男は頭じゃなくて心で動くもの
読んで下さりありがとうございます。前回は微妙なところで区切ってしまいすみません。書くときにどこで区切ろうとか考えてなくて···。今回は区切りがいい所で終わってると思うので楽しんでください!
誰かが体を揺らしているのか、勝手に体が左右左右と小刻みに動く。
「誰ぇ?」
寝起きの声でそう問いかけると、
「お腹空いた。何か作って。」
そんな返事が返ってくる。
「分かったから。作るから揺らすのやめてぇ。」
「ほらやめた。だから、早くご飯。」
「はいはい。」
緩慢な動きで立ち上がり、布団をたたみながら不満を口から吐き出す。
「はぁ、作る側の気持ちも少しくらい考えてくれても···。」
目覚めたばかりで靄のかかった頭が少しずつ晴れだし、おかしなことに気づく。
「この家には、僕一人で住んでたはずじゃ···。」
ギギギと油のさされてない機械が動く時のような音を出しながら声がする方に顔を向ける。
そこには、先程夢で見たはずの少女が既に机の前に座っていた。
「何だ、まだ夢の途中か···。」
起きなくてもいい時に起きなきゃいけないような夢を見る時はある。だから、やれやれたまにこういう夢を見るよね、そんなふうに思いながらもう一度布団を敷き寝ようとすると、
「そのくだりはさっきもやった。それに、お腹すいたから早く起きて。」
「嫌だ、ここはきっと夢の中なんだよ。」
ここまでやっておいてなんだが、自分の中で薄々とこれは現実だと分かっている。しかし、それを認めたくなくて現実逃避するように布団を頭からかぶり外の声をシャットダウンするが、
「布団から出てこないならこっちも強硬手段を取らせてもらう。」
少女は僕が寝る布団の前に立つと手巻き寿司のように僕を掛布団でクルクル丸めてそのまま、
「よいしょ。」
「うわぁぁぁぁ!」
そのまま掃除に使うコロコロのように転がされ、一体どこに転がされたのだと目を回しながら周りを見るとそこは台所だった。
「とりあえずご飯。」
「···はい。」
現実とは逃げても追いかけてくるものなのだと知ったある春の朝であった。
「で、そろそろ説明して欲しいんだけど。」
口いっぱいにご飯を頬張る少女に対してそう尋ねる。
「···ごくん、何が聞きたい?」
「さっきから動いてる頭の耳が偽物じゃなくて、昨日連れて帰った猫が見当たらないことからもしかして君は···。」
「ん。その猫、私。」
「軽っ!」
「小豆洗いが小豆洗うくらい当然のことだったから。」
「何その例え。」
「隔世ではよく使われるよ?」
「そんな当然のようにローカルネタ使うのやめてくれない?そもそも隔世って何?」
「私たちが住んでるところ。」
「···私たちって?」
「本当は気づいてるんじゃない?」
スっと猫のように視線を細めてこちらを見る。
本当は分かってたのかもしれない。しかし、あまりにも荒唐無稽で非現実的なことだったため受け入れられずにいた事実を突きつけられる。
僕の動揺を感じ取ったのか少しだけ両頬を持ち上げ弧を描くと、静かに囁くように彼女は現実を教える。
「私みたいな妖怪たちってこと。」
悪寒が走る。これから何をされるのか分からず、僅かに腰が引け、気づけば座りながらも後ずさりしてしまっていた。
妖怪と言えば人を襲ったり、食べたりするのもいる。
だから、もしかしたら目の前の子も···。
「ん、いい反応。満足した。」
その一方で、僕にそんな行動を取らせた彼女は先程の笑いとは違うホクホクとした笑顔でご飯を食べ始める。
「え?」
何かされるのではないかと身構えていた僕は毒気を抜かれてその様子をボッーと見るが、我に返り率直な質問をぶつける。
「えっと···、妖怪って僕を食べるとか人間を襲うとかそういうのじゃないの?」
「そういうのもいる。けど、普通に考えて自分たちが生まれる源を殺すわけない。」
「生まれる源?」
「そう、私たちにももちろん親はいる。それとは別に私たちが生まれ、生き続けるために必要なものがある。それが俗に言われる妖力。」
