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雪月梅花  作者: 夏野
11/61

十一

梅見当日、新之介は一人、高村家を訪れていた。


「実は今からお隣の戸次家で梅見をするのです」


「わざわざ足をお運びくださったのにごめんなさいね……冬野はまだ、出られませんの」


答えたのは、冬野の母の(れん)である。

新之介は冬野と子どもの頃からの知己(ちき)なので、当然蓮のことも見知っていた。


「どうか、(わず)かな時間で構いませんので、冬野の部屋の障子を開けてはくれませんか」


すべては左馬之介の計らいであった。

冬野と千夜がお互いに、何がしかの気持ちを持っているとは、本人からも新之介からも、左馬之介には言っていない。

にもかかわらず、左馬之介は持ち前の(するど)さで、二人の仲を見抜いていた。



「伊東家に恥をかかせてはなりませぬよ」


富美は千夜にぴしゃりと言い放つ。

宴の前に、千夜は髪型から服装まで武家風に施されていて、表向きは左馬之介の知り合いの旗本の、息女ということになっていた。


気合を入れて千夜をおめかししたのは、富美である。


「あまり緊張させるな……」


左馬之介は安心させるような笑みを千夜に落として、宴は幕を開けた。



自室で学問三昧の日々を送っていた冬野は、一つ溜息を吐いた。


千夜が伊東家に預けられていることは知っていて、気軽に会えると踏んでいた矢先、父に謹慎を命じられ姿を拝むことさえもままならない。

体調は良くなったのか、不都合はないかと、どれだけ心配したところで、確かめる術はなかった。


早く、会いたくて(たま)らない。


そんな鬱蒼(うっそう)とした日々を過ごしていた冬野の元に蓮がやってきて、部屋の障子戸を開け放った。


「母上……?」


「先ほど新之介さんがお見えになられて、お隣で梅見をするのですって。

琴の演奏があるから、冬野にも聴かせたいって言ってくれましたのよ」


(琴……)


もしかしたらと、冬野は思った。


千夜はもう琴は弾きたくないと言っていた。

そもそも千夜は梅見に招かれているのだろうか。

招かれていたとして、千夜が演奏するのだろうか。


琴を弾くのは、千夜ではないのかもしれない。

でも、新之介はわざわざ琴に興味もない自分に、演奏があることを教えてくれた。


思い描いた希望は、学問が身に入るわけもなく、しばらくして琴の音が聴こえてきた。


「まあ、高名なお師匠さんでも来ていなさるのかしら……」


蓮が思わずそう漏らしたのは、冬野ですらもはっきりわかるほどに、その琴の音があまりにも玲瓏(れいろう)だったからである。


琴の音に聞き惚れるなど、初めてだった。


どうして千夜は、この琴を弾いているのが千夜だとしたら、もう弾きたくないなどと言ったのだろうか。

こんなにも心動かせる音色を奏でられるのに、何故……


激しい曲調は、千夜の冬野への想いそのものだった。

焦がれる人はすぐ近くにいるのに、届かない。


冬野はそっと、庭に咲いている梅を見た。

春の(さきがけ)(はかな)いほどにこぼれている。


きっと、同じ季節が巡るたびに、梅を見ては千夜を思い出す。

琴の音と共に……

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