クリフの町の商店街
もうかれこれ1週間経つのに、プレイヤーとは挨拶以外の会話をしてないな。最初の数日間はひたすらソリレースと配達バイトをしていた。どちらもNPCとばかり交流した。
システム上はプレイヤーでも配達依頼を出せる。しかし、データ送受信でゲーム内の物品や通貨をやり取りできる為、利用者は見当たらない。何らかのクエスト用かもしれない。
初回のソリレースで挨拶を交わした他は、お店屋さん勢と話したのも文房具店で情報を貰った程度。ソリレースでもう少し交流しておけばよかったかなあ。そもそも最初の塔で話しかける機会だってあった。あの時は早くあちこち見てまわりたくて、交流は後回しにしてしまったのだ。
このゲームには、ソロでは体験できない要素イベントもありそうだ。70代の不慣れなソロプレイヤーと組んでくれる親切な人はいるのだろうか。少し不安だ。まあ、いざとなれば孫や子供たちを動員すればいいか。
本屋の向かいに花屋がある。主人公は花屋の娘にするか。選べるといいな。最初は王道少女漫画的に学園ものが作ってみたい。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
「明るい感じのお花が欲しいんですけど」
花屋のNPCおじさんに適当な事を言う。一覧は開いたままだが、特に変化はない。買い物で何かしらの要素が追加されることを期待して、おじさんおすすめのピンク色のガーベラを一輪買った。キャンペーン中で一桁値段である。手持ちはそろそろ零に近づく。
「お客さん、新しいカフェにはもういった?」
「いえ」
「犬もOKなんだよ。犬好きなら行ってみなよ」
一覧を確認すると、花屋が選択肢に追加されていた。
「そうですね、行ってみます」
「あれ、お客さん配達人登録してるの」
登録証は強制装備のピンバッジだ。一目瞭然である。
「はい」
「うちさ、商品配達を直接依頼していい許可とってんだ」
花屋のおじさんは、自慢そうに壁を親指で指す。許可証が張ってあった。
「あのカフェに毎朝切り花届けるんだけどさ、今日忙しくて行けなかったんだよ」
はい、お使い依頼発生ですね?
「お客さん、あのカフェ行くなら頼まれてくんないかなあ?報酬はケーキセット無料クーポンでどう?」
カフェは目と鼻の先。ミニブーケをひとつ持っていくだけだ。商品の代金は別途請求するそうである。配達の正規報酬は、クーポンの裏にあるケーキセットの値段と同じ。多少は杜撰に感じるが、条件を飲む。
「花屋さんからお届けものです」
「ありがとう。受け取りの連絡をしておきますね」
カフェのNPC店員さんに無事ブーケを渡す。店員さんは、すぐにハンドフリー通話で花屋と連絡を取ってくれた。クエスト終了である。クーポンは先に貰ったのだが、クエストが成功するまでは使えない状態だった。無事使用可能になり、私は空いている席に腰を下ろす。
カフェで読める雑誌の表紙には、男性アイドルグループ風と女性グループ風のものがあった。中を読むとどちらも性格と行動について軽くまとめてある。雑誌をラックに戻して要素の一覧を調べると、登場人物の性格が選べるようになっていた。
「主人公、女、高校1年生、花屋の娘、明るい」
「お相手、男、高校1年生、ドッグカフェの息子、大人しい」
「ライバル、なし」
名前は自由入力だが、デフォルト名もある。そのままでいいや。
メインキャラクターが決まったところで、店員さんを呼ぶ。食べ物もリアルで、味も様々なこの空間である。中にはハズレ飲食店もある変なこだわりを持つ世界だ。無料クーポンもあるし、好奇心からケーキセットを頼むことにした。
先ずはメニューを開く。ここは犬OKなので犬用メニューもあるようだ。さまざまな犬種の謎犬たちをつれた愛犬家プレイヤーが、愛謎犬とお茶の時間を楽しんでいる。
謎犬には現実の犬種に角や羽が付いているものや、毛皮に花柄やチェックが浮かぶもの、それから現実にはいないと思われるが何となく犬っぽいもの、がいた。
外には謎猫や謎鳥も生息している。今のところ害はないので、時々眺めて過ごす。そのうち拠点を手に入れてバーチャルペットを飼うのもいいな。商店街にはペットショップもあったと思う。
RONoK世界のペットは、不死と加齢とが選べるようである。生活ゲームなので、情操教育に活用されることも期待して生死や品質のばらつきを実装したのだろう。現実では飼えない子供も、生死の体験と命への責任が学べるのだ。
ところで、ここの店員さんはNPCだ。要素になる場所なので、AIが運営している店だった。今時のAIは自由質問に流暢なお返事をしてくれる。
特に店員NPCなのだから、問答はある程度決まりきっている。これはリアル店員でも似たようなものだ。だから変なエラーは起こらない。周囲を観察していると、クレーム対応まで出来ていた。技術は日進月歩である。
キョロキョロしながら待っていたら、パンツスタイルのかっこいい制服を着たお姉さんが注文を取りに来てくれた。早速ケーキセットを頼む。飲み物はコーヒーか紅茶。どちらもホットかアイスを選べる。
「本日のケーキは何ですか」
「和栗のモンブランです。ただいまキャンペーン中なので、ご注文いただいた方にはくじ引きを一回引いていただけますよ」
「じゃあ、それで。ホットコーヒーとセットにしてくださいね」
「畏まりました」
しばらくしてケーキセットとスピードくじの箱が来た。三角くじである。開くと景品が書いてある。
追加要素、転校生
慌てて要素の一覧を開く。相手役の男子高校生君が転校生となっていた。なんと強制追加だった。追加したくなければ本日のケーキを頼んではいけない。
そんなアクシデントはあったものの、主役カップルが決まる。すると、全ての項目が活性化した。バーチャルケーキを食べながら選択してゆく。
○どちらが先に好きになる?
