ムシェンラバ - 作業現場の食堂
小惑星帯、宇宙に浮かぶ砂と岩の海。そこに位置する、それほど小さくない天体の一つ。この地に住む一人の男が、興味深い食事の世界を垣間見せてくれた。
砂漠のような景色の中、無数に刻まれたローバーの轍が続く。この小惑星には金属が豊富に含有しており、日々宇宙開発のための建築資材が採掘されている。
向かう先は採掘作業者たちの生活の中心地だ。近代的な採掘場では自動化が進んでおり、常駐する人間は不要になりつつある。しかし、この場所は古くからの採掘場であり、人力での作業が今なお主流だ。そのため、作業員の数は多く、ちょっとした集落のようなものが形成されている。
ここで生活する人々は多いが、水や酸素を有さない天体のため、採掘以外の産業は育ちにくく、飲食店などの施設は存在しない。そんな中、複数の採掘企業が従業員への福利厚生として食堂を設置しており、幸運なことに部外者でも利用することができる。久しぶりに、自前の携行食以外の食事にありつけそうだ。
今回、案内役になってくれたのはムシェンラバという男だ。彼は代々この天体で採掘を行ってきた一族の出身で、現地のことにとても詳しい。彼のおかげで、予定より早く仕事がひと段落したところで、そろそろ食事にしないかと提案があった。彼は安価でボリュームのある食堂を知っていると言うので、これ幸いと食事に同席させてもらうことにした。道中、馴染みの店の自慢を聞かされながら、どんな環境でも食事は娯楽となり得るのだなと、期待が高まる。
食堂に足を踏み入れると、その雰囲気は飲食店というよりオフィスのようだった。装飾は無く、規則的に並んだ机と、奥には料理を受け取るための窓口があるだけ。一目見ただけでは事務仕事に勤しんでいるようで、とても食事をしているようには見えない。
高まった期待が萎え始めるのを感じながら、料理を受け取りに向かう。料理の選択肢は少ない上に、自分で選ぶことはできず、栄養状態に応じて提供される。出されたものは、専用ケースに収められた4つの立方体。その姿は角砂糖に似ていた。これがここでの食事なのだ。席に着くころには、私の抱いた期待は完全に萎えていた。
この辺境での食事に、自分が何を期待していたのか考え込む。食料を生産できる天体は限られている。人類が宇宙へ進出して久しいが、天体間で物資を輸送するにはコストがかかるのだ。栄養価を維持しながら、輸送コストを削減するための、企業努力の結晶がこの立方体なのだろう。
水の豊富な採掘現場では、これを湯で戻して食べるが、水が貴重で高価なこの場所では、そのまま食べるのが一般的なのだと、食堂の職員が教えてくれた。温かい食事を望んでいた私は、ムシェンラバに湯を頼むことを提案したが、彼は拒否した。
笑いながら、「本当の味を知らないヤツらは不幸だ」と言う。少しずつ齧り、口の中でふやかしながら時間をかけて食べるのが最も美味しいのだそうだ。私も少し食べてみたが、1つ食べ終えると食欲が完全に失せてしまった。案内の礼だと言って残りをムシェンラバに渡すと、彼は喜んで受け取った。彼にとって、その食事は贅沢なものなのだろう。
もっと美味いものがあると言いそうになったが、やめた。ここで生きる人々にとって、この立方体こそ唯一無二の食事なのだ。
「栄養と輸送効率」vs「美味しさ」というトレードオフは、現代における地産地消と大量流通食品の関係と本質的に似ているかもしれません。