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ヒトビトが一日の仕事を終えて盛り場へ繰り出す頃、シャノンが工房を閉めて酒場へ顔を出すと、ラッセルが意味ありげに奥を示した。了解して真直ぐそちらへ向かうと、久し振りに城下へ現れた領主様が、のんびり酒を飲んでいる。
自然と周囲から人払いがされているのは、奥へ落ち着く時は物騒な話をするのだと、常連たちが心得ているからだろう。みんなと騒ぐ為に来るときは、彼はいつもカウンターの真ん中へ陣取るのだ。
見た目は溌溂とした好青年でしかないが、これで長らく生きている黒竜である。大戦後の荒廃した世界において、ウェルテの建国に尽力した人物であり、双翼と称される実力者だ。
もう片翼は、彼が友人と言って憚らない吸血鬼、アルクィン伯爵である。とはいえ、彼は極度の引き籠りで領地から出てこないし、あまり知られてはいないのだけど。
ヒトの噂に寄れば、アルクィン伯は金髪碧眼の儚気な美青年らしい。この数十年間は古城に引き蘢ったままらしいのに、何故ヒトビトが知っているのかはさておき。それぞれを太陽と月に喩えられることもある辺り、なんとなく理由が窺えるような気もするが。
「やぁ、シャナ。繁盛していたようだね。王都でおまえの仕事を見かけたよ」
にこやかに声を掛けられて、「それなりに」と応じながら差し向いに腰を下ろす。
彼との付き合いは、そこそこ長い。確か、出会いは故郷だったはずだ。その頃から気安さは変わらないし、シャノンも今更改めるつもりもない。
「フィデルも忙しかったの? 最近ご無沙汰だったじゃん」
「この時期は仕方ないさ。そうも言ってられなくなったけど」
あぁ、と呟いて、やってきた女給へ適当に「お薦めで」と食事を頼んだ。向かいから「奢る」と告げられて、それはどうも、と軽く肩を竦めてみせる。
「情報料、貰うほど持ってないけどね?」
「昨夜の功労だよ。相変わらず、手際がいい。被害が少なく済んで幸いだった」
「今回はラスの御蔭」
銀が効くなんて知らないッての、と零して頬杖をつく。ウェルテへ流れてくるまで、仕立て業に精を出していたのだ。すっかり諸々の情報に疎くなっている。今となっては必要のない諸々ではあるけれど、全く知らないのでは後々困りそうだ。
「流石に、ラスは耳が早いな。最初は、天来教の偉大なる救い主様から御加護をいただけますように、という理由で使われ始めたようだ。結果として、一部の魔素生物に対して有効だと解ったわけだが」
ばかばかしい、と吐き捨てるシャノンに苦笑して、フィデルはフリッツを摘む。
結局、昨夜の襲撃者はあっさりと暗示を解かれ、うやむやのまま手当てして解放したのだと、先程マーシャルから聞いたばかりだ。近隣で、不審者の目撃情報もなし。人狼騒動の最中だっただけに、外出を控える者も多かったのだろう。
現在は、シャフツベリ氏族が方々へ走っているようだが、有用な情報は入ってこないらしい。マーシャル自身も、何か拾えるとは思っていないようだ。だからといって、手を拱いているわけにもいかないのが、上に立つ者の辛い所だろう。
そんなこともあってか、追加でシャツの注文が入ったのだ。当分は工房に籠っていろ、ということなのだろう。領主様がこうして出張ってきたのだから、相当思わしくないようだ。
「アルントを通じて国内の血親たちへ打診してみたが、動向を把握できていない血族はいないらしい。とはいえ、影で何をやっているかわかりゃしないが」
「ウェルテの一翼は辛辣だなー。上には奏上してるの?」
「一応、宰相殿の耳には入ってる。今の所、私の膝元だけの騒ぎだからな。他所へ飛び火したら、陛下に伝わるだろうさ」
気をつけろよ、とひたと見つめられ、薄く笑う。