「主人公。理由は怪我しそうなところを助けられた」
「芸術鑑賞の集合で迷子になりまた助けられる」
古典的きっかけ。第1作なのでベタベタの展開がいい。きっかけは他にも選択肢があったが、仕上がりは5分動画なのでふたつだけ選ぶ。選ばなかった他の選択肢には、主役カップルの要素である高校生から派生したと思われるものが多い。
一目惚れ
捨て犬を拾うのをみた
勉強を教えてくれた
重い荷物を持ってくれた
○告白の瞬間
「文化祭の後夜祭」
これも良くある場面だ。こちらも複数、高校生っぽいものが提示されていた。
運動会
修学旅行
文化祭準備で遅くなり送られる
夏祭り
秋祭り
○恋人イベント
「秋祭り」
5分程度のムービーなので選ぶのはひとつだけ。他の候補も定番ばかりだ。
夏祭り
映画
遊園地
海
ファーストフード
○結婚するの?
○子供は?
「そこまでは進まない」
○メインストーリーの流れ
この項目は、エンディングだけ選択した後は自動生成テキストだった。
「最初だしハッピーエンドにしよう」
ハッピーエンドは選択肢の一番最初にあった。一応、他の選択肢も見てゆく。
悲劇
モヤモヤ
打ち切り型
問いかけ
メリバ
全滅
ぜんめつ!え?学園日常恋愛で?ファンタジー侮れない。
気を取り直して、自動生成の粗筋を読む。
「お相手が転校してくる。ケガしそうな主人公。お相手に助けられる。芸術鑑賞の移動中に迷子に。お相手が見つけてくれる。文化祭では主人公が掃除などの地味な役割を頑張る。その後、見えない所で主人公が地味に頑張る姿を見ているお相手。後夜祭でお相手から告白される。秋祭りへ一緒に行き、花火を見ながらファーストキス。ハッピーエンド」
わお。べったべったー。私が子供の頃に流行ったような中学生向け初恋物語だ。可愛いなあ。孫の恋を応援する気分だ。完成が楽しみである。
しかし、元のテキストアドベンチャーではここまでくればムービーが流れた。まだ何かフラグがあるのか。
会計を済ませて商店街の通りに戻る。現実ではそろそろ夕飯の支度だ。現在は70代夫と二人暮らし。夕飯は当番制である。今日は私が作る番なので、リアル世界夕飯のメニューを考えながらバーチャル商店街をぶらぶらする。
新しいテナントが入ったらしいビルで引っ越し屋さんが作業していた。何か落ちた。通行人にはプレイヤーも混じっているのだが、誰も反応しない。財布のようだ。私は屈んで拾う。ゲーム内の私も70代女性だが、幸い腰痛は実装されていない。しなやかに屈み、優雅な動作で拾い上げる。
「落ちましたよ」
「あっ!ありがとうございます!」
爽やかに答えるNPCの引越し屋さん。財布から何かの紙を取り出して私に差し出す。
「これ、よかったら。今日までなんですけど」
商店街にあるゲームブースの体験チケットだ。案の定クエストである。よくある落し物クエストだが、目の前で落としてくれる親切ぶり。
ありがたく受け取ったチケットを手に、商店街のゲームブースに入る。受付に体験チケットを渡すとカプセル型のゲーム機が並ぶ部屋に案内された。簡単な説明を聞いてからカプセルの中に横たわる。自動で蓋が閉まって、体験が始まった。
私は森の中に立っている。風景はとてもリアルで、風も匂いも感じられる。RONoKの二次元風な風景とは全く違う。
私は、13世紀頃の農民みたいな格好である。頭からかぶるタイプの茶色いウール製チュニックだ。腰のあたりを革ベルトでとめ、ナイフと巾着型の財布をさげている。靴は革の袋みたいなブーツ。紐でくくって脱げないようになっている。
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