Rail of wing
序章
「あたしさぁ、本気で好きになった人がいてさ・・・。こういうのって柄じゃ無いと自分でも思うけど、抑えられないんだよね。」
「好きになるってそういうもんじゃねえのか?恋愛経験ないから知らんけど。」
まるで学生の様な会話を同僚と話す。こういう色恋沙汰に無縁だったので、取り留めのない内容になりがちではあったがせっかく話してくれたのだから親身になるのが人ってもんだろう。
「まぁ、せっかく本気になれたのなら相手に好意を伝えないと・・・。じゃないのか?結果はどうあれ伝えなきゃ始まらんからな。」
「まぁ、そうなんだけど自信ない。それで今までの関係が崩れるのが怖いってのもね・・・。」
確かに告白の最大の難関はそこだと思う、恋愛経験はないものの容易に想像はつく。
振られるのは百歩譲って致し方ないとしても、これまでの関係が壊れギクシャクし始め元に戻らなくなる。 これまでの関係が良好なら尚更だ。
そう考えると身近な場所で作り上げた関係での色恋というのは面倒だ。
もっともそういう身近であるからこそ好意が芽生えやすいのも頷けるのだが。
「悩ましい所ではあるが、抑えられない程本気なんだろう? であれば自分の中で天秤に掛けるしかないかな?」
「天秤?」
「そう。ありきたりだが壊れる事を恐れ、言わないまま関係を続けて自分を偽り続ける後悔。 もう一方は振られて関係が戻らなくなる後悔。 どっちの後悔が辛いか?結局そこに尽きる様に思えるが。」
所謂やっての後悔、やらずの後悔っていうオーソドックスな奴。
ややこしくなりそうな話は単純化して問題点を絞った方がいいのだ。
あぁ、と思う様な表情を見せたかと思ったら困り顔しながらこっちに食って掛かる。
「どっちもいばらの道なんだが?つか、この二択だけかよwww。」
「確かにwww。もちろん付き合える可能性だって充分あるわけだからな。」
「ですよねぇ~。 ワンチャンあります!ってないと厳しすぎるつーの。 参考程度なんだけど、自分ならどっちにする?」
恋愛経験ゼロの俺に振るか? と思ってしまうものの、彼女も不安なのだろう。
そこは同情するので自分の様に考えてみる。
「まぁ、告白して後悔かな? 色々考えたが言わずに意中の相手が誰かと付き合い始めたなんてなったらキツくないか? 恋人とホテルから出る所なんて遭遇したら間違いなく寝込むわ・・・」
「ほうほう、なるほどなるほど・・・。」
そう言ってジッとこちらの顔を伺い、どれだけの間があったろうか?
照れくささも手伝いこちらから静寂を打ち破ってみた。
「あの、なんなん? この微妙な間は・・・? 答えたこちらが恥ずかしいのだが?」
口に出したこっちが赤面していると、意外にも安堵した表情を浮かべていた。
「あっいや、ごめんね。 あたしが思っていた以上にピュアだなって。」
意外な言葉を耳にしてこちらが驚いていると続けて話し始めた。
「何となくそう思っていたけど、実際はそれ以上なんだって。 安心したよ、聞いてホッとしちゃったよ。」
耳にした瞬間、ドキッとした。
なんでそうなったのか、聞かれてもわからないのだが不思議と気持ちが揺さぶられたのだけは確かなのだ。
あれかな? ピュアと言われて気恥ずかしくなったか? それとも何かこれまでと違うものが芽生えたか?
どちらにせよ気持ちが落ち着かないのだからどういう表情すれば良いかもわからなくなる。
「何かスッとした。やっぱり聞いてもらって良かったよ、背中押された感があった。ありがとう。」
「そうなん? まぁお役に立てたのなら何よりですわ。」
俺は内心の焦りを悟られない様に飄々と返し、それじゃと発して立ち去るつもりでいた瞬間だった。
「好きなの・・・
あなたが・・・
あ、あたしが好きなのは、
あなたなの・・・。」
第1話 告白
誰かに一度でも好意を持たれた事があっただろうか?
異性からの好意を持たれた記憶は少なからず無い。あったなら彼女いない歴=年齢というテンプレには乗っからない。
でも今のこの状況はどうだ・・・?
自分でも信じられないが、告られている。同僚で、しかも同一部署の黒崎つばめに。
黒崎とは入社当時の研修からずっと一緒に過ごす事が多く、配属も同じであれば嫌でも同じ時間を過ごすのは長くなる。
気さくで、気も利くが、ちとガサツな部分があったりもする。
なんでも完璧にこなすよりちょっと欠点があった方が人として親近感も出てくる。 そんなせいか長いこと一緒に居ても疲れない。
どちらかと言えば男友達といる様な感覚に近いのだ。
俺も完璧に仕事をこなせる訳ではないので彼女のフォローに助けてもらいつつ、俺も彼女のガサツさが生む不足部分を補うというウィンウィンの関係でもあった。
しかしながらあくまで仕事上の話であり、仲の良い同僚と思っていた。
そんな好意を向けられる程の事をしたっけかな?これが俺の率直な感想である。
「えぇっと、黒崎さん??? 突然すぎて頭が追いついていないのだが、何ゆえに俺を好きになったのだ?
