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この街の酒場は、ヒトビトの憩いの場所である。グウェンドリンの故郷では、夕刻から酒とちょっとした肴のみを提供する居酒屋が一般的だったが、この国では当たり前のように昼食時から開店して食事を提供してくれるのだ。そのため、必然的に店に立つ人間も途中交替となる。夜はバーマンの独壇場だが、昼間はバリスタの城となるのだ。
それぞれの時間の贔屓というのも勿論いるが、彼女が通う酒場ほど、昼夜問わず賑わう店も、そうないだろう。味がいいのは当然だけど。
柘榴のバリスタであるマーシャル・フェイムは、ご近所で評判の美形である。
集ったご婦人方がうっとりとした眼差しを向ける中、幸せそうにレモンケーキを頬張るグウェンドリンへ紅茶を差し出して、彼は奇麗に微笑んだ。
「いかがですか? 先生」
「すっごく美味しい! フェイムさんの作る甘味って、本当に美味しいですよね」
それは良かった、と胸元へ手を当て、会釈をしてその場を離れる。そのさまを頬杖ついて眺めていたシャノンは、うむむ、と小さく唸った。
「相変わらずおモテになる……」
「今日はシャナもいるから、三割り増しくらいだよ?」
事も無げに横から一言放り込んで、グウェンドリンは紅茶に手を伸ばす。この店のバリスタは、便宜上そう名乗っているだけで、嗜好品全般に強いのだ。当然、紅茶も美味しい。
「そうですね、奥にいらっしゃるお嬢さん方は、シャノンさん目当てでしょう」
しれっとフェイムが言い添えて、シャノンのための珈琲を準備し始めた。少しだけ嫌そうに顔をしかめた友人に笑みを浮かべて、紅茶の心地よい芳香を楽しむ。
馴染んだ美味しいものを口にして、漸く人心地ついた気がした。昨日は色々と大変で、先程やっと解放されたのである。自分にご褒美をあげても、罰は当たらないだろう。
「やっぱり、後ろ姿も大事だよなー」
ぽつりとシャノンが呟いて、ケーキを頬張ろうとした彼女は小首を傾げた。
「何の話?」
「マーシュのウエストコート作るの」
ざわっと辺りの空気が揺れた。すぐに察して納得した彼女とは裏腹に、訝しく振り向いたシャノンは、すぐに後悔したような面持ちで座り直し、再び頬杖をつく。
この時間に彼がここに顔を出すなんて珍しいと思っていたが、どうやら仕事の一環だったようだ。
「へぇ、素敵だろうな。シャナの服は動き易くていいよね」
「先生のお召し物も、シャノンさんのですね?」
振り向いたフェイムに「そう」と頷いてみせ、グウェンドリンは軽く肩を竦めてみせる。
「エッカートさんに、ワードロープ一式だなんて頼まれ方しちゃって」
「それは豪快ですね」
可笑しそうに笑うその向こうで、ほう、とため息が幾つか漏れた。何故か苦虫を噛み潰したような顔をしていたシャノンは、気を取り直した風情でグウェンドリンへ視線を向けて、訝し気に口を開く。
「ていうか、なんで昨日着せたの、そのままなんだよ?」
「今まで、病院にいたんだもの。潜伏期間過ぎて、人狼による傷じゃないって証明できたから、後は医師に任せて帰ってきたところ」
「はぁ? 今まで? え、だって昨日の夜、灯り……」
「追加で必要なもの頼んだからね、ボニーじゃないかな?」
人狼を恐れる医者たちを、過去の文献と郵便配達夫の治療時につけていた記録を前に説き伏せた以上、潜伏期間を過ぎるまで病室に籠っている必要があったのだ。それでも不安を口にする彼らのために追加の魔除けを頼んだから、きっとそれを揃えてくれていた時のものだろう。
そう口にすると、フェイムが「お疲れ様です」とフルーツケーキを一切れ乗せた小皿を差し出した。
「俺の奢りです、どうぞ」
「え、あの……?」
「この時間にあまり食べ過ぎても、夕食に影響しそうですからね。お忙しいのはわかりますが、お食事は忘れないように」
すっかりお見通しの様子で苦言をいただき、恐縮して肩を小さくする。
