〜閑話〜 10歳のムエルト
僕はなぜか、走りたくなったので、珍しくそうした。たまにこういう奇行をするんだよね。
「なッ! なぜ急に走り出すのですか、ムエルト坊ちゃん?!」
しかし、僕は止まらない。
「お……お待ちください……! ムエルト坊ちゃん!」
遠くからそんな声がしたから、振り返ってみた。召使いが必死な顔をして追いかけてきている。
僕はその光景が面白くて、しばらく続けたけれど、急に我に帰った。
ーーさっさと、本屋探そ。
そう思って、走る足を止めて、前を向いた瞬間ーー僕は何かにぶつかった。そして、尻餅をついて地面に倒れてしまった。
「ーーいたたた」
「おいお前!! 何ぶつかってんだよ!? ぶっ殺すぞッ!!」
尻を摩っていたら、上から声がしたので見上げると、金髪の長髪を束ねた男が、僕を見下ろして睨んでいる。
どうやら、僕がぶつかったのは、チンピラらしきものだったみたい。
その金髪の隣に立っていた小さいチンピラが、金髪の服の汚れを払っている。
そして、金髪のチンピラは、尻を摩る僕を見て舌打ちをした。
子供が地面に、尻餅をついて倒れたというのに、舌打ちをするとはーー僕も舌打ちを返した。
「おいクソガキ! 今、舌打ちしたろ?」
「……」
僕は、無視をして立ち上がった。そして、服についた汚れを払い落としてから、チンピラを見てみた。
どうやら、チンピラは怒っているらしい。
「おいッ! クソガキ!! 俺様にぶつかっておいて、謝罪はねぇーのか?! 謝れやッ!!!」
どうやら、謝って欲しいみたいだ。この面倒な人から解放されるためには、ただ謝るだけでいいらしい。それで満足というならば謝ろう。
「ごめんなさい。次から、気をつけます」
僕は、できるだけ心を込めて謝った。できるだけ。
しかし、どうやら、チンピラには届かなかったようで、僕を睨み続けている。ガンを飛ばされているらしいね。
「許すわけねぇーだろ! 馬鹿がッ!」
金髪のチンピラは、やはりご立腹なようで、僕の胸ぐらを掴んできた。その汚い顔が、僕に近づく。新しい服が伸びるからやめて欲しいよね。
「ーー兄貴! こいつ、相当な金待ちですぜッ!! 身なりが良い!」
小さいチンピラが、僕を舐め回すように見ている。
「そのようだな……おいクソガキ!! 金を置いていけば見逃してやるぜ!」
そして、それを受けた、僕の胸ぐらを掴んでいるチンピラも、僕を舐め回すように見てそう言った。
対して、そんな彼らはボロボロな服を着て、臭そうな見た目をしている。さらには、中身まで腐っているようだ。
謝罪の次は、金を要求するらしい。だが、別にくれてやっても構わない。なぜなら僕は『金持ちの家の子』なのだから。それだけで、この面倒事から解放されるのであれば、安いものだ。
と僕は金を渡そうとした。すると、召使いが走ってやってきた。
召使いの存在をすっかり忘れていた。
「ーーだッ! 大丈夫ですか?! ……坊ちゃん!!」
「僕は、全然大丈夫……」
やっと僕に追いついた召使いだったが、汗だくで、息も乱れまくっている。その容貌が、少し気持ち悪かった。
そんな召使いに、チンピラ二人は目を向けた。
「誰だ? お前は?」
そう言って、小さいチンピラが、召使いに近づいて行った。
「あなた達こそ……何者ですか? 坊ちゃんに……こんなことをするなんて……許しませんよ?!」
召使いは息を乱している。フゴフゴと息を吸い込んでいる。まるで、豚だった。
すると、チンピラ達は、それに気分を害したようで、召使いを蔑んだ目で見た。
「黙れッ!! フゴフゴ豚みてぇに鳴きやがって! 気持ち悪いんだよッ!!」
「ーーフゴぇッ!!」
小さい方のチンピラが、いきなり召使いを殴った。
召使いは、防御をする間もなく、顔面に一撃を喰らい、一瞬にして吹き飛んでいった。
ーーうん、弱い。
召使いは、地面を転がり気を失った。
それを満足そうに見届けたチンピラ二人は、また僕に向き直った。依然、僕の胸ぐらは、掴まれたままだ。
「貧乏人に用は無い。さあ、金を出せクソガキ!」
金髪のチンピラが更に顔を近づけてきた。その臭い息に、僕は一瞬、気を失いかける。
召使いが殴られ、胸ぐらを掴まれて脅され、臭い息をかけられる。普通の人間ならば、怒り心頭の出来事だろう。しかし、僕はこの程度では怒らない。
なぜなら、意味がないから。そんな事をしても、無駄に体力を消費するだけだ。
「おいクソガキ! 聞いてんのかクソガキ?! 金を出せって言ってんだよ!」
それにしても、さっきから……。この金髪は……。
「おい!? 聞いてんのかクソガキ?! なぁ? なぁ? クソガキ? おい、クソガキ?! おい、クソガキ? クソガキ!」
「さっきからーークソガキ、クソガキ、うるさいよ」
「え?」
僕は、胸ぐらを掴んでいたチンピラの腕を掴み、そのまま背負い投げた。
「ーーぐはぁっっ!!」
金髪のチンピラは、地面にめり込んだ。口から泡を吹いて気絶している。
「……ア、兄貴ーーーーッ!!」
小さい方のチンピラが、気絶している『兄貴』に駆け寄りながらそう叫んでいる。それから、僕に怒りの眼差しを向けてきた。
僕は、伸びきって、だるんだるんになってしまった襟を正して、小さい方のチンピラを見返した。
「クソガキって、言わないで欲しいよね? おじさんも、そう思わない?」
「……く、くそッ! この、クソガキがぁーー!!」
小さいチンピラは、そう叫んで僕に突進してきた。こいつも、アウトだ。
小さいものが、僕に向かって走ってきている。小さいものを見ると、やってしまいたくなることが、人にはあると思う。
僕は魔力を込めた指で、その無駄に出ているチンピラの腹にデコピンをした。
そうーー『デコピン』だ。
その小さいチンピラは、僕のデコピンによって盛大に吹っ飛んだ。そして、見事な事に、たまたまそこにあったゴミ溜めへと、ナイスインした。
「ゴミは、ゴミ箱へって言うもんね!」
折角なので、僕は背負い投げした方のチンピラも、そのゴミ溜めに投げ捨てておいた。
良いことをするって、素晴らしいよね。