もちろんその好意自体は嬉しい限りだが、どうにも心当たりがなくてさ。
特段顔がいい訳でもないし、カリスマ性とか持っている訳も・・・」
我ながら情ないが事実なのだ。
何かしら異性を惹きつけるものがあれば男女交際の一つや二つ位はあったと思う。
このまま拗らせて三十過ぎても童貞を守って魔法使いになってしまうのではないかと危惧すら感じていた。
そんな心配をよそに彼女は恥ずかしさを抑えつつ、ゆっくりと話し始めた。
「あのね、研修で初めて会ったじゃん。その時は優しそうな人だなって感じていたけど、実際研修中は色々フォローしてくれたり、励ましてくれたよね?」
まぁ、その程度はしますよ。
新入社員同士で仲間意識が乏しい奴ならともかく、せっかく一緒になった訳だからできる限りの事はしたいと思うのは俺だけだったのか?
それはともかく、だからと言ってこれまでその先に発展する様な事は残念ながら一度も無い。いわゆるいい人止まり。
それ以上の魅力を異性には感じてもらえないのが俺なのだ。
もしそんな事で好意を抱いていたなら、チョロくね?黒崎・・・(汗)
「あたし、こういう性格のせいか励ます事はあっても励まして貰ったり親身に話聞いて貰えるのって皆無でさ。正直嬉しかったんだよね、しかもその場限りでなく今も続けてくれているのも嬉しいんだよ。」
「うんまぁ、黒崎が頑張っているのは俺にもわかるし、そうしているなら応援したくもなるからな。」
それは率直な感想だった、特別彼女だからということではないのだが、感化されるというか何かそんな感じだった。
自分でもよくわからんけどそういう風に動いてしまう基本プログラムが書き込まれているのではないか?
なんて馬鹿な思考を巡らせているとは思っていない彼女は話を続ける。
「それとね、名前を褒めて貰ったのがとても嬉しかったんだ。覚えている?研修でペア組んで少し後に名前の話になったこと。」
その話は覚えていた。
つばめという名前の響きがいいこと、鳥の燕の様に活発で作業の速さも燕の如くで、名は体を表すと言った所だ。
俺は彼女にとても似合っていて素敵だと褒めちぎっていたっけ。
「あたし自身は好きじゃなかった、父さんは女の子の名前を特急の名前から取って来たんだよ?なにそれ?意味わかんないっ!!ってさ。」
つばめという列車名は九州新幹線だったな、確か。
黒崎パパは鉄ちゃんか・・・?
「お父さん曰く、つばめという名前は古くから使われている名前なんだって。
戦前からあって、九州の特急で復活して今は新幹線につけられているんだけどさ。
そうやって長い年月を経ても人々に愛される人になって欲しいのと、特急と言えばつばめと言われる様に何かしらの代名詞になる様な立派な人になって欲しいからだって言うんだ。」
なるほど、確かにそう語られれば親の願いもわかるし、いわゆるキラキラネームよりはまともな名付けをしたのではなだろうか?
「気持ちは嬉しいのだけれど、女の子につける由来としては恥ずかしくて言えないから好きじゃなかった・・・。
でもあの時素敵だって言ってくれた時、初めて自分の名前がつばめで良かった思えたんだ。由来は話さなかったけど、自分の名前を好きになるきっかけをくれたから少しずつ意識してきたんだ。」
自分自身でも驚いた、こんなに彼女に影響を与える言動を無意識にしていたとは。
例えば下心があって、彼女の隙をついて落とす技量があれば意図的に出来たかもしれない。
でも実際は彼女を異性として特別に扱う事もしなかったと思う。(力仕事を率先して変わるはあったにしても)
自分の言動が彼女に大きく影響していた事に驚きを隠せないままでいるが、一方彼女の方は思いが込み上げているのか、言葉を続ける。
「同じ配属になってさ、勝手に運命的なものまで感じてきちゃったんだよね。
さっきも言ったけど今も変わらず接してくれるからどんどん意識しちゃって。
だからなんだかんだ理由付けて飲みに誘ったり、休みまで連れ出す様にしちゃってたんだよね。そんな事しても迷惑がらず一緒に楽しんでくれた事が嬉しくて!」
ぱあっと花咲く様な笑顔でこちらに話しかける彼女、相当嬉しかったのだと鈍感な俺でも伝わってくる。ものすごく可愛い素敵な笑顔だ。
「だから好きになるまで時間も掛からなかった。益々自分の中で存在が大きくなって・・・。」
先程の笑顔から一転、耳の先まで真っ赤に染まり、もじもじしている。
なんだこの可愛い生き物は?
普段は活発な面ばかりが表立ってしまうので、黒崎にこんな乙女なところあったとは思わなかった。
そしてそんな感情を抱えながら彼女は俺に接していたのにも気づけなかった。
冷静に考えれば同僚の枠を超えて既に友人の様な関係にまでなっていた事にも気付けていないなら当然なのだろう。
正直、ここまで気心許せると心地良すぎて当たり前の様にある空気と言ったら失礼なのかもしれないが、そういうニュアンスになっていたと再認識する。
「それで・・・、返事はどうだろうか?突然過ぎて慌てていたからまだ落ち着かないかもだけど、あたしは好きなんだ。言わない後悔と、言わずに彼女が出来るのは我慢が出来ない程・・・。」
さっきの話でスイッチが入り、不安感を煽ってしまったか? 先程とは打って変って涙ぐんできている。
「関係が壊れるかもしれない怖さも今すごくあるんだ、圧し潰されそう。でも、でも!」
そんな彼女を見て、これまでの関係がなくなったら・・・と、ふと考える。
あれ?なんだろうこの不安感。
勝手に想像しているだけなのに、なんでこんなに締め付けられる?
