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幸福な老後

 辺りを見回しながら森の中を歩いてみる。とくに何もない。鳥の声がするが姿は見えなかった。小動物も現れない。人もいない。


「体験はここまでです。お疲れ様でした」


 呆気ない。森の空間にログアウトのボタンが表示された。手を伸ばして触れる。


「ログアウトできません。さあ、どうする?」


 そういうイベントか。選択肢が空中に浮かぶ。



「a カプセルを叩いて叫ぶ」

「b 様子を見る」

「c ゲーム世界を満喫する」

「d 情報収集する」

「e その他自由入力」


 自由入力?

 なんでもいいの?


 サカサカ入力する。


「寝る、でしょ!」



 今使っている腕時計型デバイスでの二重生活(ダブルタスク)モードは、現実生活に何の影響もない。現実の森で何も考えずに寝たら十中八九死ぬ。しかしゲームキャラが死んだところで、実生活における私の命に別状はない。



 このクエストで用意された全身カプセルタイプでは、実際にログアウト出来ない事故が発生したことがある。家族が側にいた人達からの通報で数時間後に復旧した。保護者モードの強制終了さえ効かなかったので発覚したのだ。


 その時は、カプセルが開かず大騒ぎだった。頭に電極を繋ぐタイプの時代だったので、不用意にこじ開けることも憚られた。無理に引っ張り出したら廃人になる可能性は否定できず、最悪死に至る危険もあった。


 だから、現実的な対応はとりあえず様子見である。ゲーム内行動としては気にせず楽しむか、寝るなどの活動休止で脳を休めるかだ。



 現在遊ぶことが出来る脳内命令型のゲームは、寝るを選ぶと脳は睡眠状態になる。ログアウトせずに仮眠ができるのだ。無意味といえば無意味なので、カプセル時代この機能を実装するゲームは少なかったが。

 腕時計型が普及して常時接続ユーザーが増加すると、途端に日の目を見た機能である。私も当然、重宝している。



 さて、目が覚めた。クエスト内メッセージが来ている。


「システムが復旧しました」


 クエスト内ゲームからログアウトする。見回すと壁際に設置された「ご自由にお待ち下さい」コーナーに本が一冊増えていた。金色の本だ。抜き出して鞄に入れ、クエストルームを出る。


 商店街を抜けると大通りがある。大通り沿いの無料駐車場に停めておいた犬橇に乗り、町の外へ出る。ほどなく流氷が見える崖の上に着く。

 それから犬橇を降りて海が見えるベンチまで行き、早速本を開いた。ムービーが流れる。タイトルは変更できるのだが、私はデフォルトのままにしたので味気ない。



 ※日常恋愛ファンタジー 学園編※



 開店前の花屋。店舗脇の扉からブレザー姿の女の子が出てくる。


 ナレーション

 私、柳生花店(やなぎ せいかてん)の四代目予定、柳花愛(やなぎ はなめ)!16歳だよ!最近オープンしたカフェが気になるの。犬もOKなんだって。


 商店街を走ってゆく花愛。真新しい看板のカフェを通る。角店で、店の脇にある戸口から花愛と同じ制服を着た男の子が登場。


 花愛 犬塚くんおはよう

 犬塚 おはよう柳さん


 ナレーション

 犬塚守(いぬづか まもる)君は隣のクラスに来た転校生だよ。休み時間には、静かに本を読んでるイケメン君。モテモテなんだ。


 暴走自転車が近づく。犬塚、花愛をお姫様抱っこで飛び上がる。風の魔法エフェクト。花愛の顔アップ。赤くなっている。


 ナレーション

 うわあ、意外!魔法が得意だったんだ!


 花愛 ありがとう

 犬塚 危なかったね




 そんな感じで、日常恋愛ものが5分ほど流れて終わる。ロマンスファンタジーノベルを作るゲームなので、ローファンタジー 要素が自動的に加味されていた。他の選択肢を試すのは少し面倒かな。調べると、



 a

 怪奇ロマンスへ分岐

 b

 日常ロマンス お仕事編へ分岐

 c

 冒険ロマンスへ分岐

 d

 転生ロマンスへ分岐

 e

 日常ロマンス 学園編(金)



 だとわかった。お仕事編もたぶんファンタジー職業なのだろう。あるいは移動手段やコピーなどに魔法が使われるとか。

 現実世界と空想世界の分岐はいつしたんだろう?選んだ記憶はないけれど。要素イベントを体験していないと、選択肢が現れないのかな?それまでは全て現実世界ベースとか?


 完結は金色の本なのかな?それともハッピーエンドが金?でもそれだと、エンディングのタイプを選択した意味がない。そのうちわかるかな。たぶん基本事項のネタバレに載ってるけど、そこまでは調べなくていいや。



 ともかく1作品が完成した。大満足である。商店街の奥に民宿があったな。あ、手持ち資金が殆ど零だった。サービスチケットでケーキセットを食べたりゲームを無料体験したりと楽しんだので、うっかり忘れていた。


 ロノック内時間は夕方にさしかかる。リアルタイム制なので現実でも同じ。生活リズムによって体験できない時間帯のクエストは、おそらく何かの形で時間をずらす救済措置があるはずだ。


