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雪月梅花  作者: 夏野
16/61

十六

「誰が男二人で花見に行きたいかって話ですよ」


新之介は腹痛を起こした後、それは演技だったのだが、駕籠で満月屋に引き返していた。


「しかし冬野さまは、まるで仙女にでも会ったような反応でしたね」


「これ、あんた」


太一を(たしな)めるかやも、表情は緩んでいる。


「まあ今ごろは私の甲斐あって、二人で楽しんでいることでしょう。

私も、楽しみさせていただきますよ」


これはあらかじめ頼んでいた、太一が別に用意した弁当を持った。


可愛い妹が首を長くして待っている。

桜が散ってしまう前に、大切な人と分かち合いたい時間を、それぞれが……






「風もなくて良い天気ですね」


「ここのところ曇り模様やらにわか雨でしたが、晴れてよかったです」


席を落ち着けた冬野と千夜は、頭上の空の青いことに目を細めてることもそこそこに、風呂敷をほどいて重箱を開けた。


ぎっしり詰まっているのは稲荷寿司で、満月屋の名物でもあった。

次の段には卵焼きに豆腐とこんにゃくの田楽、野菜の和え物や煮物、焼き魚など、とりどりのおかずが顔を出す。


「早く、食べましょう」


冬野は待ちきれない調子で言った。


ちなみに冬野は酒を(たしま)まないのでお茶を用視してきたのだが、千夜は早速と用意する。

取り皿やお箸も渡されたところで、冬野は千夜が自身の分を用意していないことに気がついた。


「お千夜さんも一緒に。もともと、そのつもりでしたから」


まさか本当に給仕をさせようと思っていたのではないという冬野の心遣いを千夜はわかっていたが、千夜はそうしようとはしなかった。


「私はお給仕で来ただけですから」


「一人では食べきれません。太一さんが作ってくれた料理を残してしまうのも申し訳がないというものです」


冬野は次々とおかずをつまんで乗せた皿を千夜の手に渡した。


「これでは私が食いしん坊みたい……」


けれどうれしそうに笑う千夜を見て安心した冬野は、自身の皿もてんこ盛りにしている。


「「いただきます」」


二人は稲荷寿司の上に乗った花弁をそのままに、ぱくりと頬張った。



「どいつもこいつも浮かれていやがる」


花見客を尻目にずんずんと歩を進めるのは、北町奉行同心の荒木音十郎である。

浮かれ季節に関係なく町廻りをするのが勤めであり、花見や祭りともなれば、()りや喧嘩で出番となるのが常であった。


なので音十郎は向島などの花見の名所を見廻っていたのだが、その後ろについている小者が、おやと何かを見つけた。


「旦那、あれは……」


音十郎たちが見つめる先には、知り合いの二人が肩を並べている。

どこから見ても男は武士で、女は町娘であった。

不釣り合いな二人は花見の陽気に溶け込んでいて、周りの人たちからは違和感を抱かれていなかった。


「誰かに見つかっても俺は知らねぇよ」


そう言いながらも、見つかっては野暮だろうと音十郎は歩みを進める。

音十郎は、それ以上は何も詮索しなかった。



「あら、お口に……」


食べかすがついている冬野の頬に、千夜が手を伸ばす。

花より団子の冬野はいささか恥ずかし気にしてみせると思っていた千夜の予感は外れた。


不愉快そうではないが、触れられることを内心(いと)っているのかもしれない。

しかし指先はもう触れてしまって食べかすをすくい取る。


千夜はその指をすぐに離そうとした。

離した刹那に千夜の手首は冬野によって(にぎ)りしめられた。

親指で掌を()ぜて、再び触れさせようと引き寄せる。

しかし千夜の指に伝わった感触は柔らかいもので、それが舐められる感触だとわかると、冬野の口の中におさまった自身の指を見て、千夜の顔には一気に赤みが増した。


長い時間を堪能(たんのう)することなく、すぐに指を離した冬野は美味しいですねと、余裕のある言葉を言おうとしたのだが、いかに自分がいやらしい行為をしてしまったと、何も言えなくなっている。


二人は互いに背けるようにして、箸も動かせないまま、しばらく無言だった。


その子どもに気づいたのはどっちが先だったか、指をくわえて冬野たちの前に広げている弁当を見ている女の子がいた。


「たまご……」


二人はようやく顔を見合わせて、千夜が言った。


「いらっしゃい。たくさんあるから食べていいのよ」


はにかむ顔が可愛らしい女の子は草履を脱いで、招かれるままに冬野と千夜の間に座った。

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