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シャフツベリの仕立て屋  作者: アサミズ
シャフツベリ候
11/21

 わざわざ有難うございます、と苦笑混じりに礼を口にして、マーシャルは珈琲カップを差し出した。いいや、と軽く応じるフィデルは、賑わう店内をちらりと顧みる。

 久し振りに昼間に顔を出したが、相変わらずご婦人方の多い店内だ。彼女らの目当ては明白で、果たしてこの美丈夫が人狼(ライカンスロープ)だと知られたら、一体どんな顔をするのだろうな、とぼんやりと考える。

 基本的に、人狼族はヒトの中へ紛れ込むのが巧い。元々ヒトから変じたモノだから、当然といえば当然だろう。

 そうして同時に、彼らは同族だった者たちから迫害される対象でもある。

 ウェルテでは爵位を持つ人狼もあり、そこまで偏見は大きくないが、皆無ではない。先日の人狼騒ぎを見ても、それは明らかだろう。

「それにしても、領主様を伝令に使うなんて。シャノンさんは豪気ですね」

「昔から、あれはそうだよ。使えるものは何でも使えというあの精神は、研究者由来なのかな?」

「ご実家の影響も、少なからずありそうですけどね。実際に、我々の中では最も先見の明があったでしょう」

 それは否定しない、とカップへ手を伸ばし珈琲の香りを楽しむ。

 容赦なく、あらゆるものを切り捨てていくさまに、それはやり過ぎではないのかと幾度か窘めた。しかし彼は苦く笑って、一向に取り合わなかったのだ。結果、彼の正しさが証明されたのは、行方を暗ました後のことだった。

「行かせたのは間違いだったかと、何度か思ったよ」

 手許に置いていれば、それこそ素晴らしい政治手腕を発揮したことだろう。これまでに、彼の手を借りたいと頭を悩ませたことも多々ある。

 ……助けを求めようにも、見事に行方を暗ましてしまっていたから、それも叶わなかったけれど。

 しかしマーシャルは小首を傾げて、穏やかに目許を笑ませた。

「ですが、今はとても愉しそうですよ。あれで良かったんだと、俺は思います」

 それも否定しない、とため息混じりに頷いて、酸味の勝るそれを飲み下す。マーシャルの珈琲は赤みの強い透明さを持っていて、時間が経っても風味が劣化し辛いのが特長らしい。これに関してだけは、フィデルの執事(バトラー)も敵わないのだ。そのこともあって、時折、無性に飲みたくなる。

「それで、その後は?」

 低い声で促すと、マーシャルは表情を改めた。

「有力な情報は、何も。他氏族(クラン)へも情報を求めてみましたが、疑わしい血族(ファミーリエ)は見当たりませんね。これは、いよいよ逸れ者を疑うべきかと」

「そうだな、アルントからも同様の返答が届いている」

 ますます面白くないな、と眉根を寄せると、マーシャルも無言で頷く。

 苦慮する友人を見兼ねたのか、アルクィン伯爵は真祖へも問い合わせてくれたらしい。そちらから通達があり、世界に散らばる各血族が応じたそうだ。

 どうやら真祖自身も、何処ぞの吸血鬼(ヴァンピーア)が黒竜へ喧嘩を売ったことに、随分腹を立てているらしい。詫びをしたいとの申し出を、それには及ばないと断ったのは昨日のことだ。今度の助力だけでも十分有難いし、想定する不埒者が絞られたことが何より大きい。

 序でに吸血鬼の真祖が、こちらへ全く害意を持っていないということが、はっきりしただけでも収穫だ。詫びを、と言うくらいだから、礼儀正しい人物なのだろう。基本的に吸血鬼は自尊心が高いから、自然と真祖もそうした人物だと思い込んでいた。もしかしたら、アルクィン伯爵並に静けさを好む御仁なのかもしれない。

