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さぁどうぞ、と使用人に手渡された物をしげしげと見やって、グウェンドリンは小首を傾げた。場所は仕立て工房オクロウリー。シャノンの工房内の洒落た試着室である。あの騒動から数日、次々と入れ替えられていく夜着と下着類に、既に諦めの境地だったのだけど。
今、手にしている物はなんだろうか。幅のある肩紐と、胸を覆う三角の布。けれど彼女が知る物は、もっとくたりと柔らかいはずで、こんなふうに形を保って自立なんてしない。
「これは?」
「ブラシエールですよ、勿論」
きょとりと目を瞬かせて、使用人は当然とばかりに即答した。でも、と軽く眉根を寄せたグウェンドリンは、ますます首を傾げる。
「なんか、ボーン入ってない? コルセットみたいに」
「そうですねぇ。シャノンさんが作ったオクロウリー印の特別製ですけどねー」
あっさりと頷いて、使用人はテキパキと支度を整えながら解説する。
ご婦人方のドレス製作まで請け負い始めた頃、ご近所のお嬢さん方に相談されたらしい。曰く、貴婦人のようにコルセットで固めてしまっては仕事が出来なくて困るけど、あれくらいに胸を固定できないだろうか、と。
別に貴婦人のように、寄せて上げて盛りたいわけではないのだ。昔ながらのブラシエールでは、一応支えてくれるけれど、柔らかすぎて揺れてしまう。あまり揺れては、胸を痛めてしまうから困るのだ。かといって、押しつぶして固定してしまうのも苦しい。
そんなことを切々と相談されて、シャノンは暫く思案していたらしい。そうして試作したのが、コルセットのボーンを仕込んだブラシエール。幾人かの協力者と改良を重ねた結果、領都で働く女性たちにひっそりと広まっているらしい。
「これと、短いコルセットで組み合わせるのが、今の主流になりつつあるんですよ」
「……シャナって、男性、だよね……?」
確かに見た目は可愛げのある、細身の青年だ。グウェンドリンが年下だと思い込んだくらいには若く見えるし、身に着けている衣服は常に洒落ていて華がある。何となく、男臭さとは無縁の印象はあるけれど。
対して、古い知り合いだったらしい使用人は、無遠慮に結構酷いことを口にする。
「本人、枯れちゃてますけどね。街のおねいさんたちにも、可愛いし素敵ッて人気なのに、ぜーんぜん気付いてないような朴念仁ですしー」
そもそもあんまり興味ないみたいですね、と軽く眉根を寄せた。
「なんでも、王宮の貴婦人方って、本当に気にしないらしいんですよ。というか、物扱いなんですって。だから、豪快に脱ぐし、恥じらいもしないし。まぁ、物相手に恥らうとかないですもんねぇ」
そんな環境で長らく仕事をした結果、すっかり動じないうえ、興味すら湧かなくなったらしい。それはそれで、何となく悲しい状況のような気もするけれど。
「あけっぴろげな貴婦人を何十人と見てるわけですから、大体事情も承知してるみたいですよ。はい、まずはそれ着けて、コルセット嵌めましょうね」
「コルセット、嵌めなきゃ駄目?」
「駄目です。これだって、シャノンさんが先生に合わせたものなんですからね」
使用人が手にした短かめのコルセットを見遣って、昔倒れたことがあるんだよなぁ、と憂鬱そうに呟く。思えば、あれ以来着飾るということに興味が持てなくなってしまったのだ。
「物凄い締めるでしょう? それで」
「そんなに締めませんよ?」
不思議そうに小首を傾げて、あぁ、と使用人は思い立った様子で頷いた。
「もしかして先生、どこかのお姫様です?」
「まさか。ただ、大叔父がわたしと同じ仕事で身を立てた人でね。社交期によく招待されてたんだ。そのお供に連れて行かれたことがあって」
