第三話 すべてなかったことにしよう
そして、面倒なことに、僕らが居るこの場所は、この施設の中心。白装束に囲まれている状態なのだ。ここからでは、出口の扉も見えない。
僕が葛藤していた理由はこれだ。兄さんじゃなかったら、僕は見殺しにしてたね。
辺りを見渡せば、実験台のような白色の台が、この施設全体に並べられている。そして、そこに寝かされている子供たち。
彼らは、もはや、生きているのか死んでいるのか分からない風貌をしている。身体中から管を通されたその身体は痩せ細り、人間の原型を留めていなかった。
実に、面倒くさそうな匂いしかしないこの状況。
「兄さんってさ、こういうことに巻き込まれるの好きだよね」
「ごめん。ムエルト……」
このように、ピンチの兄さんを救うというシチュエーションはよく経験した。
面倒なことが嫌いだが、僕は兄さんが嫌いじゃないので、いつも助けてあげるのだ。
なぜなら、僕は兄さんと同じで優しいから──。
「この実験施設を見られたからには、絶対に生きては帰さない。我々の実験材料にしてやる!」
白装束が低い声でそう言った。
それが合図となり、白装束達は、一斉に戦闘態勢に入る。僕は、それを見て空を飛んで逃げようと考えた。一番楽そうだからね。
しかし、
「逃げようとしても、無駄だぞ! お前ら兄弟だろ? そこの奴から住処は聞いている!」
白装束がそう言った。
──まさかね。
僕は兄さんに、優しく聞いてみた。
「まさかだけど、本当の家の場所を教えたりしてないよね?」
「もちろん教えたさ! 嘘はいけないからな!」
元気な返事が返ってきた。
馬鹿みたいに馬鹿正直な馬鹿な兄さんだなと思った。
どうやら、逃げることはできなくなってしまったようだ。流石に、家に来られては色々面倒くさい気がする。
となると、ここで戦わなければならないがそれも面倒だ。
兄さんは魔法を使えるが弱い。はっきり言うと、役に立たない。
ああ、面倒だ。すべて面倒だ。
でも、ここが魔法を使える世界で良かった。
なぜならばこういう時、力技ですべてをなかったことにできるからだ。
前世の僕なら、力が無くて困り果てている状況だろうね。
──いや、何も抵抗しないかも。
さて、今から僕がすることを兄さんに見られたら、反対して止めてくるだろう。
兄さんはむだに優しいからね。
それに、父や母にチクられても面倒くさい。
なので、
「兄さん。少しの間、寝ててくれないかな?」
「え? なんで?」
兄さんは、相変わらず間抜けな顔でそう聞き返してきた。
何もせず僕にしがみついている兄さんの腹を、僕は殴って気絶させてあげた。
「え? 何やってんの? こんな時に仲間割れか?」
白装束が、僕と転がる気絶者を交互に見てそう言った。
「違うよ。目撃者を消したんだ」
「何を訳の分からないことを……? まあ、いい。我らクルーエル教団に歯向かえると思うな!!」
一人のその言葉を合図にして、彼らは襲いかかってきた。
四方八方から魔法が飛んできているのが見える。
僕は、魔法を展開した。その影響で、僕の足元にヒビが入って、兄さんが沈んだが気にしない。
そして、僕を中心に円のように広がる、青黒い魔力の壁──。
悲鳴が広がった。
僕たちに向けられていた攻撃は、当たる前に消し去られていく。
その僕の魔法が、放たれていた魔法を、僕を襲おうとした人間を、施設にあるものを、なにもかも全て消し去っていく。
建物が破壊され崩れる音と、誰かの悲鳴が鳴り続いた。
それから、しばらくして、僕にようやく静寂が訪れた。
風通しが良くなって、僕の髪を、風が揺らした。ついでに見通しも良くなっている。外はもう夕日が沈まりかけていた。
僕と兄さんを除いた全ての人間が、この施設から消え去った。
残ったのは目の前に広がる瓦礫の山と、たぶん死体だけ。
綺麗さっぱり、そして面倒ごとも一緒に無くなった。
「夕日が綺麗だね、兄さん。……気絶してるんだった」