氏族長(チーフテン)も、本腰を入れて燻り出すつもりのようです。この件は、このまま我等に一任いただいても?」

「そうだな、今のところは。私は手を出さない方がいいだろう。面と向かって喧嘩を売られたのはそちらだ。シャナへの護衛はどうなってる?」

「下手につけるべきではない、と意見が一致しております。万一襲撃されたとして、シャノンさんが負けることは考えられませんから」

 それもそうだな、と苦笑で応じて、フィデルは焼き菓子へ手を伸ばした。こちらは油分が少し重い気がするが、お茶請けには丁度いいだろう。

 美味いな、と独りごちて、満足げに口角を上げる。

 街で何かを口にする度、ここまでになったのだな、と感慨深くなった。きっと、これからも噛み締め続けるのだろう。誰もが当たり前に生きられる世界を目標に掲げて、漸くここまで辿り着いたのだ。目指す先は、まだまだ遠い。

 世界は一度壊れてしまって、ヒトビトの生活はどん底まで落ちてしまったから。

「マーシュ、これ幾らか持ち帰れるかな?」

「お土産ですか?」

「今回、無理を聞いてもらった我が家の職人たちへね」

 人数を告げて適当に量を見積るよう頼むと、承りました、と奇麗に一礼して、マーシャルが踵を返す。頼んだよ、と投げかけたフィデルは、残りの欠片を口に放り込んで珈琲を飲んだ。口の中の油分が豊かに広がって、ふんわりと良い風味を残して消えていく。

 昼間の柘榴(グルナディエ)は夜とは違った活気と、のんびりと気怠い空気が流れている。あちこち出歩いているようなフィデルだが、その実、ぼんやりと気を抜いていることは殆どない。疲労しているわけではないけれど、気忙しさから解放されれば、ぽつりと染みのように何かが胸中に浮かんだ。

 そうしているうちに、ご婦人が数人入れ代わり、若い女性が数人、きゃぁきゃぁと駆け込んでくる。彼女らはマーシャルに何かを尋ね、落胆したようにため息をついた。

 あれは何だろうな、と思っていると、土産の包みを手にマーシャルが戻ってくる。

「お待たせ致しました。帰りにこちらをお持ちください」

「有難う。今のお嬢さん方は?」

 あぁ、と苦笑して、彼はこそりと囁きかける。

「シャノンさん目当てのお客様です」

「ほう?」

 にやり、と唇の端を釣り上げるフィデルに笑って、マーシャルは「結構いらっしゃいますよ」と付け加えた。どうやら、当人は苦々しい顔をしているらしいが。

 仕方ないなぁ、と笑って珈琲を飲み干すと、フィデルは代金を置いて立ち上がった。

「それじゃぁ、頼むよ」

「お任せください」

 折り目正しく最敬礼するマーシャルに頷いて、包みを手に踵を返す。城へ戻ったら、これを土産に仕立て室を訪ねて、親方にシャノンの言葉を伝えねばならない。

 本当に、容赦なく領主を伝令に使う奴だな。

 今更ながらにそう思って、思わず苦笑が零れたのだ。


  ◇◆◇


 柘榴を後にした淑女(レディ)らは、華やかに談笑しながら歩き出した。学校を卒業して、花嫁修行と称した家事手伝いの真っ最中。社交界(ソサエティ)への出入りも許され、玉の輿を虎視眈々と狙う狩人たちである。

 気ままな少女たちと揶揄されることが多いが、これで彼女らの気苦労は絶えない。覚えなければならないことも多く、その殆どは潤滑に家庭内を回し、夫を癒す天使となるためのあれこれだ。

 賑わう街角を数人で漫ろ歩き、一人が小さく手を振って角を曲がる。途端に、娘の表情が消えた。けれど、その足取りはしっかりとして、正確に足音を刻み続ける。

 路地を縫うように進んでいった先、薄汚れた袋小路に、女が一人待っていた。濃い色の髪を結い上げ、質素な衣装は街行くヒトビトと大差ない姿。けれどその眼差しの強さに目を引かれる。