「そんなへまはしない。ていうか、そう言うなら巻き込まないでくれる?」
「最初に首を突っ込んだのは、おまえだろうに」
「こんな裏があるなんて思わないッて。マーシュに言われたからね、大人しくしてるよ」
籠っていろと言われるなら、それなりにやらねばならないことはあるのだし、それらをのんびり片付けるだけだ。当面は、マーシャルの依頼をこなすことに集中するつもりである。
あれだけご婦人方から無言の圧力をかけられたのだ。彼女たちの為に素晴らしい衣装を作り上げなければ、後が怖い。
ぼやくシャノンに声を立てて笑って、フィデルは愉し気に片目を瞑ってみせる。
「それでは、私も何か仕立ててもらおうかな」
「やめてよ、領主様お抱えのテーラーとかいるんだろ。俺は大人しく街の仕立て屋さんやりたいの」
「いやいや、城下に降りるための衣装は、ちっとも仕立ててくれなくてね、これが。今はアルクィンの、素性を知られてないテーラーに頼んでるんだ」
そもそも出歩くなよ、と真顔で告げると、からからと笑って誤魔化される。
「まぁ、私は兎も角ね。そのうち、高貴な方からお呼びがかかるかもしれないから、そこは承知しておいてくれないか」
「うん? 誰」
アデライン殿下、と告げられて、シャノンは軽く眉を持ち上げた。
「……誰だっけ」
「しっかりしてくれ、次期女王陛下だよ」
「んん? なんでそんな所から」
ウェルテに移住してからこちら、シャフツベリから出たことなどない。おまけに、漸く商売も軌道に乗ってきたばかりの、街の仕立て屋でしかないのだ。ご贔屓筋も生活水準が高めの労働者階級から、精々が成り上がりの中産階級まで。基本的に、ご近所だから親しまれている程度である。そんな小さな工房が、遠く離れた王都に住まう方から指名される理由が、とんと解らない。
首を傾げるシャノンを前に、フィデルはほんのりと苦笑を浮かべた。
「社交期の礼服やらドレスやら、いくつか手掛けていただろう。今年が初参加の薄桃の淑女を、殿下が目に留められてね」
アデライン殿下に素敵だと誉められた彼女は、大層舞い上がっていたそうだ。一体どちらのドレスメーカーの作品かと問われて、シャフツベリの仕立て屋オクロウリーだと、元気に答えてくれたらしい。
「それから私が殿下に呼ばれてね。案内してもらえないかって懇願されたんだ」
「ちょっと待て、うちは街の小さな仕立て屋なんだってば」
「序でに、殿下は記憶力の良い方でね。去年お目通りした我が領地の若い紳士が身に付けていた礼服も、件の仕立て屋の作品だと憶えておられたんだ」
それも強く印象に残っていたようで、可能ならば婚約者のトラヴィス・カヴァデイル卿と揃いで仕立ててもらいたいと言ったらしい。
曾て王室の裏方に潜り込んでいたシャノンの経験から言えば、基本的に、テーラーはテーラーの仕事しかしないし、ドレスメーカーはドレスだけを手掛けるのが普通なのだ。その職分を侵さないよう、お互いに干渉しないのが慣例なのである。その点でも、アデライン殿下の目を引いてしまったのだろう。
「因みに、まだウェルテ国内勢力に疎いらしいシャナのために解説すると、トラヴィス卿の父君はサリスベリー公爵、兄君はグレシャム伯爵だ」
「勘弁してよ! 断って」
「それは無理だな、私も一臣下に過ぎないのでね」
こんな時ばっかり殊勝振るな、と噛み付くが、フィデルは可笑し気に笑うだけで意に介した様子もない。そうして、考えておいてくれ、と奇麗に微笑んだ。
「悪い話ではないだろう。私も、シャナの作る衣装は好きだよ」
「滅茶苦茶悪い話だよ! ああああ、あのどろっどろで陰湿な足の引っ張りあいにうんざりして辞めたのにー」
「何も、専属で就けという話ではないんだから。殿下の微笑ましい願いくらい、叶えてやってくれないか」
