかったけど、こんな不気味な話を知って、それでも関わってくれるだけで僕は嬉しかった。

 彼(或いは彼女)は、政治に深い関心のある人のようだった。海外の企業と深い関わりを持ち、日本にとって不利な法案を通そうとしている政治家を問題視していて、熱心に僕にその問題点を訴えていた。

 『あの政治家は売国奴なんですよ』

 久しぶりにできた友人の言葉という事もあったのかもしれない。僕はその話をすっかり信じ込んでしまった。

 “こんな奴はいない方が良い”

 そして、そう思うようになっていったのだった。つまりはその政治家の死を願うようになっていったのだ。

 この政治家がいなくなれば、たくさんの人達の生活が楽になるんだ。死んだ方が良いに決まっている。

 そして、ある日だった。その政治家は本当に死んでしまった。

 何も問題ないはずだった。

 仮に僕の所為であったとしても、僕は良い事をしたのだから。

 ――が、それで万々歳とはいなかった。

 その政治家の死をきっかけに、たくさんの情報がネット上に飛び交った。そして、その所為で僕は彼(或いは彼女)から聞いていた政治家の醜聞が、誇張やデタラメを多分に含んでいる事を知ってしまったのだ。客観的な事実だけを拾うと、そう判断するよりなかった。もちろん、それでもその政治家に問題点がない訳じゃなかった。しかしその程度の問題点がある政治家は他にもたくさんいる。その政治家のみを糾弾するのはフェアとは言えなかった。

 つまりは、その政治家は特定の立場の団体にとって特に邪魔な存在だっただけで、どうしようもない悪人という訳ではなかったのだ。

 彼(或いは彼女)に、利用されていただけではないかという疑念を僕は強く持った。僕は嘘情報に踊らされて、()()人を殺してしまったのかもしれないのだ。僕が情報の真偽と証拠を求めると、彼(或いは彼女)は何も反応をしなくなってしまった。

 僕は激しく傷つき、そして憎悪を抱いた。裏切られたと感じた。

 “死ね”とすら想った。

 ただ、それでも希望はあった。彼(或いは彼女)は、アカウントの削除を行わなかったのだ。こういう場合、アカウントを消して逃亡するのが普通だろう。ならば、何かがあって彼(或いは彼女)は、返信ができないだけなのかもしれない。

 そして、ある日、彼(或いは彼女)から返信があったのだ。

 僕は喜びを感じた。

 ――が、その喜びは、直ぐにより酷い絶望へと変わってしまったのだった。

 

 『すいません。私は本人ではありません。代理で返信をしています。このアカウントの本来の持ち主は、先日事故で亡くなりました。故人とお付き合いしていただいていたこと、感謝します。できれば、故人の冥福を祈ってあげてください』

 

 僕はそれを見て、ただただ目を大きくする事しかできなかった。キーボードの上の指を見ると、微かに震えていた。

 

 ……多分、僕は、もう誰とも付き合わないと思う。一生。

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