「ご苦労様」

 にこりと笑った女はボンネットの娘を手招き、その立ち上がった襟元へ指先を滑らせ、白い頤をやんわりと撫でた。白い首筋に吸い付く間も、娘の茫洋とした眼差しは何も映さず、ただ彫像のように立ち尽くすのみである。

 艶かしい赤い唇を舐めながら離れた女は、とん、と娘の肩を押した。すると彼女は踵を返し、通りの方へ歩いていく。その背中をひらひらと手を振って見送った女は、くつりと笑みを零した。

 他愛もないわね、と可笑し気に笑って、思案げに小首を傾げる。

 人狼どもは巧く紛れ込んでしまうから骨が折れたが、奴等の規模と動向は、これで正確に把握できた。それにどうやら、暫く領主は出てくるつもりがないらしい。これは、女にとっては朗報だ。

 こちらとしても、あの黒竜相手に事を構える愚は犯したくない。今回、こうして暗躍しているのだって、利が勝っただけの話なのだ。そうでなければ、とてもじゃないが割に合わない。

 あれが静観すると言うのなら、今の内に仕掛けてしまうか。

 考えて、女は柳眉をひそめると重いため息を落とした。出来るだけ素早く、事を決してしまいたい。本当は、もう少しじっくりと進めていきたかったけれど。

 厄介なのは、真祖へ話が通ってしまったこと。

 あの真祖にそっくりな末息子が、余計なことをしてくれたものだ。血母(ムッター)に倣って大人しく引き蘢っていればいいものを、あれは昔から、要らぬところで見透かしたように嫌な一手を打ってくるのだ。黒竜には告げなかったようだが、おそらくあれはこちらに気付いている。真祖がしゃしゃり出てくる前に片をつけたい。

 それにしても忌々しいのは、折角の目論見を駄目にされたことだ。あのまま少しずつ数を増やしながら放置しておけば、勝手にヒトビトが人狼どもを排除してくれただろうに。しかし、収穫もあった。

 徐に歩き出し、女は軽い足取りで薄暗い路地を抜けた。賑やかな大通りにはヒトビトが行き交い、彼女くらいはすぐに隠してくれる。目につく其処彼処には、彼女の可愛いお人形たちが、普段と変わらぬ生活を送っていた。

 本当に、他愛のない。

 最初に撒いたわかりやすい餌の所為で、奴等の目は全く節穴になっている。可愛いお人形たちは毎日欠かさず、その日の情報を持ち込んでくれるのだ。その目は、この街全体に及んでいる。

 あの真祖の子供たちでは、こうはいかないだろう。獲た力を存分に振るわなくてどうするのだ。あの陰気な巨大図書館へ引き蘢っている真祖にしたって。

 軽く眉をひそめて、女はかぶりを振った。そんなことよりも、目の前の獲物だ。あれを捕まえることが出来れば、あの麗しい方も満足してくださるだろう。その序でに、ほんの少しお零れを戴いたところで、問題はないはずだ。

 確実に事を進めるには、どうするべきか。

 思案する女は、間もなくにんまりと笑って行く先を改めた。無理を重ねて捕らえようとするのではなく、自ら出向いてもらおう。手許に確保さえできれば、こちらの勝ちだ。

 ほくそ笑み、人込みの中へ紛れていく女は、気付いていなかった。己の後ろ姿を、じっと見つめる目があることに。すいと視線を外したそれは、同じく人込みへと紛れていく。

 後に残るのは、いつもの昼下がりの、穏やかな賑わいだけ。


  ◇◆◇


 手土産を片手に仕立て部屋へ顔を出したフィデルは、若いテーラーたちに大歓迎された。その様子に苦笑する親方へシャノンの言葉を伝えると、仕事の早さに感心したようである。昔から何をやらせても手の早い男だったから、フィデルにしてみれば然も有りなんといったところか。

 仕立て部屋を後にした彼は、そのまま書斎へと向かった。今日は客人も思い思いに過ごしているし、来客の予定もない。まだ堅苦しいお貴族様の衣装へ着替えなくてもいいだろう。

