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暗黒の毛を纏う獣

 私は生意気なガキなので、一秒でも早く魔法学園に行きたかった。よって、誰かが怪我をするまで待つなんて利口な真似ができるはずもない。


 私は色々考えた結果、街に出ることにした。

 やはりここが大嫌いだ。街の栄えた一番栄えているところに辿り着いた時に、そう感じた。そこら中で誰かの話し声が鳴り響き、それらが混ざり合ってノイズになる。ここにいると、この世の誰もが敵に見えてしまう感覚を覚える。

 しかし、ここで引き返すわけにはいかない。私は耳を塞ぎながら、街の中をひたすら歩き回った。

 よく目を光らせ、怪我人を探す。店の前を、噴水広場を、住宅街を、何度も歩いては観察する。そう、怪我人を待つよりも探すほうが効率が良いと考えたのだ。


 怪我、してませんかー。生意気な少女が無料で治しますよー。あ、えっと……誰かー? い、今なら罵倒オプション付きですよー!


 ……心のなかでそう呟きながら、虚しくなった。よく考えれば、この街は医者の街なんだ。普通、怪我ぐらい自分で治すだろ。そんなことにも気づかないなんてな。


 私は脇道にそれて、薄暗い路地に飛び込んだ。一つだけ方法があることに気づいたのだ。そして、目を凝らして鋭利な石を探す。その間も、すでに半泣きである。

 ……けれど、仕方ない。痛くても我慢しよう。こんなもの父の苦しみに比べればなんてことない。


 創造と破壊。治癒と怪我。これは必要な痛みになる────。


 しかし、私は見つけた。石ではない。


 それは暗黒の毛を纏い、心の奥底をも覗けそうな青の瞳。チャーミングなお耳とキュートでグッドでフワフワな尻尾を持つ獣。

 ……要するに猫だ。黒猫を見つけたのだ。その子は不幸にも、足を怪我していた。


「おい、猫! 今、私が治療してやるぞ!」


 猫は、変な口調の少女から逃げるようなことはしなかった。それほど弱っていたのか、あるいは、私がヒーローに見えたのかもしれない。それとも天使とか?


 どちらか選べます、どっちがいい? と聞かれたら消去法で天使がいいなと答える。



 ともかく私は、急いで回復術を使った。私の出しうる最大限の魔力を、傷口に向かい流し込む。すると、見事に猫の傷はふさがり、数秒後には完治した。それはつまり、魔法学園の推薦資格を得たことを意味する。

 治療されて歩けるようになった猫は、嬉しそうに喉を鳴らし、私の腕にすがりついてきた。その瞬間、手に伝わる感触にハッとした。とても温かい。


 その後、私は元気になった猫と戯れた。見たところ首輪はないので、恐らくは野良猫だ。

 なので、その宝石のような瞳にちなんで『サファイア』という名前をつけた。私にとっての宝物という意味でもある。


 私は、魔法学園のことなんか忘れてサファイアを撫で回した。そりゃあもう、じっくりとね(羨ましいだろ!)。

 サファイアは、どこを撫でても嬉しそうにする。わしゃわしゃすると、それに答えてゴロゴロしてくれる。


「サファイア! ここか? ここが良いのか……よしよし!」

「にゃ」


 そして、そのまま半日は過ごした。夢中になって時間を忘れてしまっていたが、ふと見渡すと、辺りはすっかりと暗くなっている。そろそろ帰らないといけない……。


 そうだ、ほんの少しの間忘れていた。私は医者にならないといけなかったんだ。だから、休むことは許されない。早く医者になるんだから、早く帰らないと。


 手を止めて、サファイアに背を向けた。目を逸らそうと努力するが、一秒でも長くサファイアを見ていたい気持ちもあった。それでも我慢して、重い足を前に進める。


 しかし、その足元にサファイアがすり寄ってくるのを感じた。いくら歩いても、ずっとついてくる。私が立ち止まると、同じように止まる。胸がギュッとなる……変な感覚だ。


「あぁ……ごめんね。お前は連れて帰ることができないんだ。家は貧乏でさ。それに、やることがあるんだ」

「にゃ?」


 思わず視線を落とした。私の足にぴったりとくっつくサファイアは、暗くなった周囲にすっかり溶け込んでいた。瞳だけがキラリと光り、私の方をじっと見つめているのがあわる。


 願わくば、この獣を拉致し、一緒の布団に入り、気が済むまで撫で回しの刑に処したかった。けど、母はお金のことで凄く敏感だ。

 決めたんだ。二度と我儘を言わないって。迷惑をかけないって。だからやめておこう。私が我慢すれば済む話なんだ。


 私は半泣きのまま、走った。サファイアがついてこないように全速力で。振り返ることもせず、ひたすら走り続けた。

 今日は二回も半泣きになったので、合計すれば全泣きである。いや、数十分間後にはもう号泣していた。涙で視界がボヤけたせいで、何度も転びそうになった。


 暗くなった街は、私の心をただの黒色に染めてしまった。



 私は帰ってすぐ、母に抱きついた。既に息切れしており、視界はボヤけている。頭上から、母の驚いたような声が聞こえた。


「ミリ! ど、どうしたの? 誰かに嫌なことでも言われた!?」

「ううん……なんでもない」

「……?」


 私は気の済むまで泣いてから、事情も言わずにその場を離れた。母は心配そうにしていたが、あまりこのことを説明する気にもなれなかった。どうせ、心配させるだけさせて解決はしないだろうしな。

 家に帰って、さらに実感が湧いた。サファイアとはもう会えないんだということを。


 その夜は、初めて勉強をサボった。治癒魔法習得よりも、魔法学園の推薦よりも、サファイアを置いてきたことで頭がいっぱいだ。


 眠くないし、寝たくない。天井を見ながら、あの感触を思い出してみる。サファイアはこの世の誰よりも、私に優しかった。私を受け入れてくれた。


 時間の感覚が狂い、疲労と眠気が限界に達した頃、ようやく眠りにつくことができた。


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