内情を承知しているだけに、そう言われるのは弱い。きっと、お抱えのお針子にそう願ったところで、聞いてはもらえないだろう。
おほほほほ、面白いことを仰いますね。ご存知ないようですからお教え致しますが、わたくしどもはそのような仕事は致しませんのよ。この仕事に誇りをもって従事しております我等を侮辱なさいますか。
……などと、少しも笑っていない目をひたと向けて、抑揚のない声で捲し立てるだろうことまで、容易に想像できる。いや、まさかそんな輩ばかりとも思いたくないが。思いたくはないのだけども。
王室の裏方に勤める者たちは、総じて気位が高いうえに、気に喰わなければ主人にも平気で噛み付くのだ。辱められたと親に泣きつく姫君もそれなりに見てきたし、親方の機嫌を損ねぬよう、逆に言い聞かせられるさまも見ている。
「……仕事受けるのは一度だけ、王都には出向かないし、誰が作ったとも口外しない条件なら受ける」
欲がないな、と軽く眉を持ち上げられて、そういう問題じゃないんだよ、と苦虫を噛み潰したような顔をする。
「俺は、ひっそりのんびり営業したいの。フィデルには世話になってるから、一回だけ無茶聞いてやるって言ってんの」
「おまえの友情は有難く受け取るよ。まぁ、あまり広く名を知られても困るか。殿下にもそのように伝えておこう」
宜しく、と投げ遺りに応じたところで、ラッセルが注文の品を手にやってきた。どうやら今夜のお薦めは煮込み料理らしく、香辛料や香草のいい香りがする。
皿の端に大きなパンとカトラリーを添えたそれをシャノンの前に置き、彼はそのまま適当に椅子を引き寄せて腰を下ろした。
「おう、シャナ。昼間は大変だったんだってな?」
にやにやとからかうラッセルに渋面を向けて、シャノンはカトラリーへ手を伸ばす。
「繁盛してそうで何よりだよ」
「なぁ? すげぇよな。昼間は完全にマーシュへ丸投げしてるんだけどよ」
「それでいいのか、店主」
「安心して任せられるから楽だぞ」
真顔で応じられて、ああそう、と平坦に返す。
くつくつと愉し気に笑っていたフィデルは、ああそうだ、と思い出した風情で何気なく口を開いた。
「漸く、オルグレンの魔女殿にお会いできたよ。予想外に若くて驚いたな」
「領主様が野次馬かよ」
「まさか。この度の功績を讃えにね。彼女が献身的に働いてくれなければ、領民の命が無慈悲に奪われていたかもしれない」
立派に魔女様だったろう、とにんまり笑うラッセルに、フィデルは深く頷いた。
「若さ故の物慣れなさはあるが、なかなか頼もしいね。将来が楽しみだ」
このまま居着いてくれるといいんだが、と苦笑を浮かべる。
「取り敢えず、医療機関に梃入れしたほうがいいよ。魔女たちが長らく保存してきた薬草学の知識は、近代医学にも充分転用は可能なんだ。それなのに、頭から馬鹿にしてるじゃん、あいつら」
軽く眉根を寄せながら、パンを一片ソースに浸して口に放り込む。柘榴の料理長はラッセルが兼ねており、仕入れによってメニューが変わるのだ。今日は良い肉が入ったのだろう、ほろほろと崩れる肉も良い塩梅だし、ソースもいろいろな出汁が出ていて美味い。
手厳しいな、と苦笑するフィデルを前に、シャノンはつらつらと言葉を重ねる。
「そのくせ魔素生物関連の負傷だと判明すると、詳しく調べもせずに放り出してるし。どうなってるんだよ。魔術が消えても、文明が発達しても、全ての魔素生物が滅んだわけじゃないんだぞ。おまけに、領主がそもそも魔素生物じゃないか。それについてはどう思ってるのか、是非とも拝聴したいもんだね。大体、魔女たちがどれだけ苦労して体系させたと思ってるんだ。今こうして美味しい料理が食えるのだって、研究の副産物なんだぞ!」
