やかん
夜の帳が下りる頃。安アパートにて男はやかんでお湯を沸かしていた。男はお湯を沸かしている内に、将来について考えていた。
男は夢を見ていた……
それは美人でスタイル抜群の女を車の助手席に乗せて都会の街を走り回ったり、女を取っ替え引っ替えして性行為を愉しんだりすることであった。
しかし男にはその夢を叶えるための大金が無かった……
男は一瞬、銀行強盗でもして大金を手に入れようかと考えたが、危険を冒してまでやる気にはなれなかった……
あれこれと考えている内にお湯が沸いた。
狭い台所でやかんから湯気が天井まで立ち上っていた。男は壁に持たれかけていた身体をゆっくりと起こした……
そして男は突如としてやかんを手にすると、勢いよく扉を開けて外に出た。そして大声を張り上げながら、隣の管理人の家の庭まで駆けて行き、無断でその庭に立ち入った。
「燃やす! 全部燃やしてやる!」
男は庭の中で暴れ回りながら、やかんを振り回した。
それを見ていた管理人は家から飛び出して、暴れ回る男を止めようした。しかし、管理人は男に突き飛ばされて尻餅をついた。
すると男はポケットからマッチを取り出すと、マッチ棒を擦って火をつけ始めたのである!
「家を燃やされたくなかったら、金を寄越せ」
管理人は慌てふためきながら、携帯電話を取り出した。そして警察に連絡しようとした。それを見た男は管理人の携帯電話を蹴り上げた。
「てめぇ、何してんだ! 家を燃やされたいのか?」
しかし管理人は不思議に思った。何故なら、男が撒いたのは灯油だと思い込んでいたが、灯油特有の匂いがしなかったためである。
撒いたのが灯油ではなく、ただのお湯であれば家を燃やされることは無い……
そう思って、管理人は冷静に言葉を発した。
「燃やせるのなら、燃やしてみろよ」
男は困惑した。もちろんやかんの中身はお湯だったからである……
男は管理人に背を向けると、自宅のアパートに戻ろうとした。
管理人は唖然とした。
「え、お湯だったの?」
男は気恥ずかしそうに振り返りながら答えた。
「ああ、お湯だよ……」
管理人は大笑いすると、ゆっくりと立ち上がって携帯電話を拾いに行った。そして警察に連絡した。
「もしもし、警察ですか? 家を燃やされそうになったんですけど」
男は静かに安アパートの部屋に戻った。そしてやかんに水を入れてお湯を沸かし始めた。
警察に捕まる恐怖に怯えながらも、男は考えごとを始めた……
パトカーのサイレンが段々と近づいてくる……
あれこれと考えている内にお湯が沸いた。
…………
男は夢を見ていた……
狭い台所でやかんから湯気が天井まで立ち上っていた。男は壁に持たれかけていた身体をゆっくりと起こした……