厚意で用意されたドレスは甘い薄桃で、とんでもなく腰が細かった。それに合わせてぎゅうぎゅうとコルセットを締められた結果、見事に会場でひっくり返ってしまったのである。御蔭様で今日まで、一度も締めずに過ごしてきたのだ。
「んん、普段着なら別にブラシエールだけでもいいですけど、今日は御主人様ご要望の散歩服の試着ですからね? バッスルするから、コルセット嵌めないと腰痛めちゃいます」
ほら早く、と再度促され、もたもたとブラシエールを身に着ける。
確かにきちんと胸が固定されそうだが、何だか位置が高い。しかもこんなに密着するものだっただろうか。
生真面目にそう口にした結果、「だから田舎のおばちゃんって言われるんです」と叱られてしまった。どうやら、そもそも寸法が合っていなかったらしい。
仕方がないではないか、学問に打ち込むような変わり者の娘に、好き好んで近付いてくるような親戚の女性なぞ、誰一人としていなかったのだ。不馴れながら、使用人の手解きを受け胸を押し込め整えると、すぐにコルセットを宛てがわれる。
「今日は、先生の寸法に合わせて締めるから二人掛かりですけど、次からは一人でも装着できますからね?」
そうなの、と後ろを振り向くと、手際良く後ろの紐を掛けていく使用人は「前に留金があるでしょう?」と促した。
「あぁ、これ?」
「それです。あたしたちが、お貴族様みたいな蜂の腰目指しても仕方ないじゃないですか。働かなきゃならないんだし。コルセットはそのための補助具です。はい、ちょっと締めますよー。苦しいのは駄目ですからね、腰がちゃんと固定されてるくらいが丁度いいです」
少しずつ引き締められるコルセットは確かに苦しい物ではなくて、そういえばあのとき着せられた物と、形状が随分違う。
半ば感心しながら丁度いいと思われるくらいに締めてもらうと、使用人は前に回って一番下の留金を外してみせた。
「こう動くんですけど、一回外して、嵌め直してみましょうか。練習ですよ、練習」
こんな調子で女二人、コルセットを装着し直してからバッスルを嵌めて、まだ仮縫いの衣服に袖を通した。色は全体に渋い印象の苔色なのだが、バッスルで脹らませた腰から割れたスカートの中からは、柔らかな生成色が零れ落ちる。その間にもう一枚、挿し色に入った山吹色も奇麗だ。丈はくるぶしが出るくらい短かめで、美しいマーメイド。上着の袖は七分丈で、折り返したカフスには慎ましく綿レースが縫い付けられている。それがとても可愛い。
「シャノンさぁん、出来ましたぁ」
使用人が声を張ると、出ておいで、と促される。楽し気な使用人に手を引かれて店鋪へ出ていくと、彼は作業台に手にしていた鋏を置いて、姿見を示した。
シャノンの工房は、店鋪部分は上品ながらこじんまりとしていて、在庫の布が並んだ壁の一角を埋め尽くす棚と、作業台がまず客を出迎える。壁紙は上品な淡い色、家具と床は濃く暗い色合い。そもそもテーラーとして開いた工房だったらしいから、それを考慮した内装になっているのだろう。
店構えも同じ印象で、大きく取られた飾り窓には店主の作品が置かれ、時々入れ替えられる。こちらも素晴らしいのだけれど、工房を訪れた客は、出迎える店主と自動人形にも驚嘆することだろう。彼ら自体が、既に上質な作品の一つだ。
今日もシャノンは小奇麗で見映えのする衣服を身に着けており、袖を捲りあげた手首には待針がたくさん刺さった針山を嵌めている。少々変わった織のウエストコートのポケットからは、いつものように巻き尺の端が覗いていた。
女性にしては背が高いグウェンドリンだが、今日は踵の高い靴を履いているから、彼との目線もごく近い。明るい淡褐色をしていると思っていた彼の目は、明るい中で間近に見ると深い緑色にも見える。くるくると色を替えるさまは、非常に彼らしく思えた。