「漫画とかに出てくる魔力とかと同じ?」
「まりょく?というのが何か分からないけど、妖力は人が何かを恐れる感情の上澄みのこと。それが大部分で、後はそこに何かがいると信じ、想像する力が僅かに混じってるらしい。」
「へー、だからそれを生み出す人間は源って言うわけか。」
「妖力は妖術として形を持たせて外に出すことも出来る。使える妖術は種族によって異なってて、減った分の妖力はちゃんと少しずつ回復するけど、もし使い切ってしまえば妖怪は体を保てなくなって最悪消える。」
「なるほど。妖術っていうと――」
普通なら到底信じられるはずのない話の連続だ。しかし、猫が人になっているという本来ならありえない状況に常識のようにそれらを語る彼女。それらは彼女の話すこと全て本当のことだと信じさせるには十分だった。
まるで初めて宇宙の話を聞いた時と同じ衝撃と高揚が襲う。
もっと色々聞いてみたい。
そんな思いが生まれる。
(それに、こうしている間は···。)
心にぽっかりと空いた穴が埋められる気がした。
(こんな時間が続けばいいのに。)
そんなことを考えてしまう。
「っ!」
僕が心の中で色々考えていると目の前の彼女は突然立ち上がった。
「ど、どうしたの?」
「···ごちそうさま。昨日からお世話になったけどそろそろここを離れる。とても助かった、ありがとう。」
「え?どこに行くの?」
突然、早口で別れとお礼を告げる彼女に戸惑いながらそう尋ねる。
「さっきも言ったけど、私がいるべきは隔世。今は何かの間違いで現世にいるけど、私はお父さんやお母さん、友達がいる場所に帰りたい。だから、帰る方法を探さないといけない。」
「な、何か手がかりはあるの?」
「無い···、だけどここにいても見つからない。私はもう行く。」
「で、でも···そうだ!体の傷は!?」
「もう大丈夫。」
「···そっか。」
少し期待していた。彼女も帰る場所が無いんじゃないかと。もしかしたら、また騒がしい日々が戻るんじゃないかって。でも、彼女には帰るべき場所があって、彼女もそれを望んでいる。であれば、
「元気でね···。」
「うん、あなたも。」
振り絞るようにして、出した別れの言葉に彼女は何でもないように返すとこちらに背中を向けて歩き出した。その淡白さがどこか猫っぽくて、少し寂しかった。
遠くなる背中をただ眺めていると、彼女は立ち止まりこちらに顔を向けた。
「···私の名前は紫、猫又の紫。もう会うことは無いかもしれないけど、縁だけでも私がいたことを覚えてて。」
「あ···どうして僕の名前···いや、どうでもいいよね。うん!覚えてるよ!絶対忘れないから!」
その言葉はどこか悲しそうに聞こえた。だから、何とかして元気づけようと僕は声を上げて見送った。
そして、今度こそ彼女は振り向くことなく門から出ていった。
「行っちゃったか。」
元々、広い家だったがこうして一人でもいなくなると一段と広く感じる。何かしていないとそんなことばかり考えてしまいそうだったので、朝ごはんに使った食器を片付け始めた。
ガシャガシャと食器同士が擦れ合う音が静かな家に響く。
(それにしても、彼女が妖怪か。見た目はともかく話した感じ人と何も変わらなかったな。)
確かに頭に猫のような耳は生えていたものの言葉も考え方も人と何ら変わらなかった。
(それに、妖怪が住む隔世か。どんな感じなんだろう。そこまでこっちの世界と変わらないのかな?でも、お店を開いてるのが妖怪だったりするのか···。ちょっと気になるな。)
もしかしたら、会社員の妖怪もいるかもなんてことを考えて一人で笑っていたが、突然あることを思い出した。
(あれ?そういえば、紫はどうして怪我してたんだろう?妖怪の話に引っ張られてそっちを聞くのを忘れてたな。妖怪である彼女を路地裏にいる動物が傷つけることができそうじゃないし、ましてや普通の猫や事情を知らなければコスプレしてる人にしか見えない彼女を傷つける人間もいないだろうし···。)