 裁可が必要なものは街へ下りる前に済ませているから、これから夕食までは、のんびり過ごすつもりである。本音を言えば早々に領地(シノン)へ戻った所為で空いた時間を利用して、幾つか視察に行きたい所もあるのだが、暫くはそれも叶わないだろう。早めの確認が必要な場所へは、誰か代理を立てて寄越した方が良さそうだ。

 さて誰が適任だろうか、と思案しながら北側にある重い扉を開くと、奥の棚の前にいたトラヴィス卿が振り向いた。

「お帰りなさい、フィデル卿。お邪魔してます」

 許可を求められたのは朝食の席だったはずだが、早速入り浸っていたらしい。表情を見るに、どうやらお眼鏡に適ったようである。彼は昔から、本を与えると暫く没頭してしまう質だったから、後で家令(スチュワード)に確認した方が良さそうだ。

「やぁ。うちの書斎はどうだい?」

 興味深いです、と愉し気に笑って、手に取りかけていた本を引き出す。それは随分前に手に入れた植物図鑑だったはずだ。

「貴重な書籍も多いですね。とても奇麗な状態で見られるのが素晴らしい」

「あまり読んでいないのがばれてしまうな」

「それだけ忙しくしていらっしゃるのでしょう? それに、飾りか、そうでないかくらいは判ります」

 大半の貴族や成金たちにとって、書斎はただの社会的地位を象徴する装置でしかない。好まれるのは百科事典のようなもので、立派な装丁で統一された物が並んでいることに優越感を覚えるらしい。酷いと、立派な箱が連なっただけの張りぼてなんてこともあるようだ。

 対してフィデルの書斎には、その時々に興味を引かれた物が無造作に放り込まれている。大量に買い込むことはしないが処分もしないため、溢れた書籍は隣接する書庫にも並べられていた。書斎に置かれているのは、友人から贈られた物や、恩人から譲られた物。その年々で話題になった物等。今だって、書斎机の上には無造作に話題の雑誌が置かれている。

 それが気になったようで、トラヴィス卿はちらりと卓上へ視線を投げた。

「大衆雑誌にも、目を通されているんですね」

「ただの娯楽だよ。堅苦しいものばかりが本ではないからね」

 そう嘯いて、雑誌を片手に隅の昼寝台(デイベッド)へ移動する。

 今は連載中の短編探偵小説がなかなか面白くて、追っている最中なのだ。上着を適当に背もたれに引っ掛け、革靴を脱ぐと昼寝台へ寝転がる。適当にクッションで高さを調節していると、トラヴィス卿の心配そうな声が飛んでくる。

「お邪魔ですか?」

「うん? いいや、そこらにある椅子でも机でも、好きにすればいいよ。今日の私は自堕落に過ごすから、こちらは気にしないでくれ」

 ひらひら手を振って応じると、くすりと笑い声が聞こえた。

「こうして時間を捻出するコツは、何ですか?」

「私がいなくても、暫くは自走できる組織を作ることだな」

「優秀な臣下と役人の育成、腐敗を見逃さない環境作りでしょうか」

「そうだな。加えて、個々の伎倆を認め、自尊心を認め、日頃から信頼して任せることか。私の役目は精々、彼らが心置きなく能力を発揮できるよう、環境を整えるくらいさ。人材は宝だよ。蔑ろにしてはならない」

 それに優秀な専門家に任せた方が効率がいいだろう、と付け加えると、「なるほど」と相槌が打たれる。

「お邪魔してすみませんでした、好きに漁らせてもらいますね」

「そちらの壁に呼鈴があるから、用がある時は使うといい。特に飲食も禁じてないから」

 有難うございます、と照れを含んだ声が応じて、間もなく静かになった。お互い紙を捲る音だけが、時折聞こえてくる。

 こうしていると、何となく昔のことが思い出された。

 シャノンと出会った当初、暫くは居城にその身柄を引き取っていたのだ。その頃の彼はひたすら無愛想に表情が死んでいて、語る言葉も淡々と冷めていた。彼が見舞われた災禍を思えば、それも仕方ないと思うけれど。