気づかなかった、彼女を失う怖さがあったなんて。
関係が崩れればそこにいる黒崎はこれまでの黒崎ではなく、もう別人だろう。
そんな未来を受け止められるのか?の自身の問いに心は即答した。
受け入れられない
俺は黒崎つばめが好きなんだ・・・
「・・・・・・・・た? お・・・ど・・した? だい・・・か?」
途切れ途切れに聴きなれた心地いい声が耳に入ってきた
それがどれだけ幸せなことか、当たり前だからどれだけ大事なものか・・・
失ってからでは遅いのだ。
視界に不安げな彼女の顔が入る
彼女にこんな表情はさせたくない
さっきの花咲く様な可愛らしい笑顔を絶やさぬ様、大事にしたい
彼女の細い腰にゆっくりと手を回す
――――こんなに華奢なのか、こいつ
守ってやらなきゃって否応にも感じる
突然の事で狼狽する彼女をゆっくり優しく抱きしめる。
どの位時間が経っていただろうか?
一瞬なのか、何時間だろうか正直わからない。
彼女の温もりだけが現実である事を認識させてくれる。
俺は心の内を抱きしめながら彼女に話す。
失うのが怖いと。そしてつばめが好きだった事に気づけた事も。
彼女は笑顔のまま、くしゃくしゃになって泣いていた。
俺もいつの間にかもらい泣きしていた。
こんなに幸せな気分で泣けるなんて思ってもみなかった。
大事なものはすぐそこにあるのだと気づかせてくれたつばめ、彼女の全てが愛おしくなった瞬間だった。
第2話 彼女の秘密
つばめからの告白を受け、自分もつばめが好きである事に気づき交際を始めた。
だが彼女から一つお願いをされた。
「あのね、今度連休が控えているじゃない。その時に温泉へ行きたいんだ、二人っきりで。行きたい場所や、やりたい事があるから計画やら手配はあたしに一任して欲しいんだ。」
それはいいとして問題はその後だった。
「すっごいワガママだと承知しているけど旅行までの間、恋人らしい事は控えたいんだ、デートとかさ。もちろんデートがダメなんだからキスもだめだよ。
あ、あと・・・エチチも・・・。」
我ながらドラマチックな交際スタート切ったと思っているのだが、あの告白の1時間後にそんな御無体な言い渡しをされるなんて思ってもみなかったわ。
そりゃ、つばめが好きだった事に気づいてなかった朴念仁だったが、晴れて恋人になったのならセックスはともかく(どうでもいいが、つばめのエチチって表現がとても可愛いと思った)、キスもデートもって・・・。
次の連休までまだ1カ月はあるのにだ。
長く感じると思いつつも、連休前となれば休みを確保する為に仕事がタイトになるのは世の定め。
俺らは連休を無傷で手に入れる為、いつも以上の残業を強いられ、なんだかんだと忙しい毎日を過ごしていた。
連休を1週間前に控えた頃、つばめからメールが飛んできた。
来週の宿等の予約は全て押さえたから安心してとの事。
この忙しい最中によくやったなと感心する。
先日も心配だったので手分けしようかと?と持ち掛けたのだが、
「これはあたしのワガママとちょっとした夢が掛かったプランなのであります!
そっちは無傷で連休を迎えられる様、仕事に集中してちょうだい。
・・・心配してくれてありがとう・・・。」
こうまで言われると、任せるしかない。
こっそりと彼女の仕事を少しこっちに回して負担を減らす小細工をし、彼女があまり残業しない様に過ごさせた。
時は流れ無事に双方完遂し、無傷で連休を迎えられた。
出発当日、俺は東京駅に呼び出されていた。但し、何処に行くかは未だに教えて貰っていないしチケットもない。彼女と合流して初めて明かされるのだ。
行先がわからないと準備も困る。特に服装はどうしたものか・・・。
仕方ないので薄目を何枚か重ねて調整する様にしてみた。
〇泉洋はこんな感じでいつもロケに行っていたのかと思うと同情する。
腕時計に目を落とすと、そろそろつばめとの合流時間になる。
おまたせ!と嬉しそうにはしゃいでいる姿を見ると天使に見えてしまうから不思議だ。
いつものアクティブ路線のデニム姿と違い、ボードネックにロングスカート、アクセントになっているウェストマーク。
彼女を見て、驚きもしたが精一杯おしゃれしてくれているのが嬉しい。
「どうかな?いつもと違うからびっくりした?」
「すごく素敵だよ、見惚れた・・・。 語彙力無くてスマン。」
顔を赤らめまんざらでもないつばめは、お世辞や贔屓目なく可愛い。
それに今日はやけに胸元を強調している。いや、され過ぎている。
つばめは確かに巨乳の部類だが普段はあまり目立たない様にしている。
それを今日は惜しげもなく?目立たせるとは・・・、つばめの気合を感じる。
「さて、つばめさん。この旅行の目的地は何処でしょうか?もう教えてくれるよな?」
待ってましたと言わんばかりにいたずらっぽい顔を作る。
「色々想像していたと思うけど、何処だと思う?」
まぁ、ここまで引っ張ってきてあっさり聞くのも面白くないかと思い率直な考えを答えてみた。
「予想できないから薄着を重ねておるのだよ、つばめさん。なので気温がめっさ低い所に行ったら死にます。」
「そうだよねぇ~、服装の話だけはしておけば良かったね、ごめんね。」
と、ペロッと舌を出しながら拝み謝るつばめを見せられたら責められなくなる。
気を取り直し、俺は続きを話す。
「あとパスポートねぇから海外も困るぞ。」
ええっ!と驚くつばめ。
そりゃいくら何でも言って貰わないとさすがに無理だろ?
