〜閑話〜 ムエルト・ヴァンオスクリタという少年
「この世界に、とある一匹の魔物が現れました。人間に憧れていたその魔物は、一人の人間に恋をしました。この童話の作者、イザベーラは、どのような心境だったでしょうか? リアム?」
教卓の前で、スラスラと文章を読み上げる女教師。
彼女の言葉を、子守唄のように聞いて、眠っている男子生徒。
「コラ! 起きなさい! リアム!」
そう呼ばれた少年は、眠たそうに頭を上げる。
リアムと呼ばれた、赤い瞳のその少年には、どうしても勝ちたい生徒がいた。
『ムエルト・ヴァンオスクリタ』という、黒髪で青い瞳をした男子生徒。
リアムは入学初日にその少年に試合で負けた。しかもたった一撃で。
その時、叩き潰されたハエのように、壁にへばりついていることしかできなかった自分と、澄ました顔で立っていたムエルトという少年との、圧倒的実力差に屈辱を感じていた。
なんとしても彼に勝ちたいと思ったリアムは、試験のテストで頭脳勝負をすることにした。
リアムがその少年にそれを伝えると、「別に良いけど」と答えた。
彼のその余裕さにリアムはまた腹が立った。だから、必死で勉強した。それは、リアムにとって生まれてはじめての努力だった。
しかし、結果はリアムの敗北。
その少年は、学年でトップの成績だった。
またしても負けてしまったリアムは絶望した。
リアムにとって最終奥義であるモテ度で勝負した時も、やはり惨敗であった。
それからもリアムは、ムエルトに勝てるところを探した。
毎日彼を尾行して、さらに二四時間監視した。
彼の屋敷の強力な防犯システムを掻い潜るのは、とても骨が折れた。
しかし、そこまでしても、その少年の弱点は見つからなかった。
頭脳明晰、眉目秀麗、そして、人柄も良い。
リアムは思った。
素晴らしい! と。
ここまで完璧な人間がいたとは! と。
自分と比べて、その差に心が折れかけたリアム。
その時、『もはや人間ではないかもしれない』そうだ。そういうことにしておこう。
と、自分の心を守った。
リアムは、ムエルトという少年が決して人間に格下げにならないように、これからも、記録をとっていく日々を送ることにした。
そうすることで、リアムは『人間の中で一番強い』という妄想に浸ることができたからである。
「ムエルト! 今日もお前の居眠りの真似ができなかった!」
リアムは、授業が終わってから、窓際の席に眠そうな顔をして座っている少年に話し掛けた。
「馬鹿にしてるの?」
ムエルトと呼ばれた少年は、不機嫌そうにそう言った。




