ブリザ雪原、氷の塔
石造りの分厚い壁をくり抜いた窓がある。窓辺には小さな木の机。机の上の青い本が光っていた。
見た目は簡略化された二次元だが、触れると確かな重みや手触りがある。真新しい紙とインクの匂い。どうやら活版印刷はある世界のようだ。
本のデザインは現代日本の無線綴ハードカバーだ。表紙には、洒落た装飾文字で『魔法使いになるには』というタイトルが書いてある。
本を開くと、最初のページにだけ文字が書かれていた。他のページも開けるが白紙である。
「ブリザ雪原にある氷の塔を調べよう。塔にある本を読んで知識を得ましょう」
一応はチュートリアルのクエストだった。ここはブリザ雪原というところにある氷の塔らしい。
「知識の本は青色です」
壁際には本棚もあって、青い本は3冊あった。背表紙の題名を読んでいく。
「魔法の種類、魔法の道具、魔法の材料」
中をめくる。
「魔法の種類。物語の魔法。作家になれる。これこれ」
魔法を使えない種族が作家になれるかどうかはわからない。また、この魔法の習得方法も記載がない。その他の水や火の初級魔法は、紫色の本を読めば習得方法がわかるようだ。この部屋にはない。
「魔法の道具。紙束。メモ、論文、手紙、設計図、絵画、文芸などに必要。なるほど」
机に引き出しはなく、最初から持っている持ち物は一切ない。フード付きの茶色いローブには空のポケットがふたつ。本が入る大きさではない。お金もない。
体力ゲージはないので、ゲーム内で食べる必要は無さそう。本棚と向かい合う壁際にベッドがある。触ると普通の硬さで、寝心地もまあまあ。
初期にお金を使うことはあまりないのかな。
「魔法の道具。羽ペン。魔法の文字を書くのに使う。これも要る」
羽ペンもこの部屋にはない。
「魔法の材料。葉っぱの繊維。紙に必要。そこから作るのか」
紙漉きの技術も必要なのかも?
「魔法の種類。魔法道具作成。魔法の道具を作る。まずはこれの習得方法を探さなきゃ」
この魔法も習得方法が出ていない。紫色の本とは別の方法のようだ。
「インクの材料や道具の詳しい作り方は載ってない」
「だいぶ余白があるから、見つけたら浮かび上がるかなあ」
この部屋で気になるところはこのくらいか。後でまた来てみよう。することがなくなったので部屋の外に出る。
部屋のドアは、上部が半円になっている分厚い木の扉である。鉄のバーを握って引けばギイッと軋んで内側に開く。扉の外はすぐ階段だ。踊り場が無く危ない。
階段は塔をぐるぐると降る。途中にいくつかの扉を見つけた。開くと作業場、書庫、倉庫、食堂などがあった。そこそこ人がいる。気さくな人が始めましてと言ってくる。私も挨拶して通り過ぎる。
塔の高さから見るとかなり部屋が少ない。おそらく手順を踏めばもっと扉が現れるのだろう。作業場や書庫で青い本を見つけた。
それによれば、水の魔法は井戸や川から水を汲み上げれば初級が身につくらしい。食堂で無料の水を貰う。習得魔法一覧には水の初級が載った。
火の魔法は何かしら火を貰えば初級が身につく。階段にある松明に手を伸ばしてみた。外せた。習得魔法一覧を調べると火の初級を覚えていた。基本は作家を目指す生活ゲームだ。いろいろとチョロい。
ぐるぐると回りながら石の階段を降りてゆく。少し他より大きめの扉を開ける。虚空から紙吹雪が降ってきて、華やかなファンファーレが鳴り響く。
「おめでとうございます。チュートリアルクエスト達成です!」
カラフルな文字と共に幼い子供を模した声がクエスト成功を告げる。
さて、外だ。寒い。フルダイブ型なので五感の再現も抜かりないのである。二次元風な景色のくせに。
意識を切り替えると自室のテーブルでコーヒーを飲んでいる。窓の外を見ればカラスが飛んでゆく。まさしく二重生活だ。
