〜閑話〜 特大魔法を放ちたい
このエスポワール学園では、毎日魔法についての授業が行われる。
ーー座学座学座学座学。
そんな日々を繰り返して、早一ヶ月。
僕にとってそれは、どれも本で得た知識ばかりでつまらなかった。
しかし、今日は違う。
課外授業があるらしい。
この学園が管理している魔物の生息地帯があるんだとか。そこへ、僕たちは行くことになった。そこは、関係者しか立ち入りを許可されていないらしい。
僕は、この異世界に来てから、魔物という生物を見たことが無かった。というか、そんなものが存在していたことも知らなかった。
だから、僕は少しだけワクワクしていた。
そんな感じで胸を高鳴らせてやってきた場所。そこは広大な面積の、ただの森だった。なんだか、少しがっかりしたね。
草木が揺れている。森の中は、昼だというのに薄暗い。
そんな場所に、整列させられた僕たち。
「なんか不気味だな……俺大丈夫かな」
一人の生徒が、今にも漏らしそうな顔でそう呟いているのを見た。
チームでの探索となり、僕らはそれぞれ別かれた。
僕と、この間腕を折ってしまったリアム、そして馴れ馴れしい、クロエ。この三人一組。どうやら、僕はくじ運も悪いらしい。
どのチームがより多くの魔物を倒せるかというシンプルな授業だった。
「おい! 出てこい、魔物!! 俺が倒してやるぞ!」
静かな森の中に、リアムの大きな声が響き渡った。彼はやる気満々である。
「リアム! 大きな声出さないでよ! 見つかったらどーすんのよ!」
クロエが、小声でそう言った。魔物を見つけなければ、この戦いは始まらないというのに。
「ファイアークラッシュ!」
リアムがいきなり、魔法を放った。こいつは、こうやっていちいち魔法の名前を叫ぶ。それに意味はないはずなのに、なぜかそうしているのだ。
「何か居たの?」
僕がそう聞くと、居たような気がしたと言う。
見に行ってこいと言わんばかりの表情を、二人が僕に向けるので、見に行くことにした。
茂みを進むと、
「……これは……なんだろ? 初めて見たよ」
それは、醜い容姿をしていた。二足歩行で、どこが目で、どこが鼻か分からないような顔をしている。
僕は、異世界に来て、初モンスターとマッチングした。できれば、もう少しかっこいいものが良かったと思った。
「うぇーー!! 気持ち悪いな」
「キャっ!! 何よこれ!」
と二人が珍しがって、しばらく眺めていた。そして、それに飽きた頃、魔物を攻撃し始めた。彼らが、何発か攻撃を喰らわせ、それはようやく死んだ。
二人の傍で、僕はもう一匹、そんな感じの魔物を見つけた。僕が魔力を流し込むと、その魔物の身体は内側から弾け飛んだ。
「無事か?!」
僕を見てリアムが言った。
入学初日はあんなに無愛想だったのに、日を重ねるにつれ、なぜか彼に付き纏われるようになった。
こないだなんて、僕の家にまで侵入してきたくらいだ。ストーカーなのではないかと思っている。
そして、なぜだか僕を、ガラスのように丁寧に、優しく扱ってくるのだ。
「うん。無事だよ」
そんな彼にそう答え、僕たちはさらに森の奥へと進んだ。
「よーし! 次の魔物! 出ておいで〜! ムエルトの前に出ておいで〜!」
クロエがそう言いながら進んでいる。相変わらず、馴れ馴れしい。
その時、森の茂みからガザガザと音がした。
見るとそこには、大きな物体がいた。
「きゃぁぁぁぁーーーーっ!!」
そう叫んでクロエが僕の方に逃げてきた。
それはーーそうだな……例えるなら、ドラゴン。
それもかっこよくないドラゴンだった。かなり気持ち悪い見た目をしている。
なんだか期待外れで残念だった。
「ムエルト、気をつけろ! かなり、強そうだぞ!」
「怖いよ! ムエルト助けてぇ」
クロエはさっきから僕にしがみついている。かなり邪魔だ。
「ちょっと、クロエ邪……間違えた。前が見えないよ」
よじ登ってくるクロエに僕はそう言った。払い飛ばしてやりたいが、流石に後から面倒そうなのでやめておく。
「あっちぃーーーー!!!!」
リアムの声が聞こえた。
僕も暑い。クロエのせいでとても暑苦しいし、僕の上半身にしがみついているので前もよく見えなかった。
ドラゴンが、口から火を吹いてリアムに攻撃しているのは見えた。そして、リアムは走り回ってそれを避けている。
リアムがドラゴンに向かって、『ファイアクラッシュ』とやらを連発しているが、全く効いていないようだ。
なんだかこのままだと、僕たちにも当たりそうだよ……クロエ……。
「きゃっ!!」
「あ!」
なんて思っていた時だった、いつの間にか、クロエが居なくなり視界が確保された。
彼女は、どうやらドラゴンの炎にやられたらしい。後ろの茂みに消えていった。
これでやっと動けるようになった!
