「君との婚約を破棄する」と宣言した第一王子が、翌朝、私の実家が国宝級の魔道具を独占していることを思い出して顔を青くしたところで、もう遅い。
「エミリス・フラン! 君との婚約を破棄させてもらう。真の愛を見つけた私にとっては、君のような冷徹な人間は王妃にふさわしくないのでな!」
豪華絢爛な夜会の中心、第一王子エイメスの声が響き渡った。
彼の傍らには、可憐に震える男爵令嬢の姿がある。
私は、手に持っていた扇をゆっくりと閉じた。
「……左様でございますか。殿下、そのご決断、後悔なさいませんか?」
「はっ、後悔などするものか……君の実家であるフラン侯爵家は、確かに歴史『は』古いが、最近は目立った功績もない。王家の重荷なのだよ!」
周りの貴族たちから失笑が漏れる。
エイメス殿下は知らないのだ。フラン家が「目立った功績」を出していないのではなく、「出す必要がないほどこの国の根幹を握っている」という事実を。
「承知いたしました。では、今この瞬間をもちまして、婚約破棄を合意したものとさせていただきます」
私は完璧な礼をして、夜会の会場を後にした。
翌朝、この国から「ある光」が消えることも知らずに、浮かれている愚か者たちを背にして。
翌朝。エイメス王子は、かつてない不快感で目を覚ました。
「……なんだ、この部屋の暑さは、それに暗いぞ? 魔道具の『火石』と『光石』はどうした!」
いつもなら、フラン家が提供する最高級の魔道具によって、寝室は常に適温に保たれ、柔らかな光に包まれているはずだった。
返事がない。呼び鈴を鳴らそうとしたが、魔力伝達式のベルも反応しない。
慌てて飛び込んできたのは、顔面を蒼白にした宰相だった。
「殿下! 大変です! フラン侯爵家が、王宮に貸与していた全ての魔道具の『所有権』を行使し、一斉に機能を停止させました!」
「……何だ……と!? 貸与? あれは王家の持ち物だろう!」
「違います! フラン家は代々、魔道具の基幹技術を独占し、王家には貸していたに過ぎないのです! エミリス様との婚約が、その契約の担保となっていました!」
エイメスの顔から血の気が引いていく。
この国のインフラ——上下水道の浄化、結界の維持、通信、照明。その9割がフラン家の技術によるものだ。
エミリスという「愛」に甘え、フラン家という「依存先」を軽視した代償。
「すぐにエミリスを連れ戻せ! 謝れば済む話だ!」
「無理です。エミリス様は昨夜のうちに、隣国の帝国へ向かわれました。帝国皇帝陛下からは以前より『フラン家の技術を我が国へ』と熱烈な招待を受けていたそうで……今朝、正式に『帝国の魔導顧問』に就任されたと報告が届きました」
エイメスはへなへなと腰を抜かした。
窓の外を見れば、街中がパニックに陥っている。
魔道具が動かないことで、王宮の騎士たちの鎧もただの重い鉄屑と化し、調理場の火さえ点かない。
そこへ、エミリスから届いた最後の手紙が届けられた。
『殿下、真実の愛を見つけられたとのこと、おめでとうございます。
愛があれば、魔法も便利さも不要ですものね。
ちなみに、王宮の結界を維持していた魔石のレンタル料、滞納分を含めて全額一括請求させていただきます。払えない場合は、王城を差し押さえることになりますので、あしからず』
「ああ……ああああああ!」
エイメスの絶叫が、冷え切った王宮に虚しく響いた。
彼が「重荷」と呼んだ女は、実はこの国の「心臓」そのものだったのである。