 若い頃に遊んだリアルタイム型は、遊べる時間が決まっている人には大変不利だった。そうなると、つまらなくてすぐ辞めてしまう。

 現代では、観たいイベントや受けたいクエストの該当時間まで一時的にずらすアイテムやシステムが普通になっている。



 救済措置はおいおい調べるとして、私は急いで商店街へと戻り、配達人事務所を訪れた。幸い受付時間に間に合ったので、隣町アイスゲートへの配達依頼を請け負う。


「明日の夕方までに届ける配達を3件ですね?」

「それでお願いします」

「では、よろしくお願いします。お気をつけていってらっしゃいませ」


 隣町までは、犬橇で30分程。大通りを海と反対側に進む。通りは上り坂になっていて、登り切るとビルが見えてきた。都会だ。

 一気に坂を下る。冷たい夕べの風を頬に感じてソリは走る。坂の下で別方面からの道と合流した。そちらからはバイクや車が町に向かう。ようやく賑わいのある地区に到着したらしい。



 アイスゲートの町にはビルもあり、ビジネスホテルもあった。後払いだったので先に宿を取る。今日受けた依頼の報酬でモーニングつきのシングルルームに泊まれる。体力ゲージの無いRONoK(ロノック)世界で食事は不要だが、気分で朝食も頼むことにした。


 荷物は鞄だけ。部屋に置くものも無いので、すぐに配達先へと向かう。依頼品は手帳大の包み、手紙、長方形の菓子箱だ。それぞれにサインを貰い、配達人事務所で報酬を受け取る。順調だ。



 その後はホテルの部屋に戻り、現実世界に意識を戻す。リアルの夕飯には海鮮丼を食べる。ゲーム世界で海を見たので食べたくなってしまったのだ。


「今日は豪華だねえ」

「ゲームで海辺に来てるの」

「それでか」

「食べましょ」

「いただきます」


 老夫はいそいそと箸を取る。夫は1日外出していた。お酒が好きで、遠くの街にある専門店がセールと聞きつけ遠征してきたのだ。


「呑むか?」

「あら、いいお酒」


 北国の純米酒だ。夫は季節限定品の四合瓶をテーブルに置く。江戸切子のグラスを出そうとすると、夫に止められた。


「透明なやつがいい」

「そう?」


 特徴のない安いコップを並べて、夫はご機嫌である。よくわからないこだわりが可愛いお爺ちゃんだ。



 食後は温かいお茶でほっとしながら、明日のゲーム内行動を考える。リアルでは夫とニュースを観つつ、ゲームにも意識を向ける。


 アイスゲートは都会なので図書館や大型書店がありそうだ。ホテルのロビーで貰った市街地図を開く。現代的な観光地図である。裏面には美術館と市庁舎の写真、そして人物の彫像写真が載っていた。


「アイスゲートの父スノボルかあ」


 彫像は歴史館の前にあるようだ。


「ロマンスファンタジーノベルの要素が隠れてそう」


 歴史館である。これは大河ドラマか?雪原の開拓史に秘められた悲恋とかだといいな。名もなき民衆の恋物語も素敵だ。


「開館は木曜日のみ、11時から14時まで」


 私設のミニ博物館ぽい。ゲーム内曜日は現実とリンクしている。リアルの今日は火曜日である。


 明日は配達バイトで他の町に行ってから、ここアイスゲートでのバイトも探そう。ついでにいろんな場所の本も確認出来る。


 人が多そうだから、雑談も出来るかも?気の合う人はいるかな。テキストアドベンチャー版の経験者がいるといいなあ。

 私たちはいわゆるゲーム世代だから、あるシリーズのオールドファンが最新正当続編版(ナンバリングタイトル)で出会うことがそこそこある。


 なければないで、若い人との交流を楽しめるからいいんだけど。



「ご馳走さまでした」


 リアル夕飯を片付けて入浴準備をする。ゲーム世界で今やることは特に無いかな。のんびりリアルテレビを観ていると、孫から音声通信が来た。


「お婆ちゃん、作家になれた?」


 私がRONoK世界で遊んでいることを覚えていてくれたようだ。嬉しい。


「なれたよ。最初のお話は学園ファンタジーだった」

「へえー」

「そうだ、明日放課後暇?」

「え、私は興味ないよ?」


 警戒する孫に笑ってしまう。


「違う、ケーキ奢ってあげる」

「え、やった!ねえそしたらさぁ」


 孫と美味しいケーキの情報交換をしながら、お風呂が沸くのを待つ。もうすっかり夜だ。


 そういえば、RONoK世界に温泉はあるのかな。雪山の奥で出湯の宿なんかあれば最高だ。月見酒も乙なもの。

 ゲームを始めてまだ1週間目である。狩場にも行ってみたいし、物作りにも挑戦したい。1週間着た切り雀だが、服も変えたいなあ。アイスゲートの表通りでは美容院も見かけた。




 窓の外を見れば、美しい星月夜だ。お隣の木蓮に大きな白猫がいる。月の光にぼうっと滲み、幻想的な風景である。黒の多い毛並みの痩せた三毛猫が白猫に寄っていく。


 夜風に赤紫の花が揺れ、ふんわり優しい香りが流れてきた。夫がふとテレビから視線を外し、外を見る。それから私にかすかな微笑みをくれて、またニュース画面に目を向けた。


 2匹の猫は枝の上で器用に寄り添い、互いの顔を舐めていた。



これにて完結です。

最後までお読みくださりありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)いやぁ~素晴らしい作品でした。紅茶かコーヒー何倍でもいけるぜ(いや、どういう例えwww)。レビューでも書きましたが、この作品の本当にすごいところは“70代の女性が語っているかのような…
[良い点] 悠々自適な老後とゲーム開始直後をゆったりと追体験できるようなお話の作りがとても良いと思いました。 体験したことを小説にして、それがムービーになる点も面白いと思いました。 [気になる点] …
[一言] 知略企画から伺いました。 ゲームをほぼやらないので、プレイしているようで面白かったです! 色々考えますね〜。ふむふむと思いながら読んでいました。70歳でこの思考力なら色々楽しめそうでいいな…
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