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だから? と冷めた声で返されて、その場にいた誰もが唖然と言葉を失った。
古めかしい円卓の会議室へ集うのは、魔素消失から端を発した騒動と共に、自然と徒党を組むこととなった者たちの代表者だ。その出自は様々、思惑も様々だろう。
それらを興味なさそうに見遣って、魔術士は薄く笑う。
「この世界の人口、もとい全種族の約半分だ。それだけ既に失われてる。多少増えたところで、大差ないだろう?」
しかし、と渋い表情を隠さない黒竜に、彼はひたと冷めた眼差しを向けた。
「あいつらは壊し尽くすよ。そうして取り返しがつかなくなって、漸く対処するって? そこに一体、何が残る。おまえはいいさ。どうせ手を拱いていたとしても、最後まで残るのはおまえたち竜族だ」
奇麗事を言っている間に、弱い者から狩られるのだ。それならば、その狩られる者たちは自業自得だとでも言うつもりなのか。あれらの人権とやらを尊重して、一体何を守るつもりなのだ。淡々と紡がれる言葉を不快そうに聞いて、黒竜は大仰にため息を落とした。
「だから滅ぼすと言うのか。人間に仇なす全てを? そんな身勝手」
「人間だろうと、不要なものは全部排除する。当然だろう?」
差し当たってこの二国、と石壁に掲げられた世界地図へ印を打つ。
魔素が失われるより以前から、かの国々は伏龍だの鳳雛だの呼ばれていた。大方自称だろうと、魔術士は冷めた声で付け加えたけれど。
そもそも双方とも魔素と縁の薄い土地であったし、土地も痩せていた。これで大きな鉱山でもあれば少しは違ったのだろうが、それも望めない。かの国々には、国庫を潤すほどの資源がないのだ。
それでも確か山岳の一国では、豊富とは言えないながらも良質な玉が採れたはずだが、近年は採掘量が減少傾向だった。人足の都合とは思えないから、おそらく鉱床が尽きようとしているのだろう。それに比例するかのように、軍事費が跳ね上がっている。あの国々が虎視眈々と肥沃な魔術国家を狙っていても、不思議ではない。
現に、世界が魔素の消失に浮き足立っていた頃、周到に武器を掻き集めていたとの情報が入ってきている。近々、ヒトの流入が始まるだろう。戦の臭いを嗅ぎ付けた傭兵たちが集い来るはずだ。
先立って、鬼族の一国も決起した。間もなくこれらも参戦してくるだろう。表向きには、脅威に対抗するため。それだけの大義名分を、既に与えてしまっている。
「どうせ、世界は壊れてしまった。だったら序でに、少しばかり都合が良いように整理したとしても問題はないだろう。俺は目先の利よりも、この先数百年の安寧が欲しい」
戦が始まってしまった以上、世界の荒廃は免れないだろう。けれど、それをどの程度で止めるかは、これからの働きにかかっている。
淡々と語りながら、不要と断じて印を打たれる国々を、黒竜は苦々しく眺めた。
心情としては、承服しかねると言ったところだろう。おそらく彼が考えるより、大幅に削り取っているいるはずだ。しかし魔術士には、譲歩する余地はない。
「おまえは、もう少し人間側の戦力を高く見積もっていたと思うが。御自慢の武器類はどうなんだ」
あれはカルリーク相手の話だろう、と呆れ半分に吐き出して、魔術士は軽く眉根を寄せて地図を顧みる。
「今、話題にしているのはトロールにゴブリン、鬼族たちだ。屈強さはカルリークの比じゃないし、そもそもあれらは戦闘民族だろう」
前提がまず違う、と吐き捨てて、地図上の印を軽く叩いた。
「俺たちが潰そうと画策している国々なら多少は善戦するだろうが、そもそもただのヒトが勝てる相手じゃぁない。かの軍国が潰れたら終わりだ」
「あれらだって、いつまでも蛮族のままでいるわけではないだろう」