「ほら、自分で全身確認して」
ぽんと背を押されて、恐る恐る鏡の前に立った彼女は、途端にほわりと頬を上気させた。その横で、満足げにシャノンが笑っている。
「どう? 気に入った?」
「うん、凄い!」
色は確かに渋いのに、所々の細かな仕事と挿し色の効果で、地味さとは縁遠い。寧ろ、渋い色味が上品に全体をまとめていて、派手さを抑えているようだ。苦しくなんかちっともないのに、すっきりと細身に映る線も奇麗で、我ながらうっとりする。
くるくると向きを変えて鏡を覗き込んでいた彼女は、不用意に投げ込まれた一言に、ぎくりと肩を跳ねさせた。
「グウェン、実は明るい色好きだろ?」
「ぅえッ、そ、」
「それで、着てみたけど全然似合わなくて落ち込んだり?」
「どうしてわかるの!」
「コルセット毛嫌いしてたから、夜会服かな。若い子には兎に角甘い色と、悪趣味一歩手前のびらっびら着せたがるおばさんが絶対いるんだよ。しかも自分の趣味丸出しのデザイン優先で選ぶから、着る当人の寸法無視してな」
まるで見てきたかのようにつらつらと流れる言葉に肩を落とし、グウェンドリンは蚊の鳴くような声で「その通りです」と呟く。
「きちんと配色してやって、グウェンに合わせたデザインにしてやれば、ちゃんと可愛く出来ただろうに。でもこれは、エッカート女史と出掛ける為の散歩服だからさ」
普段着の方には何着か奇麗な色も交ぜておくな、と笑う。
「んで、肩はきつくない? 動かしてみて」
「平気。もっと窮屈なものかと思ってた」
先日、それはもう細かに女中型自動人形に採寸されたわけだが、これほど見事に身体に添う衣服は初体験である。
ちょっと待って、と何やら気付いたらしいシャノンが、背後で何箇所かピンを留めた。促されて腕を回してみるが、特に変わりない。
「さっきと変わらないよ?」
「ん、じゃぁこれくらいなら詰めても大丈夫だな。この方がすっきりしてて線が奇麗。靴はどう?」
「履き易いよ。……まさかこれ」
作ったのか、と思ったが、どうやらこちらは信頼する職人の手によるらしい。安定した太めの踵で歩き易いブーツは、普段に履いてもいいだろうと彼は言う。
「しっかし、採寸の数値見てびっくりした。思ってたより凄かった上に、腰ほっそいし」
どんだけもっさりした衣服に埋もれてたんだ、と半眼を向けられて、恐縮してしまう。
針に気をつけて、と上着をそっと脱がされて、ドレスシャツやスカートを細かに確認し調整したシャノンは、傍らに控えていた自動人形を振り向いた。
「アマリア、グウェン着替えさせて。どうせならあっちで」
あたしはいいんですか、と使用人が尋ねると、待針が危ないから、と頷く。
「その代わり、お茶にするから淹れてくれる?」
「はぁい。お台所お借りしまぁす」
使用人が軽やかに踵を返したのを横目に、自動人形に伴われて試着室に戻ると、彼女は実に手際良くグウェンドリンから衣装を剥ぎ取った。慣れないバッスルを取り外し、着てきた衣服を探して振り返ると、チェストの中から恭しく差し出される。
しかし、明らかに色味が違う。
「ええと、アマリア?」
困惑していると、彼女は衣服を横に置いて、エプロンのポケットから手帳と万年筆を取り出した。さらさらと奇麗な文字が綴られていく。
『こちらは普段のお召し物にお使いくださいませ』
「え、これも? だって」
『主人は、先生のワードローブ全てを任されておりますので』
万年筆の蓋を締め、奇麗に最敬礼をされて、嗚呼本気だったのか、と遠い目になる。コルセットは外しても問題はないと頷かれたので、こちらはいそいそと外して、渡された衣服に袖を通す。
