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第八話 目覚める不老不死

「……い! あ…………大丈……か?」


 誰かの声がした。途切れ途切れで、よく聞こえない。音がグワングワンと脳の奥で揺れていた。


「……大丈夫か?」


 雑音から解放されて、クリアになった聴覚。男の人の声が聞こえた。


「あんた血まみれじゃないか! 大丈夫か?」


 血まみれ──。


 僕は、刺された。


 大丈夫な筈はない。


「おい! 大丈夫か?」


 クリアになった視界に、誰かの足元が見えた。そして、辺りに広がる赤いシミ。


「おい、小僧! 目が覚めたのか?! 大丈夫か?」


 声の持ち主を見上げると、憎たらしいほどに眩しい日差しと、太ったお爺さんが、僕を覗き込んでいた。


「……あれ? 痛く……ない?」


 僕は刺された筈なのに、まったく痛みを感じないし、意識もあって、息もしている。僕は、起き上がって刺された場所を確認した。


「ない」


 傷はどこにも無かった。そして、カランと地面に刃物が落ちる音がした。


 その音で、僕のボヤける頭がやっと働き出した。と同時に、思い出される神との会話。


 やはり、あれは夢では無かったのだと僕は落胆した。夢から覚めて、夢で良かったと思いたかった。


 しかし、そんな僕の幻想を、願望を、すり潰すようにして、現実が突き刺さった。


 お腹の傷は塞がっているし、背中の痛みも消えている。


 白いシャツは血まみれだけれど、体の傷は一つも、一ミリもなかった。


 綺麗さっぱり、新品になってしまっている。


 どうやら、僕は本当に生き返ったらしい。


 本当の本当に、不老不死になってしまった。


「どうした? 財布が無いのか? とりあえず、病院に行った方がいいぞ!」


「いや。大丈夫みたいです。財布は無いけど……」


 一ヶ月は、遊んで暮らせるお金。そして、父さんから貰った高級な腕時計。僕の持っていた所持品は、全て無くなっていた。当然、僕を殺した奴らの仕業だ。


 ま、お金ならまた父さんに貰えばいいし、別にいいんだけどね。


 生き返ったから復讐でもしてこようか? と考えたが、面倒くさいのでやめた。


 その後僕は家に帰り、母さんに血まみれになっていることについて突っ込まれたが、トマト祭りに行ってきた。って言ったら納得してた。


「……すごい」


 洗面台の鏡に映る、僕のナイスなボディーには、シックスパックと、血しか付いていない。


「本当に、不老不死になってしまったのかな?」


 僕は、それを試すことはできなかった。そして、受け入れることもできなかった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 不老不死になって、三日程経ったある日。


 僕は、街を歩いていた。


 それも、夜道を──。


 僕は、なぜか寝つきが悪くなった。


 原因不明──。


 月に照らされている、川の水──。


 橋の下に流れているその川。


 悲しくなるほど綺麗なその川を、僕はただ眺めていた。


「どうされましたか?」


 僕が、なんとなく見つめていたその水面に、人影が浮かんだ。


 そちらに視線を向けると、白い衣に身を包まれた女の人が、僕の隣に立っていた。肩で切り揃えられたその銀髪が、夜風に吹かれている。


 月明かりしかないその暗闇で、橋の上には僕と、彼女だけ。静かな夜に、その女性の声が響いた。


 どうやら、彼女は僕に話しかけているらしい。


「別に、どうもしないよ」


 僕はそう言って、女の人から視線を外し、また水面に視線を戻した。月が反射して、水面がゆらゆらと揺れている。


「私は、黒髪で青い瞳をした人を探しています。五年前からずっと──ある人の命令で。施設を破壊され、組織は壊滅に追い込まれました。私は、それを行った者を捕え、殺さなくてはいけない」


 隣から聞こえてくるそんな言葉。


 聞いてもいないのに、勝手に話し出した彼女。


 僕は聞こえていないフリをした。なぜなら、面倒くさい予感がしたからだ。


 僕は、その女の人に目を向けず、ただ水面を眺め続けた。相変わらず月明かりに照らされている。


「あなたも、黒髪で青い瞳をしていますね? 私の探している人かも知れません。あなたは強いですか? 強い人を探しています」


 やはり、まだ話し掛けてくるようだ。ここは無視をして立ち去るべきだろうか? それとも、僕は君が探している人ではありません。と、なんの証拠も無く、そう言うべきだろうか?


 しばらく考えて、


「僕は、あなたのことを知らない。だから、あなたも僕の知り合いじゃないと思う」


 水面から視線を外し、彼女に視線を向けて、僕はそう言った。


 彼女も、僕を見ている。


 これで、諦めてくれるか……は、分からない。しかし、本当に、僕は無関係なのだ。心当たりは何も無い。


「あなたが強いか、そうでないか、それだけ確認させて下さい」


 銀髪の彼女は、その白い瞳で僕を見ている。僕は、彼女の奥にある、本屋を見つけた。


 ──あんな所に、本屋あったんだ。明日行ってこよ。


「あなたの魔力の強さはどれくらいでしょうか?」


「え? あぁ──魔力?」


 もし僕が、この女の人の探している人だとしたら、ここで馬鹿正直に強さを見せたりしないだろう。なぜなら、この女の人が探している人は、『強い人』なのだから。


 彼女は、それを分かって聞いているのだろうか? だとしたら、結構馬鹿なのかもしれない。


「僕の魔力はね……これくらい」


 僕は全力で力を抜いて、微力な魔力を彼女に見せた。


 手のひらでもやもやと、消えそうな、吹き飛びそうな、そんな青い魔力が踊っていた。


「弱いでしょ? 僕は凄く弱いよ」


 僕は、自信を持ってそう嘘を言った。


 彼女は、その僕の手に浮かぶ魔力に釘付けになっている。それから悲しそうに顔を伏せた。


「また違いました……」


「でしょ? じゃ、僕はこれで」


 やはり、こいつは馬鹿だった。僕は踵を返して、銀髪の彼女に背を向けた。


 それにしても、あんなところに本屋があったとはね……今まで気が付かなかったよ。


 そうだ──気分がいいから、


 僕は進む足を止めて、彼女に向き直った。


「もしまた、黒髪で青い目の人を見つけたら、その時は、何も言わずに襲い掛かるといいよ。きっと、その方が簡単だ」


 彼女のその顔を見るに、意味を理解しているのか、していないのか、分からなかった。


 恐らく根は良い人なのだろう。そうであって欲しい。


 僕は、また彼女に背を向けて歩き出した。


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