砂を噛むような心持ちで絞り出された一言に、魔術士は「そうだな」と頷き石壁へもたれ掛かる。
「いずれは文明を築き、大国を成すかもしれない。けれど、そこへ至るまでにどれだけかかる。悪いが、均衡が崩れた今、そんなもの悠長に待っていられない。そのための犠牲になれと、狩られる側に説いて回るのか」
冷めた指摘は黒竜も承知していたようで、特に反論は挟まれない。
彼は、苦しい言い訳を続けたいだけなのだ。長らく砦で部下を率いてきた彼が、この程度の情勢を読めないはずがない。敢えて、この場に同席する者たちを代表し、苦言を呈しているのだ。
それを承知しながら、魔術士はうっすらと笑みを浮かべる。
「どうせ奴らが竜族に牙剥いた瞬間、容赦なく狩るんだろう? そうして残るのは、賢く逃げ回った僅かばかりの種族と、竜族の王国だ。そこでおまえは何を成す」
今のこの世界の有り様は、全て人間の手が入ってこそだ。魔素を持たないからこそ、彼らは自らの手で新たに何かを作り上げなければならなかった。物流の仕組みや、そのための道具。建築法や干拓事業にしても細かに人間の手が入っているし、彼らが開いた海路や街道が交易の要となっていた。
それらが全て壊れた後、再び作り上げるだけの意義が、残された者たちにあるのか。
勤勉さは人間の特性と言えるが、彼らが死滅した世界で、それと同じだけの働きを、果たして期待できるのか。
答えは否だ。
おそらく、支配階級に不要と断じられるだろう。往々にして彼らに賢君となる資質のある者は少なく、本当にその資質があるのなら、そもそも世界をそこまで荒廃させない。無惨に荒廃させた時点で、高が知れている。
その後にやってくるのは、数百年単位で後退した文明だろう。それを今更、甘受出来るのか。どうせ、そのしわ寄せを喰うのは庶民たちと、僅かに残された他種族だ。彼らは疲弊したのち、声をあげることなく倒れるだろう。それも、仕方なしと受け入れられるのか。
しかし、支える者を失った時点で、国は終わるのだ。それを、世界の滅亡と言うのではないのか。それを是と、おまえたちは言うのか。
沈黙が辺りを支配して、誰もが息を詰めていた。彼らにしてみれば、突拍子もない妄言だろう。世界のあちらこちらで開戦したといっても、まだ小競り合いの域を出ていない。そんな状況で、要らぬと断じてしまっているのだから。
じっと世界地図を眺めていた黒竜は、ふとため息と共に何かを吐き出した。覇気を失った低い声が、呟くように零れる。
「……これだけは、どうしても必要だと言うんだな」
「残した国々も無害とは言わない。ただ、当面脅威にはなりえないだけだ。全てを狩ってしまっては、後の発展へ繋がらない。停滞は死だ。そんな世界、残すに値しない」
「それは、脅威になり得ると判断したら、容赦なく狩るということか。際限がないな」
「そうでもないさ。当面というのは、この先数十年の意味だ。終戦後の勢力図を見てから判断すればいい」
「だからまず、これだけ殺すと言うのか」
あのう、と細い声が聞こえた。
ふと痛いほどの緊張感が弛んで、会する面々は発言者へ視線を巡らせる。思いがけず注目を受けてしまった少年は、おっかなびっくり疑問を口にした。
「オズワルドさんは、この先、より多くのヒトを助けたいだけなんですよね?」
魔術士は目を丸くして、ふと笑み崩れた。違うよ、と答える声は、存外柔らかい響きをしている。
「ただの利己主義さ。何もなくなった世界で、一人で出来ることなんて高が知れてる。全部終わったら、のんびり旅をしたいんだよねぇ。それで、見たいんだよ。豊かな恵みを当たり前に享受して、呑気に笑って暮らしてるヒトたちをさ」
そりゃいいな、と少年の横に座る灰茶の髪の男が笑って、少年を挟んだ反対側に座る男へ視線を向ける。
