第九話 不老不死でも、心は回復できないとみた
この九話と次の十話は、飛ばしても物語に支障ありません。
(この話しは簡単にいえば、ムエルトと兄の、とある休日のお話です)
「大丈夫ムエルト? 顔色が悪いわ」
「寝れていないのかい? 目がいつも以上に死んでいるよ」
朝食の時間中、母に心配された。父も一言多いが、心配している。
相変わらずの、豪勢な食卓に、珍しく揃った家族四人。
「大丈夫、すぐに治るよ」
僕は、特に食欲もなかったので、サラダを一口だけ食べてそう伝えた。
寝ることが生き甲斐といっても過言ではないこの僕が、不眠に陥っている。なぜ寝れないのか僕にも分からないが、時が経てばまた眠れるようになる筈だ。
いや、本当は何となく分かっている。不老不死になってしまったと分かってから、そうなったのだから。
「本当だ! いつにも増して、目が死んでるね! 恋人にでも振られたのかい?」
ニヤつきながら、僕の顔をまじまじと見て、兄さんはそう言った。
「僕の目は死んでないよ」
そう言って、近づいてくる兄さんの顔を、手で押し返した。
悪いけど、今日は兄さんの勝負を受けている暇はないよ、と思っていたら、
「どうだ? 俺と、少し街に出掛けに行かないか?」
と誘われた。
いつもなら、「トイレの早さで勝負だ!」とか、「組み手をしよう!」とか言ってくるのに、まさかの誘いだった。
僕は、しばらくこもりきりだったので、気分転換になると思い、それを承諾した。
それから僕たちは、街にある『高級なカフェ』という名前の店に来た。
僕と兄さんは、テーブルを挟んで、向かい合って座っている。
僕は甘い飲み物を頼み、兄さんはかなりでかいチキンを、獣のように頬張っていた。
「こうやってムエルトと二人で出かけるのは初めてだな! なんだか緊張するよ!」
口に入っている、チキンの欠片が飛んできた。
口の中のものをすべて食べ終わってから話せーーと、心の中で罵倒した。
「そうだね」
僕は、食べ続ける兄さんを眺めながらそう言った。
「ムエルト、最近何か悩み事でもあるのか?」
兄さんの口から発せられたその言葉。
意外だった。まさか、兄さんにそんな脳みそがあったなんて思わなかった。流石は、無駄に優しさのある兄さんだ。
「無いよ。なんで?」
「いや、なんかそう見えたから。最近、寝れてないみたいだし、なんか、心配でさ。辛いことがあるなら、俺に何でも相談しろよ!」
屈託の無い笑顔で、兄さんはそう言った。眩しい、笑顔だった。
しかし、そんな兄さんに僕の悩みを打ち明けたところで、時間のむだというものだ。なぜなら、兄さんには解決できないから。話す意味がない。
「別に、何もないよ」
僕は、その眩しい兄さんの瞳から視線を外してそう答えた。優しいその瞳を見ていると、なんだか気分が悪くなりそうだったからね。
「そうか……。たまには、本音で話してくれたっていいのに……!」
兄さんがぼそりとそう呟いた。気持ち悪いくらい、悲しそうなその顔。
「何を言うんだい、兄さん。僕はいつだって、本音しか言ってないよ。……だから、兄さん。言わせて貰うけど、口の中にものを入れたまま喋らないでくれるかな? 汚いよ」
僕が真剣にそう言うと、兄さんは大口を開けて笑った。
何が楽しいのかというほどに笑っている。
「……悪い、悪い! なんか、可笑しくて!」
と、兄さんの笑い声が広がった空間に、黒ずくめのフードを被った集団が現れた。
五〜六人はいるだろうか?
ここは、名前の通り、結構高級なカフェなので、そういう格好の奴らは目立つのだ。
「全員、金を出せ!! さもなければ殺すぞ!」
フードを被っている中の一人がそう言った。
そして、客達から上がる悲鳴。フード達は、魔法を見せびらかしていた。
こんなところに強盗?
嘘だろ?
銀行とかに行けばいいのに。
とか思ってたら、
「お前たち! 何をしている!」
兄さんの声がした。
しかし、前の席に座っていた兄さんが、いつの間にかいなくなっている。
どうやら、主役の舞台へとあがって行ってしまったらしい。
兄さんは、僕と同じくらいに優しい。そして、正義感も強い。
だからなのか、毎度面倒なことに首を突っ込みたがるのだ。
しかし、主役になるには兼ね備えていないといけないものがある。それを兄さんは持っていない。
「ぎゃぁーーー! 助けてくれ! ムエルトぉぉ!!」
兄さんのケツが燃えている。
そうーー兄さんは弱い。魔法を使えるが、それでもすごく弱い。
ただ優しいだけだ。
結局こうして、いつも僕に災難が降りかかってくる。
「勝手に動くな! 次勝手に動いたら殺すぞ!」
兄さんのケツを燃やしたフードの一人が、そう言った。
「兄さん、こういう時は、適当に従ってさっさと終わらせればいいんだよ。面倒なことには、関わらないのが一番なんだから」
僕のもとに駆け寄ってきた兄さんにそう言った。まだケツが燃えている。
「何を言っているんだ! ムエルト! 周りを見てみろ! 皆が怯えているだろう!」
兄さんは僕の両肩を掴んで、ケツが燃えたまま、そう訴えてきた。
僕は、面倒くさいという顔をした。僕の必殺技である。
「お前は、ここにいろ! 俺がお前も守ってやる!」
と言って、兄さんは、ケツが燃えたままフードたちに向かっていった。
さすがは、兄さんだ。身を犠牲にして、敵と戦っている。ケツは燃えているが勇敢だ。
しかし、兄さんの放つ魔法は、敵には全然効いていないみたい。ボコボコにやられている。
僕は、その光景を自分の席に腰掛け、眺めていた。頼んだミルクコーヒーに浸かっている氷が、音を立てて揺れている。
兄さん、いつも無駄にしぶとかったよなー。
と、昔の情景が蘇ってきた。
「お前、鬱陶しいぞ!!」
その声で、僕は過去から引き戻された。その声の持ち主は、フードの一人だった。そいつが、兄さんに目掛けて、魔法で炎を放った。
最初の時よりも、強めのその魔法。
これでは弱い兄さんが死んでしまうので、助けることにする。
見逃してもいいんだけど、僕は兄さんのそんなところを、少しだけ気に入っているんだよね。
僕はその炎が兄さんに触れる前に、魔法を飛ばした。
その炎が蒸発して、あたりに水飛沫が飛び散る。
「なにっ!?」
「弟よぉぉぉー!」
フードは僕を睨み、兄さんは僕に笑顔を向けた。
それから、六人のフードが全員こちらを見て睨んでくる。
ほら、面倒なことが始まってしまった。