再び意識をゲームに戻す。雪原を見渡すと遠くに村らしき氷のドームが集まった場所が見える。種族特性の隠しパラメーターなのか、寒さは耐えられないほどではない。外は晴れている。しばらく歩いて気温が無理なら引き返そう。
引き返せない距離で凍えたら意識をリアルに戻せば良い。ゲームの遊び方としてはどうかと思われるかも知れないが、それが可能な仕様なのだから利用する。どうせ我慢できる範囲の寒暖差なんて序盤地域だけだろうし。
氷ドームの集落では塔の中より人がいたが、相変わらず殆どが魔法族だった。スタート地点のすぐ近くだからなのか、店先では種類も少なく安めの物品が売られている。紙束やペン、インクなどは見つからなかった。
ソリレース受付所、情報屋、配達人登録所というのがある。固定キャラが受付にいた。
最近のゲームではシステムが行動を支配するNPCと人間の見分けがつきにくいそうだが、このゲームはすぐわかる。
プレイヤー用のアバターは本物そっくりの頭髪である。色は非現実的だが、現実にもカラリングでさまざまな色に染める人だっている。そこまで不自然には感じない。
一方NPCは、髪の毛があきらかに作り物なのだ。ブロックごとに固まっていて、ギザギザと不自然なシルエットを見せる。動くとカクカク揺れるのだ。
他にも、今は入れないが後で入れそうなドームもある。氷のドームに分厚い毛織りの布が下がっており、準備中という札も出ている。
情報屋は有料。配達人登録も有料。ソリレースは無料。特にすることも無いのでソリレースにエントリーすることにしよう。まずはソリの使い方を練習する。犬が6頭。シベリアンハスキーっぽい謎犬だ。触ると少し硬い毛だった。好奇心満載に強い眼差しを向けてくる。可愛い。
犬橇を操るのは、なかなかに楽しい。レースは常時開催していて、参加者が1人でもNPCが対戦相手になってくれる。今回は走者5人のうち3人がプレイヤーだ。
「おふたり、これやったことあります?」
人懐こい人が聞いてくる。もう片方の人は無愛想で首を横にふるだけ。私は返事をする。
「初めてです」
「私もです。お互い頑張りましょう」
「はい、ありがとうございます」
軽く挨拶を交わし、レースは無難に始まった。初めてなので慎重にソリを走らせたが、それでも風を感じて爽快だ。犬が蹴立てソリが巻き上げる雪煙が、後ろへと流れてゆく。
結果、私は3位。無言の人が1位。気さくな人が2位だった。
「運が良かったですね!対戦相手がAIの時でも相手の強さを選べないらしいから」
気さくな人が情報をくれる。3人とも賞金を手にして別れる。
「それじゃ、またどこかで」
「はい」
無言の人は手を振って、情報屋に向かう。1位の賞金はそこそこの額。少しは情報を買えるだろう。気さくな人は集落をぶらぶらしながら、気の合いそうな人を探しているようだ。私はレースに何回か挑戦して、犬橇レンタル資金を貯める。看板に1ヶ月単位でのレンタルが出来ると書いてあったのだ。
犬橇を借りれば配達人バイトができるし、少し南の村まで移動出来そうだ。配達は別の町や村へ物品を届ける仕事だ。手軽に小銭を稼ぐ手段である。配達人の登録所は閑散としている。私と同期で魔法族のプレイヤーは少ないみたい。
魔法族は不人気なのかな?それとも、正式サービス開始後1年を過ぎて新規参加者が激減してるのかな。ちゃんと確認してないけど、そもそも人気がないのかも。
生活ゲームって、コレクターっぽい人が攻略し尽くしてすぐ飽きちゃうので、早めに廃れるイメージがある。知る限りでは、アップデートを待たずにさっさと離れる人が多い。電脳空間でダラダラしてるだけなんて、楽しむ人は限られてしまいそう。
お読みくださりありがとうございます
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