始まり
冷たい。そして熱い。矛盾してると思うだろうが自分が今感じているものだから仕方がない。体は自分でも驚くほど冷たく寒いのに、体を取り巻く空気は炎であぶられてるのではないかと思うほど熱い。
そもそも自分は今どういう状況なのか。分からない。倒れているのか?座っている...いややっぱり倒れている。これは…仰向きで倒れているのか?
さっきから目を開けているのだが、脳の処理が追いつかない。赤い煙?違うこれは炎か?空はなんだろう、青くなったり黒くなったり、いやこれは煙?どこかで火事があったのかもしれない。
「大丈夫ですか。私の声が聞こえていますか?」
いきなり自分の前にデカデカと顔が覗いてきた。マスクを着け、ヘルメット?のようなものをつけている。
「聞こえますか?聞こえているのであればなにか返事をしてください。」
聞いたことのあるような、無いようなそんな声をしている。そんなことを思ったと同時に、返事などできるわけが無いだろう!と思った。がよくよく考えればなぜ返事できないのだろう。この人が話す言葉、言語は理解している。ではなぜ返事出来ないのだろう。
そんなことを考えていたら自分の視界が世紀末のような外の景色から綺麗な白い内装の車の天井に変わった。そこでようやく理解した。自分は火事が起こった現場にいて、熱いのはおそらく火事の影響、倒れていると言うよりかは担架に寝かされていると言ったところか。視界が変わったのは救急車に運び込まれたからだ。返事ができないのは火事の影響で全身が焼け爛れ、もはや人の口としての機能を失っているからだろう。脳は意外と冴えているものなのだな。
だがしかし妙なことに、自分は達成感と安堵感で満たされていた。なぜこの状況で、この状態でそのようなことを思ったのか。まさかこの自分が火事を引き起こした犯人とは言わないだろう。だとしたらなぜその事を忘れている?なぜこんな一生もんの大怪我をわざわざ負うのか?意味がわからない。
そうこうしてる間に救急車が動き出した。耳につんざくような大きい音でサイレンが鳴っている。救急車が動く度に、備え付けてあるものがお互いぶつかり音を立てる。
その音を聞いているうちになんだかとてつもない眠気が襲ってきた。とてもでは無いが眠気が重すぎてまぶたを開けていられない。
ここでまた謎の達成感で心が満たされる。
これで、これで全てが終わる。ようやく...
すべてが、おわ...る?なにが?自ぶんは何に達せい感を覚えている。ようやく...この後なにかを思いかけたがそれはなんなのかわからない。
あた、まが、ま、わらない。な、にをおも...
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ
ー 6246年 8月4日 ー
アラームが鳴っている。布団の中から腕だけを出し、手探りでアラームを探して止める。土曜日で休日なのにアラームを切り忘れていたようだ。せっかく気持ちよく寝ていたというのに、無理やり割り込んできたアラームのせいで台無しになってしまった。これは言い過ぎかもしれない。前向きに捉えよう。休日だが早く起きて生活習慣が崩れないようにしてくれた、と。
自分は亡ヶ原 心人(なきがはら しんじ)、24歳。運送会社に勤めている割と普通な人間だ。周りからは「しんちゃん」と呼ばれてる。結構恥ずかしい。昔からずっとしんちゃんと呼ばれてきたが、さすがにこの歳で「ちゃん」付けはやめて欲しいものだ。自分の母はまだ元気に生きているが、父は3年前に交通事故で死んでいる。今はちゃんと父の死に向き合って乗り越えれたからいいものの、当時は酷かった。自分の父親が突然交通事故で亡くなったと知らされ、理解ができなかった。なにかの比喩か?いやなぞなぞかもしれない。などと現実逃避をしていた。親子仲がいいとは行かなくとも、特に悪くはなかった。はたから見たらとても仲のいい親子に見えるとは言われていたが、いまいちよく分からなかった。自分の実の父親が交通事故で死んだとなれば、現実逃避でもしない限りまともに食事すら出来なかった。
そしてなかなかに厄介な姉と妹が居る。気の強い母と物怖じしない父の遺伝子を完全に受け継いだと言っても過言では無い姉、それを見て育った妹。これだけで厄介なのがわかるだろう。まぁ厄介とはいったものの根はどちらも優しかった。これも母似である。そういう自分は周りからの評価を元にすると、優しいが少し冷めたような人というものらしい。まぁ深く関わらず浅く広くを常に心がけていたせいで、1歩引いたとこから物事を見るようになってしまっているせいだろう。でも自分は変えようとは思わない。変えたところで、厄介事が滝のごとく流れてきて川の渦に巻き込まれる可能性が高まるだけだと思っているから。今までこのやり方でなにかやらかすことも、後悔するようなことも起きなかった。正直言って、周りになんと言われようとどうでもいい。自分が正しいと思ったことを素直にやっているだけなのだから。