「あたし、アラスカでオーロラ見るのが夢だったのに行けないじゃん!」
「そりゃ初耳だが、また今度な。大体温泉に行くってのにアラスカはないだろう?」
おぉ!と手をポンっと叩くつばめ
「さあ、本当は何処だ!?吐け!つばめ!言わない奴はこうだ!」
と、つばめを擽り倒す。
人目を憚らずはしゃぐバカップルとはこのことを言うのだろう・・・。
降参、降参wとケタケタ笑い転げるつばめは息を整えながら答える。
「あぁ、苦しかった!それじゃ改めて伝えるね、今回の目的地は長野です!これから30分後に出発する北陸新幹線に乗りますよぉ~。」
とりあえずアラスカは回避出来たが、現地で調達が必要かもな?と内心思う。
「んで、北陸新幹線は喫煙所無いから先にそこの喫煙所で吸って貰ってから行こうっと思ってさ、待ち合わせ此処にしたんだ。」
こういう気遣いが出来る所がつばめに惚れたところの一つだろうな。
本来吸わないつばめにとってはやめて欲しいのかもしれないがあえて言わないし、禁煙を強いられる時間の前にこうやって時間を設けてくれる。
「つばめ、ありがとうな。心遣い嬉しいよ。」
「そうだろう? そう思うなら大事にしろよwww 吸うのは5分も掛からないよね?飲み物でも買ってくるよ、ブラックのホットがいいかな?」
俺の全てを把握してやがる。叶わないな、つばめには。
こんな大事にされているなら俺もつばめを大事にせんと罰があたるな。
「ありがとう、それで頼むよ。匂いが気にならないなら荷物預かるよ。」
「そうだね、宿泊施設に消臭剤あるだろうから気になったらそれ使うからお願いしようかな?」
そうしてタバコと買物を済ませて、新幹線ホームへ進む。待ちわびた旅行であり恋人らしい事の解禁。ホームへ向かう際はどちらかでもなく、手を握って進み始めていた。
指定号車の立ち位置に並んでいると新幹線到着のアナウンスが流れる。
これから乗り込むとなると旅に出るんだなぁと改めて認識する。
今回はあのつばめと二人っきりだもんな、昂らない訳がない! と一人で嬉しさを噛みしめていると、相方はカバンから何かを取り出していた。
ミラーレスカメラ?と思っていたら反対の手にはミラーレスにはオーバーサイズ気味の望遠が握られていた。手慣れた手付きで本体に装着し、入線してきた新幹線を撮り始めていた。
「はぁ~、E7かっこいいわぁ~!全新幹線の中で一番イケメンですわ~、ドュフフフ・・・。」
・・・・。
つばめさん、もしかしてお父さんの血を色濃く引き継いじゃったかな?
こっちの視線に気づいたつばめは、コホンと咳払いして、何も無かった様に振る舞う。
つばめ・・・、もう遅いと思うぞ。
乗車可能になった新幹線に乗り込む。
二人掛けの指定席が二人だけの空間になるのかと思うとドギマギする。
全く童貞を拗らせるとこうまでひどいか?と思っていたがつばめも赤面している。
さっきまで鉄子を全開で晒したと思ったら今度は乙女全開。
全く以てつばめは飽きない、もっと早く知っていれば良かったと後悔をする位だ。
新幹線が走り出す頃には恋人繋しながら頭を俺の肩に乗せてくるつばめ。自分で設けておきながらやはり寂しかった様だ。
つばめの顔は心底嬉しそうだった。
そんなつばめに話し掛ける。
「今回の旅先は長野だけどお目当てがあるわけ?」
頭をスッと動かし、俺に顔を向けて話す。
「あのね、今回は数年振りに再会する事になるんだけどさ。再会したらそこでやってみたい事がどうしてもあるんだ。それで無理言って我慢して貰ったり、行先内緒にしていたんだ。だからね、もう少しあたしのワガママに付き合って欲しいんだ。お願い!」
ここまで言われてしまったら付き合うしかなかろう。
つばめのお願いだし、何より執着とも言えるこの言動には何か深い訳があるのは薄々感じていた。ただ気になるのは再会と言う言葉。
誰だろうか・・・。 親族? それとも・・・。
俺はつばめを信じて乗っかるしかない。彼女を信じてやらねば彼氏じゃないぞ!と自分の気持ちに言い聞かせつつ、つばめに話し始めた。
「つばめに任せる、だからつばめが言いたいタイミングで話してくれればいいから。」
「うん、ありがとう。何も聞かずにワガママに付き合ってくれて。あたし・・・。」
ちょっと泣きそうな顔のつばめの気を紛らわそうと俺は言葉を遮る。
「なあ、つばめ。この新幹線には初めて乗るのか?」
突然の問い掛けにキョトンとするつばめ。
ほんの一瞬の間を空けて答えた。
「うん。この子に乗るのは初めてだよ?どうかしたの?」
「そっか、なら今から前から後ろまで一通り歩いてみないか?俺も子供の時に初めて乗る時ってそうしていたの思い出してさ。つばめがこの新幹線が好きなのはホームでわかったし、初めて乗るなら尚更じゃないかって。
二人で歩けば一緒だからつばめは新幹線を堪能しつつ、俺は新しく見るつばめの一面を堪能できるスペシャルプログラムだ、どうだ?」
「え?いいの? なんか引かれちゃうかなって思っててさ。ちょっと心配だったんだ。この先でも、もしかしたらさっきの話をする際も引かれちゃうんじゃないかと・・・。」
見せていない一面を曝け出すのは勇気がいる。
しかもそれが相手に好意的に受け入れられるものか保証はどこにもない。
つばめが不安がるのももっともだ。
逆に俺だってそうだ。いくらつばめが大丈夫、受け入れるよと言ってくれても目の当たりにするまでわからないのだから。
だから俺は率先してそれに付き合おうと思うのだ。
もしそれが良ければ一緒にできるだろうし、やはり受け入れられないなら一緒にできなくてもそれ自体を否定せず、つばめが今まで通り出来る様にしたい。