これから初夏ということを考慮した白の七分袖は、先程の散歩服よりも少しだけゆったりしている。印象もすっきりとしていて、着ていても気後れせずに済みそうだ。ペティコートも可愛らしくて、何だか嬉しい。しかし、渡されたスカートに手が止まる。
それは、忌避していた薄桃色。
それどころか、濃淡諸々に挿し色も入ったチェック柄だ。バッスルのように腰に少し膨らみを作って流れるドレープが美しいが、似合うとは思えない。
こくり、と自動人形に首を傾げられて、一つため息を落とす。潔く穿いてみれば、丈は更に短くて臑の中程だ。作り込まれたブーツがよく見えて、何とも格好良い。
自動人形の手が伸びてきて、慣れた様子で細部を整える。そうして奇麗なリボンタイを結ぶと、部屋の隅から丸椅子を持ち出した。座るように示されて大人しく腰を下ろすと、素っ気なく括っていたグウェンドリンの髪を解いて、ポケットから引き出した櫛で丁寧に梳り始める。そうして、素晴らしい手際で髪を編んで纏めてしまうと、赤い花の櫛を差し込んだ。
促されて、そうっと試着室を出ると、丁度台所から戻ってきた使用人が目を丸くする。
「可愛いじゃないですか、先生!」
「え、あぁ、可愛いよね、この服……」
違いますよう、と御盆を抱えたまま身悶えて、彼女は勢い込んで身を乗り出した。
「先生が、可愛いんです! 鏡、鏡見てくださいよう!」
可笑し気に笑うシャノンに手を引かれて、再び姿見の前に立たされる。そうして、流石のグウェンドリンも仰天した。思わず零れた「ひぇえッ」という間の抜けた悲鳴に、シャノンが無遠慮に吹き出す。
「ちょ、グウェン。なにその悲鳴」
「だって! うわぁああ、嘘だぁ!」
ちゃんと似合って見える! と両手で頬を覆う横で、彼はにやりと唇の端を吊り上げた。
「見くびるなって言っただろ」
「この色、絶対に着られないと思ってた……」
改めて姿見で見てみると、どうやらペティコートも見せる用に作られたものらしかった。たっぷりとしたドレープの下から、ちらりと見えてるフリルとレースが、それぞれ単独で見たときと印象を異ならせている。
「だから、当人無視したおばさん好みの悪趣味一歩手前びらっびらドレスなんて、誰だって似合うはずないんだって。グウェンの場合は、ちょっと格好良く整えてやれば大体いけるよね。甘めの色にすれば雰囲気が柔らかくなるし」
「シャナの服だぁ、凄い」
嬉しい、と一人喜びを噛み締めていると、シャノンは少しだけ照れくさそうな表情を浮かべた。
「ええと、あの。グウェン? なんか反応が予想外……」
「だって、シャナのドレス初めて見たときから好きだったんだもの。でもあんな奇麗で可愛いの絶対似合わないし、て思ってて」
「んん? グウェンって、思ってた以上に可愛いの好きだったりする?」
だいすき! と勢い込んで振り向いて、唐突に消沈して肩を落とす。
「昔から、似合わないだの変だの可笑しいだの言われ続けて、諦めたんだよね……」
「まぁ、アッカー嬢が似合いそうな感じの可愛い系統は、確かにグウェンには似合わないかな」
「でも、こういうのだったら着られるんだよね? しかも憧れのシャナの服!」
間近で見られるだけでも幸せだからいいか、と思っていた、あの。今までは流されるように諸々押し寄せて実感が湧かなかったが、こうして目の当たりにすれば喜びが湧き上がってくる。シャノン自身は「格好良く」と言うが、彼らしい繊細さや華やかさは健在で、却ってこちらの方がグウェンドリンの好みかもしれない。
手放しで大喜びするグウェンドリンを前に、どうやらすっかり照れてしまったらしい。耳を赤くしたシャノンは素っ気なく踵を返した。
「ほら、もういいから。折角淹れてもらったお茶が冷めるし」