彼の言う通り、追加の荷物を運んできてくれたエッカート家の使用人が、夜食として持ち込んでくれた軽食を口にして以降、ここに来るまで何も食べていなかったのである。餓えている自覚はなかったのだけど、やはり普段と違って見えたのだろう。
「そういえば、あれブラックドッグだったんだってね? 病室に聴取にきた警官に教えてもらったんだけど」
「らしいね。ていうか、知ってたんなら、そこで切り上げて帰ってくればよかったのに」
「そこは、けじめかな? 途中で放り出したみたいに言われても嫌だもの」
もしかしたら第三の被害者も出てくるかもしれない、と言われて待機していたのもある。発見された時には既に事切れていたそうで、どうやら何者かに銃で撃たれたらしい。通報者が不審な音を聞いて駆け付けたときには、もう誰もいなかったそうだ。
回収された獣と、被害者の歯形の照合には立ち合わなかったが、そこは医師を信頼している。どうやら、今回の騒動はこれで収束しそうだ。ただ、襲撃者と格闘した何者かは、未だに行方がわからないという。負傷していなければいいのだが。
「ブラックドックだなんて、今時は人里には姿を見せないと思ってた。駄目だな、わたしは気付かなきゃいけなかったのに」
そんなのグウェンばかりの所為じゃないよ、とひらひら手を振ってみせたシャノンは、ふと首を傾げた。
「うん? あれ、グウェンって何専攻してるの? 歴史じゃない?」
「え? 話してなかったかな。一応、歴史学だよ。分野としては魔術史研究だけど、関連することは一通りは知ってないと話にならないから」
「それでは、その一環で薬草学を?」
シャノンへ珈琲を差し出しながら尋ねるフェイムに、グウェンドリンは難しい顔で小首を傾げた。
「あぁ、ええと。順番が逆かな。わたしの最初の師は大叔父なんだけど、その人の知人に魔女がいて」
初めに興味を持ったのは薬草学だったと記憶している。彼女の話は機知に富んで面白く、そこから魔術に興味が向いたのだ。
始めは大叔父について学び、後に推薦を得て学校へ通い始めてから、正式に魔女へ師事したのである。それから、祖国を離れるまでは平行して魔女修行に明け暮れていた。
「バルフォアは、女性が学ぶには不自由でね。大学には入れたけど、その先がなかった。そんなことは大叔父も承知してたみたいで、取り敢えず研鑽を積めって言われて」
ある日、ウェルテ国最高学府の教授と引き合わされて、一晩問答をした。その時は、楽しく貴重な体験が出来たと単純に喜んでいたが、後日に事態は一変したのである。
「お招きいただいたんだよね。自分の元で学ばないかって。それで、こっちに学籍移すことになって。無事に博士号も取れたんだけど、私の場合は研究対象が市井にしかないものだから。教鞭は取らずに現在、てところかな? それが今や、魔女仕事の方が忙しいけどね」
経済的には有難いことだけれど、本来の業務に関わる作業時間が、なかなか取れないのが悩みの種である。
「何を研究なさってるか、お聞きしても?」
「構いませんよ。魔術士オズについて、ですね」
へ? とシャノンが眉を持ち上げ、フェイムも意外そうな顔をする。それも仕方ないな、と苦笑して、グウェンドリンは紅茶に口をつけた。
「学会でも争点になっていて、存在を疑う声が多いんだよね。主だった歴史書には記されてないから」
残るのは各地の郷土史ばかりで、それも伝聞系が多い。その少ない記述の中にも名は見られず、ただ一言、魔術士とだけ記されているのだ。
「だから文献の魔術士と、オズを別と捉える例も多いかな。実在した魔術士を元にして創作された物語だ、とかね」
「グウェンは信じてるの?」
「信じてるというか……。意図的に、誰かが歴史書の記述を消した疑いがあるんだよね。それが気になって」
へぇ? とフェイムが興味深気に相槌を打つ。
「どうして、それがわかるんです? 俺も昔読んだことはありますが、何も気にせず通読した憶えが」