そうするにはまずは相手に飛び込んで不安要素を取り除いてやらねば心開けない。
「見てもいないし、体験もしていないんだぞ。それに今回はつばめの同じ趣味に付き合うのではなく、しているつばめを見て楽しむプログラムだ。もし俺が同調して楽しめるならそれでよし、そうでなくても楽しそうにしているつばめが見れるならそれは俺にとってもプラスなんだ。という事で行くぞ、つばめ。」
嬉しそうにするつばめの手を引いて俺らは車内探検に繰り出した。
第3話 まだ見ぬ先へ
北陸新幹線はほとんどがトンネルなので、探検が終わると、景色が楽しめるわけでもないので少々暇を持て余す。
本来は旅先での話に花咲かせる様な時間なのかもしれないが、まだ伏せられたままなので話のネタにはならない。
無暗に突っ込んだ話も出来ないと思い、さっきの鉄道趣味について話題を広げることにしてみた。
「なぁ、つばめは鉄道関連好きなの?」
「別にそこまでガチじゃないよ、父さんと違って色々詳しい訳じゃないんだ。何種類か好きな子がいるだけで全然詳しくないんだよ。」
「って事はこの子は好きなんだ。」
「そうだね、この子は新幹線の中で一番好きなんだ。次が西日本の500だね。」
言われた名前をググってみる。確かにこの新幹線も、もう一つの新幹線もいかにも速いです!という感じがする。
他の新幹線も速さを追求した形なのだろうけど、この2機種はそれとは違う、言葉では言い表し難いが、人を惹きつけるカッコよさというものがある気がする。
つばめが好きなのもわかる気がする。
「なるほどな、見慣れた新幹線に比べると確かにかっこいいな。色見も違うし、なんか惹きつけられる。ちなみにつばめって新幹線もあるんだろ?」
「うん、九州にいる子なんだけど名前が同じだからなんか照れくさい様な、なんといううか、あはは・・・。それに九州だとなかなか行く機会も無いから本物は見た事も乗った事もないんだよねぇ~。」
確かに関東から九州ではちょっと行ってきますの距離ではない。
親戚でも居ればワンチャンあるかもしれないが、つばめの両親は九州出身ではない様なのでその可能性も無い訳だ。
「つばめは興味あるの?」
「もちろん、興味が無い訳じゃないよ。元々は私の名前の由来だし。前に言ったけど以前は好きになれなかったから、今みたいな気持ちにはなれなかった。あなたが褒めてくれたから今は見たいし、乗ってみたいとも思えるようになったんだよ。」
ちょっと照れ臭そうにはにかむのを見て、ドキッとする。
そう思えるようになったのは俺きっかけなんだな・・・。
・・・・。
・・・・。
・・・・。
「どうしたぁ? なんか難しい顔しちゃって?」
「つばめ、前に言っていた新幹線になる前のつばめってどうなったか知ってるか?」
「在来線の特急つばめは廃止。だけど、つばめ用に使われていた車両自体は元気に走っているよ。」
「なぁ、今度の旅行はつばめに乗りに行かないか?つばめ自身の由来になった列車に興味が出てきてな。最愛の彼女の名前のルーツを触れに、本人を連れて行くなんて人生でなかなか体験できないしな。」
思いがけない提案に目も丸くしながらつばめは マ? と、すっとんきょな声を出す。
そんなつばめに俺は マ! と返す。
「ん? つばめどうした?」
身体をわなわな震わせている。よく見ればつばめはベソをかいていた。
「あのね、あたし嬉しいの・・・。あたしの名前を褒めてくれた彼氏がさ、由来元へ一緒に出掛けようって言ってくれるなんて夢にも思わなかったから・・・。あの時好きになって良かった! 告って良かったってマジで思った。嬉しいよぉ~、ありがとうぉぉ~。必ず行こう、一緒に行こう!」
気が付けばベソからギャン泣きになっていた。そんなに嬉しかったか、提案してみて良かった。
子供をあやす様に落ち着くまで頭を撫でて続けた。
暫くして車内アナウンスが流れ、間もなく目的地の長野に到着する事を告げる。
いよいよだ。
気が付くと手汗が出ていた。
つばめが再会と言っていた相手がここにいる・・・。
第4話 夢と再会と
長野に到着し、ドアが開くと今までとは違う空気が出迎える。
明らかに山だ。
都会と違う新鮮な空気、そして少々肌に刺さる冷気。
改めて長野に来た事を文字通り肌で感じる。
乗ってきた新幹線を見送るようにつばめはミラーレスに収めるのかと思っていたら、急に腕を引っ張ってきた。
「ほら!一緒に写ろうよ! 最愛の彼氏とめちゃイケメソのE7となんて夢のようですなぁ~、でへへへ・・・」
つばめにとっては両手に華状態なんだろうけど、内心俺は盛り上がれない。
ここにつばめにとっての再会相手がいるのだ。
時間が経つに連れ、緊張感が増してくるのがわかる。
記念撮影を終えて、駅舎から出る。
駅ロータリーに喫煙所があるからまずはそこに行こうと誘われる。
なんやかんやとその辺はよく調べてくれているのは助かる。
緊張感が高まり過ぎて落ち着かないので甘える事にする。
この喫煙所は屋外なので煙が滞留しないこともあり、つばめもついてきた。
次の移動まで1時間以上あるので軽く食事しないかとの提案があった。
ぶっちゃけ喉通るのか不安だったが、クルミそばの有名な所があるとの事なのでまぁ何とか収まるかな?と考えてその提案に乗る事にした。
なるべくつばめとの会話が途切れない様に意識を会話に集中させた。
つばめを信じているし、わざわざ俺が苦しむ様な事をする訳がないと思う。
さっきもあれほど喜んでくれていたのだ、俺が想定している様な最悪な結末はないだろう・・・。 多分。
初めての彼女で交際経験がないので比べようがないのだが、つばめにとって一番いいと思える選択をしたいと思うのは当然の事。
だからこそつばめの言うワガママにも付き合っているのだ。
