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音を立てずに静かにお茶を飲む淑女が目の前にいた。
美しい金色の髪が風に揺れ、ニコリと微笑むその瞳は宝石のように輝く翠色。
侯爵家長女、ヴィクトリア・スニミス。
公爵家長男、アリオス・テレナーグの幼い頃からの婚約者である。
3年前、アリオスが王太子リオンの側近として共に隣国へ留学する際に薬まで盛り阻止しようとした悪女だった女。
「改めて、お久しぶりでございますわね」
ヴィクトリアはお手入れをされているであろう美しい手を胸の前で合わせ嬉しそうに話す。
「そうだな」
ヴィクトリアへの嫌悪感を隠そうともせず、アリオスは短く答える。
もちろん、目など合わせはしない。
「お帰りをお待ちしていましたわ、隣国はいかがでしたか?」
失礼な態度をとるアリオスにも負けず、朗らかに話を続ける。
「とても素晴らしい所だった。叶うのであればまだあちらで勉強したかったくらいだ」
「まぁ…それはよろしかったですわね」
こちらにはまだ帰って来たくなかった。
含ませた言い方をしたが、ヴィクトリアは察したようで少し眉を下げる。
あちらで勉強をしたかったのは本当だ。
王太子リオンは素晴らしい主君だ。
主君が帰るなら共に帰国しなければならなかった。
だが、隣国ルキアとこの国では国力が違う。
政治、軍事、生産。
学ぶことは山ほどあり、この3年も寝る間を惜しんで学んだが、それでも足りないと感じるほどに。
「帰ってこられて1ヶ月、とてもお忙しいとお聞きしましたけれど、お体は大丈夫なのですか?」
そう、もう帰ってきて1ヶ月となるのだ。
その間、ヴィクトリアには手紙も連絡もしていなかった。
忙しいとの理由に避けてきたのだが、いよいよリオンに指摘され渋々こうして顔を合わせた。
「ああ、連絡できなくてすまなかった」
心のこもっていない謝罪。
ヴィクトリアが気づいたかはわからないが、ニコリとし、いいえと答える。
「お忙しい中、ありがとうございます。それでこれからの日程なのですが…」
「その事なのだが、君はもう気がついているだろうから単刀直入に言われてもらう」
今日、初めてヴィクトリアの目を見た。
昔と変わらない美しい翠。
「私は、君の事が好きではない。これから先も好きになる事は絶対にない」