「記述自体は問題ありませんよ。現在流通するものは何度か写された物だけど、欠けがあるとも伝わっていません。ただね、存在しないはずの記述について、言及している書簡が数通発見されているんです」
そのうちの一通は餞別だと、留学する際に大叔父から譲られたものだった。思えば、それを手にした時から、この道を歩み始めたと言っても過言ではないだろう。大叔父自身も他者から譲られたというそれは、長らく個人宅の書斎の中に眠っていたらしい。かの人物は国史の記録に従事していたようで、複数やり取りしていた中に含まれていた。
「本当に手が入れられているのだとしたら、実に見事な仕事だし、随分大掛かりだという印象だな。何か、理由はあるんだろうね。政治的な駆け引きや、某かの思惑。そういうのは、どの時代にもあることだけど」
世界は一度壊れて、人間がそれを立て直してきた。けれど、各国の要にいるのは長命種ばかりだ。彼らは年齢を公表していないから、戦後生まれだという申告を、そのまま信用していいものか判断できない。
彼らはいずれも、沈黙したままだ。
「そこが判明しても、魔術士とオズが繋がるとも限らないけど。どうせ祖国では、ずっと変人と言われ続けてきたんだ。突き詰めても面白いかと思って。そもそも、過去に吟遊詩人の詩を編纂した人もいないんだよ。それが不思議なんだけど」
こうして千年も経とうというのに、風化せず残る魔術士の物語は、酷く魅力的だ。おそらく、それが市井に住むヒトビトの希望と映ったからなのだろう。そういうものを、彼女自身は愛しいと思っている。
だから今は、それらを可能な限り集めている最中なのだ。彼ら自身も詩を文字に起こしたことはないそうで、全て口伝なのだという。そういう話を聞いてみれば、信用ならないと学者たちに切り捨てられた過去も理解できるが、そこで止まってしまっては思考が停止するばかりだ。
「世界から魔素が消えたとき、原因を究明できた者はいなかった。今でも、よくわからないままだ。考えてみれば、それも道理なんだよね。当時のヒトビトは、魔素とは何か、知ろうとはしなかった。今となっては、知る術もない」
「それを怠惰だと思う?」
珈琲を飲みながら、ぽつりと感情の窺えない声をシャノンに投げ掛けられて、グウェンドリンは苦笑を浮かべた。
「そんな偉そうなことは言えないよ。今だって、良くわからないけどそれなりに運用してる物なんて、いくらでもあるじゃない。例えば、飛空艇とか? あれ、後で尤もらしく理屈を捏ねてみただけで、本当はあれでどうして浮力が得られているのか、さっぱりわからないらしいよ」
そうだったの、と意外そうな目が向けられるなか、レモンケーキを制覇した彼女は、続くフルーツケーキへさくりとフォークを入れながら語る。
「だから、あんな鉄の塊が飛ぶなんて信じられないって、飛行船を推す人も多いし。でも飛行船も、風船を膨らませてるガスが可燃性のものだから、事故が起きやすいとかなんとか」
「先生、お詳しいですね」
感心頻りのフェイムへ、蒸留酒の良く染みたフルーツケーキを頬張りながら「大学の友人の受け売りですけどね」と応じて、ひょいと肩を竦めてみせた。
「同じ分野の人とは馴染めなくて、他所の人たちとばかり交流があったから。そういえば、ブラックドックの検死をしたのも友人だったな。仕留めた人は、魔獣について熟知してるんじゃないか、と言ってたけど」
「へぇ? どうして」
「銀弾使ってたからだって」
そもそも、端から仕留める気で込めてたんだろうな。
そう言って、久し振りに顔を合わせた友人は、遺体から取り出したという潰れた弾頭を見せてくれた。
銃が登場してから、脅威へ対する備えに関わる研究も、飛躍的に変化してきたのだと彼はいう。魔獣の多くは銀弾が有効であると判明したのは近年のことで、最新の論文で発表されたばかりらしい。だから、あの魔獣を仕留めた人物は、そちらの関係者かもしれないとも。