と自分に一生懸命言い聞かせている。
本音言えば嫉妬にも似たものが不安を掻き立てているんだが、余裕ある男をつばめに見せておきたい見栄っ張りな所も童貞の悲しい性なのかもしれない。
頭がぐるぐる回っている事を悟られない様に、クルミそばについて話を振ったりしてこの場が固まらない様に仕向けていた。
そうこうしている内にクルミそばがやってきた。
見た目も濃厚なクルミのつけだれは、この状況ではヘビーに感じたものの、食してみればとても美味でつばめとワイワイ言いながら食べれたのは幸いだった。
店を出て先程の喫煙所にまた舞い戻り、食後の一服を味わう。
聞けば今度の移動はちょっと時間が掛かるらしいので吸い溜めしていた方が良いとの事だった。
まぁ、都会と違うので一度乗り遅れたりしたら1時間待ちになんてざらだし、これからもし山深く進むのであればバスで数時間揺られっぱなしもあり得る。
ここは計画者のつばめの提案に素直に従っておこう。
それから俺達は駅の地下へと進む。
暫く進むと改札らしきものが見えてきたが、長野に地下鉄があるのかと思っていたが違う様だ。ここは地方鉄道の駅で地下鉄ではなく単純に地下ホームらしい。
よく見れば改札は自動改札出なく有人だ。都内では見慣れない風景に新鮮さを感じていた。
「こういうの初めて?」
キョロキョロ見ていた俺を見てつばめが聞いてくる。
「そうだなぁ、子供の時でも改札は自動だったと思うから初めてかな?」
そう答えるとつばめは嬉しそうに
「でしょ?でしょ?あたしも実際初めてだからワクワクしちゃっているんだよね。」
はしゃぎながら満面の笑みを向けるつばめを見て悪い気はしない、むしろ喜ばしい事だと改めて感じている。
つばめはカバンからちょっと大きめの封筒を取り出し、中から切符らしきものを取り出した。
「はいこれが今から乗る電車の切符だよぉ~、改札で駅員さんに挟み入れて貰うなんてそうそうないからね!」
はしゃぐつばめから受け取った切符には座席番号が書いてあった。
とりま鋏を入れて貰い中に入る。
ここから更に地下に進めばホームらしいが、つばめがさっきと打って変って緊張しているのがわかる。
それを見た俺も緊張が走る。
つまりこの先に再会相手がいるという事だ・・・。
「大丈夫か?」
と声を掛ける俺も正直気が気じゃない。
さっきのクルミそばが逆流してきそうな勢いだ。
「うん、何とかね。あのね、この先に話していた再会相手がいるんだ。
もう十年以上も会っていないからさ、さすがに緊張してきたかな、ははは・・・。」
それだけ久しく会っていない相手ならば無理もないと思うが、明らかに今までのつばめと様子が違うので心配になってくる。
「ねぇ、お願いがあるんだけど?」
少々か細い声だが芯のある声だった。
「ホームで会えるんだ、あなたと一緒に会いたい相手が。
あたし、好きな人が出来たら最初の旅行で必ず一緒に会って、したい事があったの!
それが子供の時からの夢だった、それが今から叶えられると思うとさ、ちょっちチキンになっちゃうわ。傍から見たらおかしいのかもしれないから、あなたにも笑われたり、引かれるかもね。」
つばめは真剣に見つめる。
俺はそっと抱きしめて背中を軽く叩いて落ち着かせる。
「大丈夫、一緒にその夢叶えに行こう。」
ゆっくりと手を握り、エスコートする。
つばめは安心したのか、安堵の表情で一緒にホームへと降りていく。
そしてついに再会・・・。
周りを見るがこちらを知っている様な人はいないみたいだ。
つばめの視線の先を追うとそこには列車が停まっていた。
まさか再会相手ってこいつか?
確かにちょっと言い回しに不思議な部分があったが、再会相手がこの列車だとすれば合点がいく。
「なぁ、つばめ。再会相手ってこの子か?」
泣きそうになるのを必死で堪えながら小さくうなずく。
そうか・・・。人じゃなかったのか・・・。
どちらかと言えば最悪な結末を勝手に考えていたせいで安堵感が大きい。
「詳しい話は後で聞くとして、再会できて良かったな、つばめ。」
とうとうつばめの涙腺が崩壊した。
「嬉しいよ、好きな人を連れて再会する事が出来て! 本当に良かったよぉ~。」
俺の胸で泣くつばめをあやす様に話し掛ける。
「とりあえず乗ろうか、乗り遅れたら元も子もないからな。とその前に一枚だけ記念撮影しておくか。」
俺は近くにいたこの列車の添乗員さんらしき人に撮影をお願いして撮ってもらった後に指定座席につばめを連れて行った。
しかし妙だ。
俺は長野で電車に乗った事がない、そもそも長野に来たのは生まれて初めてのはずだ。
なのに、この電車の形、雰囲気を知っている気がしてならない。
そう既視感と言うべきか・・・。
おかしい、俺の中で何が起きているのか正直わからない。
さっきまでの異様な緊張感から解放されて俺はおかしくなっているのかも知れない。
俺が混乱し始めているのをよそにつばめが復活し始めていた。
「落ち着いたか?」
「うん、ありがとう。今まで黙ってついてきてくれてありがとう。
あなたを好きになった事やっぱり間違いじゃなかった。」
そんな事を言われて嬉しくない訳がない。つばめにとっての夢、それが何だったのかは後で聞くとして、こうやって彼女が俺を好きになってくれた事を間違いじゃなかったと言ってくれた事に幸せを感じていた。
そして目が腫れぼったくなりながらも、真剣な眼差しでこちらに向かってつばめが話し始めた。
「それじゃ、すべてを話すね。この列車はあたしが子供の頃、地元の沿線で走っていた特急列車なんだ。そして家族旅行で箱根に行く時にはこの列車の展望席に座って行ってたの。」
昔は地元で、今は長野で走っている?