そんな自分でも頼りにしてくれる人たちがいる。それが同じ運送会社に務めている人達である。運送業というのは実に自分にピッタリな職業だと思っている。届けるべきものを指定された場所へ安全に届ける。いたってシンプルなものだ。自分はそう思っているのだが、本来それをちゃんとこなせるようになるにはかなり時間がかかるらしい。長時間座ったままのせいで足腰に響いたり、荷物を下ろすことが何気に重労働だったりと色々あるが、まだ年齢的に若いというのもあるだろうが、苦に感じたことは今のところはない。
あ〜やめだやめ!なんで休日まで仕事のことを考えなけれならない!久々に土曜日が休みなんだから思う存分この休暇を謳歌しなければ。
休日だからといっていつものルーティーンを崩すわけじゃない。自分の中でちゃんと順番があるのだ。まず朝起きたら真っ先にトイレへ行く。出すもん出してスッキリしたら歯磨きをする。もちろん当たり前だが手は洗っている。歯を磨いたら顔を洗う。洗うと言ってもその時の気分で軽く拭くだけだったり、しっかり洗顔使って洗ったりする。まぁほとんど軽く拭くだけで済ましているが、今日はなんと言っても休みだ。しっかりと洗顔を使って洗うとしよう。やはり休みの日の洗顔は気持ちがいいな。さっぱりしたところで朝食だ。いつもの朝食は卵かけご飯だけなのだが、休みだから少し手の込んだものを作ってもいいかもしれない。と思ったが面倒くさいのでやめよう。味噌汁と...スーパーの惣菜でいいか。一概に味噌汁と言っても色んな種類のものがある。というより、野菜の数だけ、組み合わせのかえ方次第でいくらでも作り出せる。でもやっぱり自分が好きなのは、王道のワカメと豆腐の味噌汁である。スーパーで買ってほとんど使っていなかった味噌を冷蔵庫から引っ張り出して、ワカメも豆腐も出していざ作ってみるとしよう。たしか味噌はあとから入れるんだっけか。とりあえず沸騰し始めるくらいまで水を温めれば良かったはず。その間に豆腐を1口サイズに切っておかないと。包丁も久々に扱った。さすがに包丁の扱い方まで忘れてはいなかったようだ。切り終わったらちょうどよく沸騰し始めたからそのまま豆腐を入れる。説明は省くが、まぁ上手く作れた。個人的には味噌汁は味噌汁でも、熱々の味噌汁が好きだから冷めないうちに食べるようにしている。炊いておいた白米と味噌汁、昨日帰りにスーパーで買った安い惣菜で軽く食べた。
洗い物はめんどくさいがテレビを見ながら済ませた。休みで嬉しいのだが、大してやることがないからいつも暇を持て余してしまう。だけど、だからこそ今日は何かをしに外に出ようと思う。何かとはなんだとは聞かないでくれ。自分も分からない。まぁ外に出てブラブラそこら辺歩いていれば、何かしらやってみたいことは見つかるだろう。買ってまだ数回しか身に付けていない服や靴があった。明らかに宝の持ち腐れと言われるようなものばかりだ。一応姉や妹たちに自分に合うコーディネートを考えてもらって服を買ったが、その服を着る機会が全くなかったという訳では無いがオシャレをしてまでなにかする必要があるか?と思ってしまい結局着れずじまいだった。今回は姉のコーディネートで出掛けてみよう。こうしてみると自分もなかなかにイケてるように見えるが、所詮は服に頼りきりのオシャレ。故にどこかぎこちない。
とりあえず携帯と財布、家の鍵など最小限のものだけ持って玄関へ行く。
「カツン」
びっくりして後ろを振り向いたがそこには何も無い。なんなのかは分からないが、なにかがぶつかってなった音だろう。この説明だと何も伝わらないな。
まぁそんなことはどうでもいい。久々に自分一人で出掛けるのはなにか緊張するものがある。
いや、はじめてのおつかいかこれは?何をそんなに緊張することがあるのやら。
よくよく考えてみれば何に緊張しているのか分からない。内鍵を開けて...あれ?鍵が開いてる。昨日鍵をかけ忘れたようだ。いつもは忘れないのに、相当疲れていたみたいだ。本格的にちゃんと休息を取って体を労らなきゃゃならないみたいだな。
安心したまえ、今日は土曜日で仕事がない!思う存分癒されたまえ我が体よ。いつまでも玄関でひとり、何をやっているんだろうか?最終チェックだけして早く外に出よう。電気は消した、持つものはちゃんと持った。よし、行くか。
冷たい金属のドアノブをひねる。大家に何度も直して欲しいと言っているのだが一向に直してくれない立て付けの悪いドア。少し力を入れて押さないとビクともしない。そんなことを思いながらドアを開け1歩踏み出したところで。
「...え?」
しんしんと雨が降る中。家の前にある自販機が大爆発を起こした。爆風で自分の家の外壁に吹っ飛ばされた。
「は...?な、え...どういうこと...?」
訳も分からず顔をあげようとするが、身体中が痛すぎてそれすらもできない。
周りの音が遠い。近隣住民の悲鳴やざわめき、雨粒が地面に触れる音。何もかもが遠くで聴こえる。
こんなとこでまた寝るなんて、久々の休日がもったいない。でも眠気を抑えられない。それにしても、あ〜あせっかくまだまだ綺麗な服が泥まみれだ。
その様子を遠くから眺める人影があったことを彼はまだ知らない、いや“知ることができない”。