待針の刺さった上着を自動人形へ預けると、彼女は試着室から持ち出したその他と一緒に抱えて奥へ消える。迫持を潜ったすぐ横に螺旋階段があって、上った先が作業場なのだと聞いたことがあった。きっとそこへ置いてくるのだろう。
「シャノンさんが照れるだなんて、珍しいですねぇ?」
にやにやと笑いながら午後のお茶を整える使用人に「うるさいよ」とぶっきらぼうに吐き捨てて、彼は気を取り直したように一つ嘆息した。
「アッカー嬢、グウェンにいろいろ手解きしてやって。取り敢えず、適当に掴んで合わせても、とんでもない組み合わせになるような物は作らないけど」
「髪の結い方も覚えた方がいいですもんね。わかりました」
シャノンに手招かれて迫持を潜った先には円卓が置かれており、すっかり午後のお茶会の用意が整っていた。協力者へのご褒美だと彼に同席を示されて、使用人は嬉しそうに丸椅子を持ち出してくる。
エッカート邸に下宿生活を始めて、すぐに住まいをあすこに決めて正解だったと思ったものだ。毎日招かれる午後のお茶で出される紅茶はとても美味しいし、用意される軽食も素晴らしいのだ。そんなエッカート女史に仕込まれている使用人も紅茶を淹れるのが上手で、今日のお茶もとても美味しい。お茶請けは素朴な焼き菓子と、キュウリのサンドイッチだ。
そんな和やかなひとときに、ふと思い出した風情で使用人が爆弾を放り投げた。
「そう言えばシャノンさん、お嫁さん貰わないんです?」
「あ? 婚約者はいたよ、昔」
そうなんですか、と目を丸くした使用人に、彼はほんのりと苦笑を浮かべる。
「嫁に貰う前日に死別したけどな」
「大好きだったんですか? その後ずうっと一人って」
こくりと小首を傾げてぐいぐい踏み込む使用人に、グウェンドリンははらはらと様子を見守る。果たして、シャノンは何処か無邪気に笑った。
「ん。もう顔も思い出せないくらいなのになぁ」
「思い出せるもの、ないんですか」
「見事に、なんにも。何一つ残してくれなかった」
だから忘れられないのかもね、と切なく笑う。けれど、次の瞬間には意味ありげに唇の端を吊り上げた。
「で? 何処の誰に探り入れてこいって言われた?」
「あわわ、ばれましたか」
「面倒臭いから、めいっぱいロマンチックに話作って広めておいて。誰も寄って来ないようなの」
ひらひら手を振られて、むう、と使用人は口角を下げる。
「えええ、今のも作り話ですかぁ?」
さぁね、と可笑し気に笑ってサンドイッチを摘む。その時、裏口の扉が叩かれた。下りてきた自動人形が台所を突っ切って扉を開けると、エッカート女史が顔を覗かせる。
「あぁ、グウェン。今、平気かしら? お客様がいらしてるの」
約束があっただろうか、と小首を傾げた彼女は、次の瞬間には椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
「あのね、急患ですって。この間の、人狼騒ぎに良く似た……」
「行きます! 今、どちらに?」
「玄関でお待ち頂いてるわ。患者さんは自宅にいるそうなの」
「待って、グウェン」
席を立ったシャノンが踵を返し、迫持を潜る。すぐさま戻ってきたその手には、折り畳まれた白衣と手袋が乗せられていた。
「君、持ってないだろ。お師匠さんに習わなかった? 感染者の血」
言われた途端、忘れていた注意事項が頭の中を駆け巡る。最も注意すべきは、治療者自身への二次汚染だったはずだ。あ、と声をあげたその腕に押し付けて、一つため息を落とす。
「前回は違ったけど、今回もそうとは限らない。君はこの街の魔女だ。忘れないで」
「ごめん、有難う。行ってきます!」
それらを抱き締め踵を返す。そうして、外へ飛び出した。