どういう事なのか理解出来ないが、話を聞き続ける。
「あたしは子供だったから目の前に広がる景色に夢中になっていたけど、両親は反対側の席で仲良く座って楽しんでいたの。
家でも仲がいいのだけど、いつもこの列車に乗ると両親はずっと手を握って楽しそうに過ごしていたから不思議だったんだよね。」
どうやらつばめのご両親は仲睦まじい様だ。
つばめが素敵な女性に育ったのは家庭環境も影響しているかもしれない。
「子供から見たら、仲良くなる魔法でも掛けられているのかなって思う位だった。
だから聞いてみたの、なんで今日はいつも以上に仲良しなのって?
そうしたらね、このシートはロマンスシートと言って、真ん中に仕切りがないだろう?父さんと母さんの間に邪魔なものが無いからいつも以上に仲良くなれるんだよ。って。」
言われてみればこの座席に真ん中の手すりがない。
これがロマンスシートと呼ばれる所以なのだと気づく。
「この電車に乗ったから父さんと母さんは仲良くなって、結婚して、つばめが生まれたんだ。つばめも大きくなって大好きな人が出来たら一緒に乗るといい。
きっと幸せになれるから。って言ってたの。
両親を見ていたらそれは嘘じゃないってわかるんだ。だからずっとあたしはそれを叶えようと思って好きな人が現れるまで待っていたんだ。」
なるほどな、つばめの夢は両親が与えた幸せな景色の再現だったわけだ。
そして俺の既視感の原因もわかった。
この列車は子供の時に俺も乗った事があったのだ。
大体都心から箱根へ向かう時はこれに乗るのが定番と言って良い位だ。
最後に箱根に行ったのは大学のサークル旅行の時だった。
その時はこの列車ではなかったと思うが出発時とかにメロディーを流したり、喫茶店の様に淹れたての珈琲を飲めるサービスがあったりしたのを思い出した。
あとで調べて知ったのだが、鉄道業界では大手の車両が地方鉄道へ譲渡されるという事は結構ある様だ。
この列車も例外ではなく、そのお陰で俺たちはこうしていられるのだ。
ここまでの話をつばめから聞いたおかげで俺の中でもやもやした全ての点が線になった。
「あたしは父さん程、鉄ちゃんじゃないけどね、この子についてはただの列車じゃなくて、夢や愛に満ちた特別なものなの。」
思い入れと言うのは人それぞれであり、つばめにとってはこの列車だっただけで、人によっては車に同様の思い入れがあるとか、対象物はまちまちだ。
人にはそれぞれ何かしらのストーリーやドラマがある。
俺には残念ながら今の所無いからか、こうして持っている人がどこか眩しく見えたりする。
「ずっとね、その日が来るまでワクワクしながら過ごしていたんだけど、中学生の時にこの列車が引退する事になったの。
最初はショックで数日寝込んじゃった程。夢が叶えられないって思っていたからね。
そんな時に父さんがあたしにこう言ってくれたんだ。
つばめの好きな子は長野で元気に走っているんだ、だから安心していい。
早く素敵な彼氏と出会える様に頑張れよって。
父さんの話では引退前に半分は地方鉄道へ譲渡され、廃車を免れていたんだって。
それを聞いて安心してあたしは次の日から普段通りの生活に戻れたけどやっぱ寂しかったかな・・・。
父さんからそうは言われても、そんな早くに好きな人が出来るほど甘くはないし、この夢を叶えるなら誰でもいい訳じゃなかった。
でも念願叶って、あなたとこうやって過ごす事が出来た。
今すごく幸せだよ、本当にありがとう。」
今日一の笑み浮かべて礼を言うつばめ。
この笑顔を見ればつばめを信じてここまで来て良かったと思える。
「つばめの笑顔が見れたからチャラだよ、これまでの事話してくれてありがとうな。」
ここまでの話を聞いて安堵感一色になったのか、俺の緊張感はとうに消えていた。
「それはそうと、そわそわしていたのは再会相手が昔の男とか想像していたんじゃない?」
不意に飛んできた鋭い指摘に思わず顔に出てしまう。
「やっぱりそうだよね、何も言わないでいたから、ずっとやきもきしちゃうよね。
最初から全部言うと引かれそうで怖かったんだ、あなたがそういう人じゃないってわかっていても、ね・・・。
それでも黙ってついて来て、不安になる私を支えていてくれた。
おまけに連休前は気を使って仕事量まで減らしたりさ?」
さすがに最後のは、つばめは知らないはずだが・・・
「何で知ってる?って顔だね、そりゃ同じ部署だもの。感覚でおかしいとわかるし、調整したのは誰だって考えればすぐわかるじゃんwww。」
何もかもお見通しか・・・。
俺はこの先ずっとつばめに頭が上がらないのも知れない。
「そろそろ発車だね。ねぇ、最後にここで叶えていない事、お願いしていいかな?」
いたずらっぽい顔で俺を見つめていたつばめの表情が急に艶っぽくなる。
つばめの言葉に合わせるかの様に列車は扉を閉め、アップライトで暗闇を照らした。
「ファーストキス、ここで貰ってくれない?」