「まぁ、ちっと問題だとは俺も思うぜ? 以前オルグレンにいた魔女は、あいつらに追い出されたからな」
「本当かよ。どうなってんだ、シャフツベリ卿」
ラッセルの言葉を受けてそのまま投げ付けると、フィデルは降参とばかりに両手を軽く挙げた。
「わかった、次の議会には議題にあげて見直しさせる。今なら好機だろう。リリエンソール博士の働きで、魔女についての妙な偏見も改められつつあるようだから」
「領主様がこう言ってるんだ、シャナもそのくらいにしておけ。発展と共に、曾ての智慧が退化していっちゃ意味がねェんだけどなぁ。こればっかりは仕方ないのかね」
この街は特に古い物に厳しいからね、と憂鬱そうに零す。国内有数の近代都市であり、尤も発展が進んでいる街の住人は、どうにも歴史ある物を軽んじる傾向にあるそうだ。その部分だけは、領主としても頭を痛めているらしい。
「魔術が当たり前に存在していた時代は、ヒトビトにとって彼方のことだからな。馴染みのないことは、どうしたって廃れてしまうさ」
「だとしても、極端な話だな。前いた国は、もう少し前時代の知識がきちんと受け継がれてたぞ。便利な街だと思うけど、なんだか危ういな」
「ほう? 丁度いい、他国の現在を聞かせてくれないか」
「いいけど、隅々までは見てないよ? 地方は全然わからないし」
そのまま暫く雑談に興じ、シャノンが煮込み料理をすっかり平らげた頃、ラッセルが女給を呼んでエールを運ばせる。愛想のいい女給がにこやかに空いた皿を下げると、フィデルは低い声で「その後は」と促した。
「聞かねぇな。うちに出入りしてる奴らも、噂にも聞かないらしい」
「そもそも、噛み痕をこれ見よがしに残してあったというのも引っ掛かるな。まともな血族なら、そんな不作法はしないだろう」
軽く眉をひそめるフィデルへ視線を向けると、果たして彼は肩を竦めてみせた。
「逸れ者の線も疑うべきだな。あれらはその特性から、逸れ者が生まれやすい」
吸血鬼の共同体は、人狼と違い、あまり大きくない。人狼の長には代替わりがあるが、血族の血親は一人でしか有り得ないからだ。
血親は受血によって血族を作るが、その子らが更に受血を行うことはない。親が与えねば成れないのは、人狼と同じくである。
しかし、殺害目的で意図的に受血することはありえるし、中には戯れに行う者も過去にはあった。大半の被害者はそのまま死亡するが、中には耐える者もあり、その確率が人狼よりも高いのが吸血鬼の特長でもあるのだ。おそらく人狼のように、体組織がすっかり別物に作り替えられるわけではないからだろう。
けれど、その場合は夜の住人となるだけで、まだ逸れ者ではない。
近年、大半のヒトビトが認識している吸血鬼がこれに当たり、単純に起き上がりとも言われる。彼らの特長は、太陽光に対するアレルギーと、理性の欠如。衝動のままにヒトを襲う化物と成り下がるのだ。昔なら僧侶による祝福で無力化できたが、現代では望めない。
そのため、不審死を遂げた者の埋葬に、ヒトビトは細心の注意を払う。火葬することもそうだし、中には丸きり迷信めいたことも、真剣に行われているのである。万一、起き上がられては困るし、起き上がった者は身近な者から襲うと信じられているのだ。
こうした努力の甲斐もあり、近年は起き上がる者も少ないとされる。実態は、きちんと統計されていないためわからないけれど。
以上が彼らの抱える問題だが、そこから更に変化する者が、稀に出る。
それが吸血鬼における逸れ者であり、そこまで変化すれば理性的に戻り、アレルギーも克服してしまうのだ。そうして例外なく、倫理観に欠けが出来る。善悪の区別がなくなり、大多数は快楽主義者へ陥るとされていた。
こうした過去の過ちや不手際から生まれた逸れ者は、今でも狩り尽くされずに暗躍し続けており、吸血鬼たちにとっても頭痛の種となっている。