つらつらと聞かされたことを語っている横で、シャノンが何とも平坦な声で「へー」と呟いた。
しまった、と口を噤んだ彼女は、またやってしまった、と一つため息をつく。学者の性というべきか、どうにも話が長くてくどいと、よく注意されるのだ。普段は気を付けているのだけど、彼らと話していると、つい気が弛んでしまう。
くつりと笑みを零したフェイムが、ご婦人に呼ばれて踵を返した。
「……ごめん、喋り過ぎた」
「へ? あぁ、いや。ごめん、ちょっと眠気が来て。夜更かしすると、この時間が一番きっついよね」
小さく欠伸を零して、軽く吐息する。
「わたしの所為?」
「んーん、グウェンの方は、ほぼ終わってる。昨夜は、マーシュ用の布地発掘してたから」
良い布地は取り敢えず確保しているのだと、以前聞いた憶えはあったが、どうやら店頭の棚の他に作業場にも同じような棚が並び、更に倉庫へも詰め込まれているらしい。
この倉庫にはクローゼットも据え付けてあって、店頭のトルソーに着せ替えている作品も眠っているという。こちらは時折、貸し出されるのだそうだ。
「へぇ、借りるなんて出来るんだ?」
「たまにあるよ? 作るより安いし、毎回衣装替えられるから便利だって。ただし、寸法が合えばね。一応平均値で作ってるし、多少なら合わせてあげるけど。こちらとしても、宣伝になるから問題はないし」
「わたしも借りられる?」
「んー? 大きいのを詰めるなら問題ないけど、グウェンは丈と胸元が足りないからなぁ」
ひ、と悲鳴が喉に貼り付いて、彼女はフォークを握りしめたままシャノンに詰め寄った。
「シャナ!」
悪びれなく笑う彼は、グウェンは必要ないじゃん、と彼女の胸元を指した。
「そもそも、俺が専属なんだし。ワードローブ一式なんだから、幾らでもわがまま言えばいいんだよ。全ッ然似合わない物じゃない限り、聞いてあげるからさ」
「うう、そうなんだけど! ああもう、今更恥ずかしくなってきた。見られてなくても把握されてるんだった」
「そんなの、うちのお客は全員同じだよ。いちいち気にしてたら仕事にならない」
職人はそうだろうけどね、とため息つきつつケーキを頬張って、うむむ、と唸る。そうして、ふと頼まなければならないことを思い出して、口を開いた。
「あぁ、そうだ。今頃に着るもの以外、本当に全部捨てられちゃったから、学会用に季節毎の地味な服も欲しいんだよね。今まで着てたのを、シャナが許せるくらいまで整えた感じでいいから」
初めこそは諦めと気後れから着飾ることを放棄したグウェンドリンだったが、最終的にああなっていったのは、極力目立たないようにしていった結果でもあるのだ。
女である以上、どちらにせよ絡まれはするのだが、しつこさが段違いなのである。ほんのりでも飾り気が見えると、それはもう嬉しそうに攻撃してくるのだから堪らない。当人たちは帽子やタイやカフスが云々と自慢げにしているくせに、だ。
「じゃぁいっそのこと、男性風にしてみる? タイ締めてさ、フロックコート改造したようなのとか。グウェンってあんまり堅くすると近寄り難い雰囲気になりそうだけど、却っていいかもしれないし」
威嚇してどうするの、とため息混じりに吐き出すと、彼はくつくつと可笑し気に笑う。そうして、いいと思うんだけどな、と続けた。
「こっち来てからのことじゃないんだろ、それ。軍属の女性だっているんだし、平気だよ」
そうかなぁ、と疑わしく首を捻る彼女に、シャノンは「そうだよ」と頷く。
「駄目なら、そこから見直せばいいんだし。グウェンが楽しく過ごせる方がいいだろ」
当たり前のようにそう言われて、ふと腑に落ちた気がした。シャノンの作る衣服は、きちんと着る人へ意識が向いているから身体に馴染むし、これほど心踊らされるのだろう。
シャナは凄いねぇ、としみじみ零すと、果たして彼は苦笑した。
小腹を満たし、荷物を抱えて酒場を後にしたグウェンドリンは、ぐるりと高級長屋に沿って歩き下宿を目指す。