俺はつばめの首に手を回し、そっと顔を近づける。
列車は俺達を祝福する様にメロディーを奏でゆっくりと走り出した。
終章
俺達は現地の温泉旅館で一泊する手はずになっていた。
つばめが予約した部屋には内風呂が露天になっており二人きりで入れる。
改めて目の前にすると、照れと緊張が混じった感じでつばめは
「ちょっと頑張りすぎたかな、あははは・・・。」
その気持ちはわかるし嬉しかった。
「んにゃ、忙しい中つばめが一生懸命選んだんだ、素直に嬉しいですよ。ありがとう、つばめ。」
赤面しながらコクコク頷くだけのつばめを見ていると可愛いし、彼女になった嬉しさが込み上げてくる。
とりあえず景色を堪能しつつ、一服しお互い気分を落ち着かせる様にした。
「昔から夢見ていた事が叶って良かったな、つばめ。」
俺はお茶を啜るつばめに話し掛けてみた。
「正直あの子に乗るまでどこか緊張はあったんだ。隠したままだったし、途中でそっぽを向かれてもおかしくないし。でもずっとあたしの事を最優先にしてここまでして貰って夢叶った。そして隣にいるのがあなたで良かったって心底思っている、ありがとう。」
優しい笑顔をこちらに見せるつばめ。
この笑顔をこれからも絶やさず過ごしたいと思いながら口にする。
「つばめの笑顔が見れたのが俺は嬉しいんだよ、その笑顔を見続けたいからずっとそばで見させて欲しいな。」
つばめはまたも顔を赤らめながら、うんと返事をした。
「今日までは小さい頃の夢、明日以降はどんな風に過ごそうか?と、今回の計画を練りながら考えていたんだ。あなたとどんな未来を作りたいか?とかね。」
仕事に忙殺され、今日まで恋人らしい事も出来なったので自分の方でもそこに至っていないのが実情だった。
「あたしも恋人らしい事もしていないので正直具体的なものは何も浮かばなかった。 でも二人で一緒に考えながら離れない様にしたいってのは根底にあるんだ。二人で未来へ続くレールを走りたい・・・的な?」
そこでレールが出てくる所がつばめらしいと思いつつも、言わんとしている部分は俺も同じなので笑みを浮かべながらウンウンと頷く。
「どんな事が待っているかわからないけどさ、お互いを大事にしていきたいよね?」
「そうだな、俺が!私が!が始まってしまったら相手を思う気持ちが無くなっているだろうからそこは避けたいと俺も思うよ。」
ぼんやりで具体的なものは浮かばないが、二人とも同じ思いを忘れないなら大丈夫な気がする。
「この先のイメージはまだ湧かないけど、まだ見ぬ未来へ二人が進む先を翼が導いてくれれば・・・的な?」
「語尾真似すんなしw まぁそうだよね、あたし達今日が初日だもんね。この先は二人で一緒に進んで行こうね。」
「にしてもレールに翼じゃなんか合う様な合わない様な・・・。 言いたい事はお互い同じなんだろうが持ってくるものが違い過ぎるよな、俺らw」
「あたしなんかはレールに翼だと山形新幹線になっちゃうけどねw」
「つばめとの話なのにつばさとはこれ如何に?」
「お? 初日でもう、つばさへ浮気か? DTなのにやるじゃねぇか、ケンカか??」
どういう理論でそこにたどり着くのかわからんが、つばめはわかりやすく頬を膨らませ拗ねている。
どんぐりを目一杯頬張っているリスの様でそれも可愛い、今度飯食う時に頬張らせてみようと考えながらつばめの頬へ手を伸ばし左右からそっと力を入れる。
プシューと間抜けな音が出たせいか二人で顔を見合わせ笑ってしまう。
「バキバキDTにそんな甲斐性はござんせんよ、安心したまえw まぁ英語にするとRail and wing だな。
なんか意味不だが響きがいいからそれでよくねぇか?」
うーんと思案顔になりつつ
「ま、そだね!二人で意味が分かってりゃいいもんね! でもandよりofでRail of wing の方が響きがいいかも? レールに翼がなんて空へ伸びていく感じで銀河鉄道やシン○リオンみたいじゃん!」
シン? なんだって? まぁいいや、後でググろう。
銀河鉄道は宮沢賢治の小説や松本零士の漫画で俺も知っているのでイメージしやすい、二人して妙に納得したのでこれで良しとしよう。
こうして俺達は日中は楽しく過ごし、夜はお互いの初めてを相手に捧げ愛を深めた。
翌朝、隣で静かな寝息を立てるつばめを眺める。
つばめの全てが好きになった事に改めて幸せを感じていた。
そっと前髪を撫でる様にかき上げ、額にキスをして床から出る。
朝日を浴びつつ、珈琲とタバコを味わいながら思う。
これから九州旅行も計画するとして今後は関係を深めながら同棲とかしたいなと。
片時もつばめと離れたくないという願望が沸々と出てきた。愛しいつばめと過ごす時間はさぞ幸せであろうと。
Rail of wing 二人にしかわからない言葉、これが生まれた時の事をお互い忘れなければきっと俺達はうまくいく。
根拠は無いが不思議と絶対的な自信があった。
自信に満ちた俺は珈琲を飲み終え、つばめを起こしに戻った。