嫌だなぁ、と呟いて、頬杖をついていたシャノンがエールを呷った。その横で、ラッセルが難しい顔をする。
「何処かの血族が、思わせ振りにしてるって可能性はないのかい? 面と向かって仕掛けてくるほど、奴さんも馬鹿じゃないだろう」
「勿論、有り得る。馬鹿正直に奴らの言葉を信じているわけじゃないさ。しかし、私には喧嘩を売られるような心当たりがないのだがね」
ふと、彼らの視線が物言いた気にシャノンへ向いて、思わずため息が零れた。
「マーシュは、俺がここにいるって知られてないはずだって言ってたけど?」
「誘き出せると思っているかもしれないな」
「……俺もおんなじこと言った」
言いはしたが、まさかそれはないだろうと思いたい。大体、シャノンが姿を消してから、どれほど経ったと思っているのだ。確かに直後は方々から追っ手もしつこくついたが、近年は平和そのものだったというのに。
「追っ手は一人で充分だっての」
あいつも諦めねェなぁ、とラッセルが苦笑して、フィデルへ視線を向ける。
「そっちは、まだ見つかってなさそうかい?」
「大丈夫だろう。そもそも、今のウェルテには手出し出来ないさ。単独で乗り込んでくるような度胸があるとは思えない」
モテる男は辛いねェ、と茶化されて「煩いよ」と噛み付く。
「何にせよ、シャナには暫く大人しくしていてもらおう。気付かれてはいないだろうが、こちらの駒だと認識されてはいるだろうから」
「じゃぁ、俺は引き続き情報収集かい?」
「頼りにしてるよ、ラス。こちらはこちらで、適当に暗躍するさ」
ひらり手を振って、フィデルはエールを片手に席を立つ。
解散を言い渡されることはないが、今日のところはこれ以上語ることもないのだろう。この集まりは、いつもそんな調子だ。
やってきた領主様に歓声をあげる常連たちを見遣って、ラッセルが苦笑を浮かべた。話は終わったのかい、と投げられた声に、フィデルはにこやかに応じている。今夜の飲み代は、全てフィデル持ちになるのだろう。だから彼らは奥の席で語られる物騒な話の、分厚い壁になってくれるのだ。
そもそも気前が良く気安い領主様は、元より常連たちに好かれているのだとラッセルは言うけれど。まだ新参者のシャノンには、その辺りの機微は見えてこない。
「んで、シャナ。仕事は暫く詰まってるのかい?」
「うん? マーシュのシャツとウエストコートくらいかな。終わったら雑務を片付けて、グウェンの秋冬物を考え始めようかと」
どうして、と小首を傾げると、ラッセルは自分のシャツを摘んだ。
「いや、俺も新調しようかと思ってよ。シャナが最初に作ってくれたのは、まだ大丈夫なんだが、その前に他所で作った奴がな」
「寸法変わってないよね? だったら記録簿の、そのまま使うけど」
「おう、それで頼むわ。おまえさんの仕立てはいいな。丈夫だし、型崩れもし難いし。手入れが楽で助かる」
職人には最高の褒め言葉だよ、と応じて、ふむ、と思案げに腕を組む。
「白でいいの? 最近は、たまに縞も出るよ」
「そうだな、たまには違うのでも面白いかもしれんなぁ」
生地見本もあるよ、と付け加えると、ラッセルは軽く頷いた。
「明日、店に出る前に工房へ顔出すわ」
「了解、こっちからも似合いそうなの見繕っておくよ」
ぐいっと残ったエールを飲み干して、シャノンは立ち上がった。またね、とひらひら手を振って店を突っ切ると、酒場を後にする。
外へ出た途端、店内の喧騒が間遠になって、我知らず小さく息を吐いた。
見上げる空は月が明るくて、通りの向こうまで良く見える。行き交うヒトビトの姿があるのは、事件の終息を信じているからだろう。
踵を返したシャノンは、のんびりと工房へ歩き出したのだ。