荷を解いたら、今回の診断書も纏めておかねばならない。済し崩しに始めた魔女だったけれど、手を抜く気なぞ毛頭ないのだ。必要とされているうちは、精一杯勤めたい。
ただいま帰りました、と下宿の玄関を開くと、ひょっこり使用人が顔を出した。お帰りなさいませ、と小走りにやってきて、グウェンドリンの手から荷物を取り上げる。
「御主人様が、午後のお茶にお招きです。談話室へどうぞ」
「え? あー……、遠慮してもいいかな。今、柘榴で食べてきちゃったんだよね」
「駄目です。今日はお客様がおありなんですよ。お戻りなら先生とお会いしたいと仰っていますので」
お客様? と首を傾げると使用人は会釈して、荷物を抱え階段を上っていってしまう。小さくため息をついたグウェンドリンは、諦めて細い廊下を進むと談話室の扉を叩いた。入室を促す声に扉を開くと、大家婦人が立ち上がって迎えてくれる。
「お帰りなさい、グウェン。大変だったわねぇ」
「ただいま帰りました、エッカートさん。昨夜は有難うございました」
折り目正しく頭を下げると、彼女は鷹揚に笑ってグウェンドリンを誘った。
「さぁさ、労わせて頂戴。紹介したい人もいるの」
「すみません、実は今し方、酒場に寄ってきてしまって」
フェイムさんから御馳走になってしまいました、と正直に告げると、大家婦人はちょっと目を瞠って楽し気に笑う。
「あらあら。そうね、大活躍だったそうだものね。それでは、お茶の一杯を振る舞わせてくださいな」
「有難うございます、いただきます」
相変わらず美しく整えられた円卓へ誘われていくと、客人がさっと立ち上がって椅子を引いてくれた。
大家婦人の客だというから、自然とご婦人か老紳士だろうと思っていたが、彼は予想外に若い。仕立ての良い衣服を見るまでもなく、きちんとした家柄の人なのだろう。漆黒の髪の下で、金色の瞳が興味深気にグウェンドリンを見下ろしている。
にこりと人懐こく笑う紳士へ、彼女も軽く会釈した。
「初めまして、リリエンソール博士。無理を言って申し訳ない」
「いいえ、初めまして。お会いできて光栄です」
「グウェン、こちらはわたくしの古い友人で、フィデル・オルディアレスよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべて言い添えられた大家婦人の一言に、は、と瞠目して青年を見上げる。他国出身のグウェンドリンではあるが、まさかその名を知らぬはずはない。あちこちで度々目にするし、何より彼女が学んだ学府の創立者でもある。
「失礼しました、シャフツベリ卿!」
慌てて最敬礼すると、フィデル・ベルトラン・オルディアレス侯爵は、快活に笑って着席を促した。
「畏まる必要はないよ。今日は友人に招かれて、噂に名高いオルグレンの魔女殿とお目にかかれないかと、野次馬根性を出しただけだからね」
「す、すみません……」
いたたまれない思いで肩を小さくするグウェンドリンに、彼は不思議そうに首を傾げる。
「謝る必要はないと思うがね? 素晴らしい魔女が領地にいるのは、誇るべきことだろう。領民が自然と呼び慣わすほどの魔女だなんて、近年はとんとお目にかかれないよ」
あなたが自慢するだけのことはあるね、と親し気に大家婦人へ笑いかけると、彼女も「そうでしょうとも」と大いに頷いた。
「どうやら、シャナばかりか、マーシュもお気に入りのようだ。珍しい」
「そうねぇ。グウェン自身が素敵ですもの。これほど何においても美しい子は、滅多にいないわね」
それぞれ腰かけながら穏やかに会話を交わすさまに、きょとんと目を瞬かせる。その様子に気付いた二人は、揃って悪戯っぽく笑った。
「私とオードリーが親しいことは、シャナは知らないんだよ。彼と私も、そこそこ長い付き合いなんだけどね」
「ね、グウェン。これから言うことは、シャナには秘密よ?」
そう言って囁かれた秘密は予想外のことで、グウェンドリンが真っ青になったことは言うまでもない。