「あんたも好きでしょう、そういうの」
「そうだなぁ。このままじゃ、うちも大所帯になっちまいそうだしな。チビどもが夢も見られない世界じゃ、面白みもねぇや」
しかし、と眼光鋭く魔術士を見遣って、男は目を細める。
「その世界を支配するのは、おまえさんではないんだな?」
「勘違いしてもらっては困る。俺たちは世界を獲りに行ってはならない」
きっぱり告げて、ざわつくヒトビトを一瞥して黙らせた。
「支配は、新たな確執を生む。だから、俺たちは一国であってはならない。義勇軍であってもならない」
「それじゃぁ、俺たちは一体何を名乗るんだい?」
傭兵集団だ、と即座に返して、魔術士はぐるりと集うヒトビトを見渡す。
「旗印には、俺がなってもいい。寧ろ、フィデルがなったら拙いだろう。もし協力が得られるのなら、竜族は裏方に徹し、利害が一致した者として振る舞ってもらいたい。勿論、働きに見合った賃金は支払おう」
「待て、オズ。その資金源はどうする」
口を挟んだ黒竜を一瞥し、魔術士は面倒臭そうな表情を浮かべた。
「当面は、リファールから回収してきた分で足りるだろう」
「おまえ、最初からそのつもりで発掘させたのか」
当然だろう、と素っ気無く返して、魔術士は集うヒトビトへ強い眼差しを向ける。
「どうせもう誰も使えない金だ。有難く活動資金にさせてもらおう。以降の資金は滅ぼした所から、必要なだけ頂戴する。根こそぎ略奪するのは許さない。傭兵は客商売だ、信用は失えないからな。まずは、名を挙げることが目標だ。顧客の獲得を目指す」
あくまで金で戦を請け負うんだ、と淡々とした口調で続けられるそれを、灰茶の髪の男が挙手で遮った。
「義勇軍であってはならない理由は。そういう大義が大好きな奴等だっているぜ? 英雄気取りたい虚栄心をくすぐってやるのも一つの手だろう」
「大義名分なんていらないんだよ。まして、英雄なんて碌でもないものなんか、断じていらない」
ぴしゃりと切り捨て、魔術士は石壁から離れた。円卓へ手をついて、強い口調で続ける。
「大体、栄誉なんて何の役に立つ。最初はいいさ、気持ちよく感謝されて戦っていれば満たされる。……それが何年続くと思ってるんだ?」
簡単に病むぞ、と低い声が警告を発した。途端に、場の空気が一瞬にして冷える。
「成果が分かりやすい餌は絶対に必要だ。それに、金で確実に仕事をする集団の方が、分かりやすくて信用を得やすい。その為には、後世にけして名を残さない一兵卒が望ましい」
俺たちは小銭を稼ぐためだけに出来た集団と言うわけさ、とにやりと笑う。
これから混乱を迎えるに当たり、冒険者たちものんびりと冒険を続けるはずもなく、彼らは何処ぞの国へ己を売り込むことが予想される。少しもおかしいことではないだろう。雇われれば暫くの保証が出来るし、何より戦は効率良く稼げるのだ。
そもそも傭兵として世界を渡り歩いていた者は、言うに及ばず。それと同じことを、大規模に展開してやるだけだ。
「この機会に、存分に稼いでくれ。依頼が入った場合、面倒な交渉事は俺が請け負う。報酬の公平分配に加えて、功労賞も設けた方が意欲も上がるだろう。その辺りは俺の独断では行わず、必ず代表者たちと話し合うことを約束する」
「あの、それだと途中、合流したい者が出てきませんか」
挙手で差し挟まれた発言に、魔術士は大いに頷く。
「それは充分有り得る。希望者はその都度加えてやればいい。戦力増強はこちらにとっても有難い。同じく、去る者も追わない」
ただし、彼らには真の目的は明かさない。あくまで、金銭目的の傭兵集団として行動すること。役目が終わったら即座に解体すれば、後腐れもないだろう。各々がやるべきことをやるために、必要な下準備だと思えばいい。