そうして、彼女が傷ついていた理由について思いを馳せていると、
「ん?」
何かが体の中を通り過ぎたような気持ちの悪さを感じて身震いが起こる。普段なら気にもとめなかったであろうそれに、先程のこともあり過剰に反応する。
(もしかして、これが虫の知らせってやつ?何か悪いことが起きる前兆だったりして···。)
ありもしないことを頭の中でつらつらと考える。初めは、食器洗い中の手慰みのようなものであったが、段々と不安になってきた。特に紫のことについて考えてる時に起こったことのため、彼女にもしかして何かあったのではと考えてしまう。
(きっと何かの思いすごしだろうし、今から追いかけて会ったとしてもなぁ。さっき別れたばかりなのにどんな顔してあったらいいかも分からないし···。)
うーん、とうなりながら悩むがふと炊飯器に残ったご飯を見て思う。
(そうだ、微妙に残ってるしこれを届けてあげるって名目でちょっと様子を見に行こう。何か困っているかもしれないし。うん!そうしよう!)
テキトーな理由をつけておにぎりを握り、戸締りをしっかりしてから家を出た。
「天気悪いな。」
さっきまでは晴れていたはずなのに何だか天気はどんよりとしていてこっちまで気が沈みそうになる。そんな気持ちを打ち消すように、少しだけ早足で恐らく紫が進んだであろう方向を目指す。
所々、路地や分かれ道もあり本当にここを進めば彼女に会えるのか分からないが少しずつ積み重なる不安感に急かされ、足を動かす。ただ進むことしか考えてなかったせいで、普段なら気づいたであろうおかしなことにしばらく経ってから気づいた。
(あれ?人が全くいない?)
そろそろ昼時という時間帯でいつもなら買い物に出かける人や遊びに行く人がいるはずの道に誰も居ないのだ。さすがにどこかテキトーな家に押しかけて理由を聞くなんてことをできる訳もなく、その不気味さから目を背けて歩くしかなかった。
そして、見慣れたはずの大通りが見えてきた瞬間予想だにしなかったものが目に入る。
(なに···これ?)
先程までと同じく人一人いない状況なのは変わらないが電柱は何か大きなものが当たったように凹み、地面はひび割れて黒ずんでしまっていた。目に入るお店もシャッターは破壊され、品物も地面にちらばっているというものだった。
「何が起こってるの···?」
呆然とその現場を見るしかできないが、僕の耳は確かに何かが壁にぶつかるような音が聞こえた。
僕は導かれるようにその音が聞こえた場所を目指して走った。
「はぁ···はぁ···はぁ。」
その場所は昔、じいちゃんによく連れて行ってもらった駄菓子屋の前だった。そこには、昨日見た白い毛色をした猫と軍服のようなものに身を包んだ男が向かい合っていた。
きっと、その猫は紫であろう。しかし、もう1人の男が誰か分からない。それに遠目ながら紫はあった時と同じように項垂れように倒れている。
(た、助けないと···!)
そう思い足を踏み出そうとした時、軍服を着た男が手を前に出したかと思うとそこから大きな火の塊が出現した。
(え?···今、あの人があれを出した?もしかして、黒ずんでいたのは炭になったということ?大通りのあれらはあの人のせい?)
超常現象を前に、思考が逸れる。そのうちに、その火の塊は紫へと向けられて···
(や、やめ···!)
声に出す暇なくそれは紫の足へと着弾する。
痛みをこらえるようにくぐもった声が僅かに耳に入る。
何が起こってるか全く分からないが、助けなきゃと思い足を動かそうとする。
(あ、足が···。)
なぜか考えたこととは反対に足は前に進まない。
視線を下に下ろすとただただ小刻みに震える自分の足だけしか無い。あの男が何かしてるわけでも、何かが邪魔してるわけでもない。僕の足は恐怖によるすくみで動けないだけだった。
(動け···動け···!)