 そんな彼が、フィデルと会話するようになった切っ掛けが書庫だったのだ。そのうち書斎が占拠され、夜通し諸々について語り合ったものである。そうして時折、ただ黙々とそれぞれに没頭する。そうした時間が存外豊かなものなのだと知ったのは、確かその頃。

 書斎の扉が叩かれた。ふと意識を引き戻されて入室を促すと、姿を見せた従者(ヴァレット)が、小振りの銀盆を片手に戸口で会釈する。

「お寛ぎ中に失礼致します。主人に客人が……」

 ふと、従者が大仰にため息を落とした。そうして、隠しもせずに眉をひそめる。

「先にお召し物を整えていただかなくてはならないようですね」

「うん? 今日は客はないはずだろう」

「正にお客様の前で何を仰いますか」

 ぴしゃりと窘め、従者は改めて敬礼をした。

「『ベルトラン・オルディアレス殿への面会』を申し出ておられます。ご出座を、若」

 ふと、フィデルの表情が変わった。受け継いだ古い名の方を出すということは、領主としての彼への面会ではない。雑誌を押しやりながら起き上がり、無造作に革靴に爪先を突っ込む。

「どちらの御仁だ?」

「マルガレーテ・ウルメルスバッハ様でございます」

「ウルメルスバッハ?」

 誰だったろうか、と訝しく反芻すると、従者は銀盆を恭しく差し出した。

「こちらに、アルクィン伯爵の紹介状をお預かりしております」

「アルントの? まさか」

 立ち上がり、上着を羽織ったフィデルは、こちらへ視線を向けていたトラヴィス卿を振り向いた。

「夕食には、誰か呼びに来させよう。君はゆっくりしていてくれ」

「有難うございます、フィデル卿」

 書斎の扉を閉ざし、銀盆から紹介状を取り上げると、フィデルはくしゃりと頭髪に指を差し入れる。几帳面な署名と封緘は、間違いなく友人のものだ。

「……着替えるか」

「そうなさってください。お客様は、妙齢のご婦人ですから」

「見た目はな?」

 ひらり、と紹介状を振ってみせると、従者は軽く肩を竦めてみせる。

「それはお互い様というものでしょう、若」

 大急ぎで私室へ駆け込み、従者にせっつかれながら身支度を整えたフィデルは、客人が待つという談話室(サロン)へ向かう。先方の希望か、私的な客人、という体のようだ。

 アルクィン伯爵からの紹介状に添えられた短文によれば、血母の懸念が現実となりそうだと率直に綴られており、お互いの為に協力してほしいという。

 懸念ね、と口中に呟いて、ほんのりと唇の端を引き上げる。その間に、先に立った従者が談話室の扉を開け放し、フィデルの到着を告げた。室内で、誰かが立ち上がる気配がする。

「お待たせして申し訳ない」

「いいえ、こちらこそ突然お訪ねしまして、申し訳ありません」

 優雅にスカートを摘んで会釈したのは、長い黒髪を背に垂らした少女だ。妙齢の女性と聞いていたが、予想外に若い。彼女は理知的な黒い大きな瞳を真直ぐにフィデルへ向けて、存外落ち着いた声で口上を述べる。

「お初にお目にかかります、誇り高き黒竜の若殿様。わたしは、マルガレーテ・ウルメルスバッハ。夜の眷属の母にして、世界図書館(ゲシヒテ)の司書官でございます」

 世界図書館? と訝しく呟いて、はたと思い出した。あれを語っていたのは誰だったか。

「叡智の管理者……」

 にこりと笑ったマルガレーテは、「堅苦しい挨拶はこれまでに」と自らの胸元へ手を置いて、早速本題を切り出す。

「どうやらオルグレンの一件は、我等が追っている者が関わっているようなのです」

 どうぞ御助力を、と告げる乙女の眼差しは、老練の賢者を思わせた。

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