ナイスです。ドラゴン先輩!
と、心の中でドラゴン先輩に敬意を示した。
「クソっ!! 全然魔法が効かないっ! まだこれから沢山やりたいことあったのに!」
リアムはそう言って、今にも泣きそうな顔で戦っていた。僕はそんな彼を、少し離れた所で見学していた。その光景が少し面白かったから。
「あ!」
しかし、そんなリアムはドラゴンの前足の下敷きになってしまった。まるで象に踏み潰された蟻みたいに。
「くそぉーー!! 死にたくねぇよ!」
そう言って、必死でその前足を押し返しているリアム。
「死なないよ」
僕はドラゴンのその前足を魔法で吹き飛ばした。四本足から、三本足へと進化を遂げたドラゴンは、雄叫びをあげてよろめいた。
「……ムエルト!! あ、ありがとう! 助かったよ」
「それで逃げられるだろ? クロエがどっか飛んでったから、探してきてよ」
感謝を述べるリアムに僕はそう促した。
一応、心配しているポーズを取っておく。
そして、面倒なことはリアムに押し付けて、こっちの面白そうなドラゴンを相手にしようと思う。
「お前はどうすんだよ!」
「僕は、このドラゴンを倒してから行くよ!」
リアムがまだなんか言っているけど、僕は無視してドラゴンに駆け寄った。僕は面倒くさいことは嫌いだが、面白そうなことなら面倒でもしたい。
体長三メートルくらいはあるかな。残った三本の足で上手いこと立っている。
僕は、子供の頃に魔導書で読んだある魔法をずっと試してみたいと思っていた。
兄では相手にならないし、街中でぶっ放そうとも思ったけど、誰かに怒られそうなのでやめた。
僕の目の前には大きな的ーー。
絶好な機会だと思った。
そう、確かその魔法の名前はーー。
「……デスペレイション」
辺りに黒い粒子が集められ、辺りの光を呑み込んでいくーー。
それが一箇所に集まって、一つの大きな球体となった。
そして、それは光を呑み込みながら、ドラゴンごと消し去っていく。
地面は陥没して、ヒビが入り、森の木々が投げ倒され、突風が吹き荒れた。そして、森は森でなくなった。
「おぉ! やっぱすごーい」
やはり、街中で使わなくて正解だったらしい。大量殺人鬼になる所だった。
これは、あれだな、何かに使えるかもしれないな。
それにしても、魔法の名前を呟いてみたけど、やっぱり特に変化はない気がする。
それから、リアムとクロエに無事合流した。
なんか、色々と文句を言われたけど、ドラゴンを倒したと言ったら許された。
そうして、それからも魔物を倒し続け、僕たちのチームが一位となった。
二人は使いものにならなかったので、僕がすべて倒す羽目になったけど。
それから、あのドラゴンは大物だったみたいで、僕だけご褒美に高級料理店のお食事券をもらった。
「流石はムエルト君ですね!」
と、なぜかその場に見物しに来ていた理事長に、拍手を送られた。それから他の生徒からも拍手を送られた。
リアム 肋骨骨折、肩の脱臼。
クロエ 軽い火傷、全身打撲。
ムエルト 無傷、お食事券。