参加するか否かは各々の意志に委ねる、と締めくくり、魔術士はもう一つ付け加えた。
「参加しないならしないでいいんだ。強制はしない。ただし、邪魔はしないでくれ。敵対した場合、容赦なく潰す」
おっかねぇな、と灰茶の髪の男がからからと笑って、どうする、と傍らに視線を向ける。決まってるだろうよ、と軽く肩を竦めて、男は口を開いた。
「我が氏族は、残らずあんたに従おう。まぁ、チビどもの飯代も欲しいことだしな? 遠慮なく稼がせてもらうさ」
若殿はどうするよ、とそのまま黒竜を振り返る。果たして彼は、大仰にため息を落として魔術士へ半眼を向けた。
「私が離反するとは思ってないんだろう」
「そもそも、表立っては協力できないだろ。付き合えとは言わない。但し、餞別くれるって言ったよな? だったら何処か適当なアジトくれ」
氏族だけでも大所帯だから、と平然と言われて、黒竜は渋い顔で「うちを使え」と吐き出した。
「そんな巨大な建物、ほいほい用意できるか。元々この砦は、大昔の戦国時代に建造された代物だからな」
使っていない兵舎がある、と告げて、ちらりと傍らに控える従者へ視線を向ける。彼は、心得たように敬礼した。
「早急に点検をさせましょう。なにぶん、長らく放置しておりましたので。しかし、宜しいので?」
大殿への報告は、と促されて、黒竜は肩を竦めてみせた。
「どうせ気付いた時には後の祭りだ。黙っておけばいいさ。マーシュ、おまえの兄弟たちが主に使うことになるんだから、みんなで手伝うように」
はい、と背筋を伸ばして返事した少年は、ほんのり心配そうに両側の大人を見遣る。その様子に、黒竜はにんまりと笑った。
「本格的に傭兵稼業を始めたら、おまえの保護者たちは、あちこち飛び回るんだろう。気にせず使え」
「悪いな、若殿」
「氏族長には、私も少なからず世話になっているからな。子守りはうちに任せて、安心して駆け回ってくれ。さて」
おまえたちはどうする、と。
両手を組み身を乗り出した黒竜は、ひたと臨席する者たちを見据える。決断を促された者たちは、お互いに顔を見合わせて頷きあったのだ。
こうして手を結んだ彼らが、名うての傭兵集団として世界に認知されるのは、それから数年後のこととなる。
年々その数を増やし、規模を広げて活躍した彼らは、大戦の終結と共に奇麗に解散し、各地へ散った。勧誘を受けて某国へ仕官した者もいたし、気に入った土地へ根付いた者も、故郷に帰った者もいたという。
その一部や、彼らの賛同者の幾人かは各国の中枢へ食い込んで、魔術士が最初に望んだままに、その痕跡を消していった。
世界に、英雄なぞいらないのだ。無駄な争乱の芽は摘み取るべきだし、名は残さないに限る。特に彼は、名のない一個人でなければ生きにくいだろう。
世界は多少荒廃したものの、確かに生き残った。
とは言え、大戦の後も各地で小さな衝突は幾らかあったし、それがすっかり落ち着いて復興が進んだ頃には、宗教戦争が勃発したこともあった。大戦の後ひっそりと暗躍していた者たちは、その酷い弾圧に耐えかね再び表舞台へ現れて、建国の立て役者となったこともあった。
世界はその間も目紛しく変化を続け、やがて新たな叡智として科学が台頭してくると、広かったはずの世界は、存外こぢんまりと纏まりだしたのだった。
曾て、世界から魔術が喪われた。
それと引き換えに受けた恩恵を、現代のヒトビトは享受している。曾てのように才で分け隔てられることはなく、誰しも何らかの形で関わっているのだ。
見上げた空を飛ぶ乗物と、各都市を結ぶ機関車と、振り向けばそこいらにある様々な機械と。そんなもので、世界は満たされていた。
全てが平等だなんて馬鹿げているし、貧富の差はどうしたって消えない。けれど世界は、泰平だと言えるだろう。少なくとも、理不尽で抗いようのない、大きな力に蹂躙されることだけはないのだから。
