第1話 悪役令嬢、選ばれる
――王都の大広間。
天井から吊るされた巨大なシャンデリアが、淡い光を床に散らす。その光の下で、少女はひとり、立っていた。
「セレスティア・ヴァーミリオン! 貴様は聖女に嫉妬し、毒を盛ろうとしたな!」
王太子の声は鋭く、会場の空気を切り裂いた。周囲の貴族たちは一斉に視線を彼女に向け、囁きが広がる。
“悪役令嬢、断罪”――その瞬間、少女の胸に凍るような重圧がのしかかる。
セレスティアは唇を噛みしめた。否定の言葉は、ここでは何の力も持たない。彼女の運命は、すでに決まっていたのだ。
「……違います。私が、毒を――」
しかし、声は空気に吸い込まれ、誰の耳にも届かない。聖女の微笑みと王太子の怒りに押しつぶされ、すべては筋書き通りに進む。
「ならば……私は、悪役として生きてみせますわ」
セレスティアの瞳が、決意で光った。心の奥底で、彼女はもう一度立ち上がることを決めていた。破滅するだけの役割ならば、自らの力で書き換えてみせる。
その瞬間――。
「――――ッ!」
雷鳴のような轟音が脳裏に響き、目の前の世界が一瞬、白に染まった。
《人の歴史に“悪役”は不可欠だ。お前は選ばれた――神々の代理者として》
セレスティアは目を見開いた。声は確かに、脳内に響いた。けれど、耳に届いたわけではない。誰も気づかない、世界の裏で交わされる契約の声。
「……神々の代理者?」
その言葉が、少女の胸を震わせる。死を覚悟したはずの瞬間に、命は返された。そして――世界は、もうひとつの幕開けを迎えた。
彼女に与えられた力は――人々の“選択肢”を一度だけ改変できる《選定の悪役権》。
さらに、神々の駒として敵対者を打倒する《代行者の使命》。
セレスティアは口元に笑みを浮かべた。
「ならば……悪役の力で、世界を塗り替えてみせますわ」
王都の広間に、少女の決意が新たな影を落とす。
運命に抗う悪役令嬢の物語は、ここから静かに、しかし確実に動き出した。