心の中でそう叫ぶが足の震えは止まらず、前に出ない。
見ているだけでも怖い、あの火の玉がもしあの前に立てば自分へと飛んでくるのだ。当たればタダでは済まない。死ぬかもしれない。生物であれば恐れるべき死というものが目の前にある。
呼吸が荒くなり、視界がどんどん狭まっていく。
冷や汗は頬を伝い、地面へと落ちる。
(ど、どうしたら···。)
何かしないといけないのは分かる。だけど、何をしたらいいか分からず時間だけが過ぎていく。
何が正解なのか分からない。そして、何より不正解を選んでしまうことも怖い。もう僕には導いてくれる人が、正解へと手を引いてくれる人はいない。何かを選べばその責任は自分へと返ってくる。そんな当然のことが怖い。
「はぁ···はぁ···はぁ。」
呼吸が上手く出来ず過呼吸気味になる。
(助けないと···でも、あれに当たったら?他に誰か呼んでくれば···この騒ぎで誰も来ないなら近くに人はいないんじゃ?見なかったことにして帰る?それじゃあ、紫が死んでしまうかもしれない···。)
取るべき行動を次々と頭に浮かんべては自分でそれを否定する。前に進むことも戻ることも出来ずにただ大きくなる火の塊を見ることしか出来ない。
「あ、あぁ···。」
考えるだけで動けもしない自分が情けなく、声が漏れる。
(このままじゃ、紫も死ぬ?)
···じいちゃんと同じように?
少しずつ元気が無くなっていき、最後には動かなくなったじいちゃんと重なる。
心が絶望に包まれる。それに身を委ねて、膝から崩れ落ちそうになると同時にじいちゃんの最後の言葉を思い出した。
『大事なものを見失うなよ。』
『人というのは一時の感情に流され、自分の大事なものを見失うことが往々にしてある。そして、後からそのことを悔やむ。お前はそうはなるなよ。』
『だが、困ったことにお前は考えすぎるきらいがある。もし、考えすぎてどうすべきかわからなくなった時は一つだけ自分に問いかけろ。最も大事な質問を一つだけだ。その答えによってどうすべきか考えたらいい。』
一度しか聞いたことが無い言葉。なのに、一言一句間違えることなく再生出来た。その言葉はすんなりと暗闇に包まれていた僕の心に入り込んだ。それに、少しずつだが震えも止まる。
その言葉に従うように頭を回し始める。
(ぼ、僕が取るべき行動···、それに自分にとって大事なことを一つだけ考える。そうすればこの場での答えが出るはず···。)
さっき撃ったもの以上に大きくなる火の玉が目に入る。それを前に動くことが出来ない紫のことも。走馬灯のように昨日からの記憶が脳裏をよぎる。
路地裏で倒れていた彼女。
ご飯を夢中で食べる彼女。
一緒に眠っていた彼女。
自分勝手な彼女。
最後に名前を教えてくれた彼女。
昨日から始まった非日常的な状況の中心には彼女がいた。苦労もした、騒がしかったし困ることもあった。でも、
(···楽しかったんだ。)
彼女との出会いが無ければ僕は今もじいちゃんを失った悲しみに囚われたまま死んだような日々を過ごすことになっていただろう。まだ何も答えは出てないけどこれからを考えさせてくれるきっかけとなったのだ、彼女は。
きっとそれは意図したものでは無いだろう、だけど···。
(僕は感謝してるんだ、なのにまだお礼も言えてない。)
ふっと肩に入っていた力が抜ける。足の震えは完全に止まった。要らないもの全てが削ぎ落とされたった一つの質問が頭に残る。
『紫が死んでもいいのか?』
先程までの震えは嘘のように止まり、自然と足は前へと進む。答えは決まったから。
応援があれば嬉しいです!