今朝も何処かで小さな諍いが起こっていて、街角ではヒトビトが、権利を主張して叫んでいる。朝早いパン屋から漂う、香ばしい匂い。子供たちがはしゃぐ声と、笑い声。日常を営むヒトビトの立てる物音。
望んだものは大体目の前に広がっていて、彼自身もその中に溶け込んでいる。
目抜き通りから少し外れた、高級長屋が連なる辺り。その直中にある小さな工房の前を、女中型自動人形が掃き清めていた。その工房の大きな飾り窓では、店主がトルソーに新たな衣装を着せかけている。
その爽やかな初夏の装いを、通りを歩く淑女たちが眺めながら歩いていった。自動人形が打ち水をする頃には作業も終わり、周囲の商店も開店準備を始める。
「おはようございます、シャノンさん。アマリアもおはよう」
工房の前を通りかかったマーシャルが挨拶をして、自動人形は優雅に会釈した。工房の扉を開いて、顔を出したシャノンは明るく応じる。
「おはよう、今朝は早いじゃん」
「今日の仕込みは、少し時間がかかるので。良かったら、お茶の時間にいらしてください。サヴァラン焼きますよ」
「あ、ホント? 行く行く」
それでは後で、とマーシャルが立ち去ると、掃除道具を纏めた自動人形が工房へ入った。扉のカーテンが開かれて、営業中の札が下げられる。
社交期も終わって、暫くは少しのんびり出来そうだ。アデライン殿下の衣装は、仕上げて既に納品済み。グウェンドリンが持ち帰った素描を見た大家婦人は、面白そうだとおおらかに笑って許可を降した。
現在作っているのは夏用の、大胆なヘムラインで裾を長くしたウエストコートである。これに、あまり膨らませないスカートを組み合わせてやるつもりだ。
スカートへ装飾は入れないが、裾からペティコートのレースを少し覗かせるのはどうだろう。しっかり作り上げたドレスシャツは細身の物で、カフスには試しに、黒蝶貝のボタンを留めている。これで具合が良さそうなら、紳士用にも採用するつもりだ。
少しずつ工房前の通りは活気づいてきて、時折、一頭引きの二輪馬車が通る。飾り窓の前で立ち止まった、数人の淑女が指差しながらあれこれ語り合い、華やかに笑いながら通り過ぎた。
近頃は、あの飾り窓に飾られた衣装の色合わせを参考にする淑女が、巷に増えてきたらしい。言われてみれば、何となく見覚えのある衣装で歩く淑女を時折見かけるし、飾り窓に熱心に張り付く淑女も稀にいる。
先日、その件で工房を訪れた小間物屋が、共同で何かをやらないかと持ちかけてきたところである。そこは新たに出来た小さな工房兼店鋪のようで、店主は意欲的な女性だった。
話を聞いてみたが、なかなか面白そうなので乗ってみるつもりである。流行を仕掛けようという考え方は他国にもあったし、この街のように働く女性が多い所なら、消費の向上にも貢献するだろう。
何より、その小間物屋が参考品として持ち込んできた諸々が、乙女心をくすぐりそうな可愛らしさと奇麗さを兼ね備えた代物だったのだ。
共同制作も勿論だが、次に淑女からの注文が入った際には、かの工房へ持ちかけて装飾品を作ってもらおうと、心に決めたシャノンである。あれは、絶対に喜ばれるはずだ。
かく言う今日のシャノンのタイピンは、持ち込まれた中に紛れていたのを見つけ、その場で購入した物だったりする。こちらも素晴らしく精密で上品な装飾だ。これだけの物が作れるのなら、きっと繁盛するだろう。
そうして間もなく、からん、と扉に取り付けた鐘が鳴る。
「おはよう、シャナ」
「いらっしゃい、グウェン。アマリアー、試着宜しくー」
呼ぶ声に姿を見せた自動人形が優雅に会釈し、仮縫いの衣装を抱えてグウェンドリンを試着室へ誘った。
今日も、彼らの一日が始まる。
〈了〉




