一
頼りない雪片たちは降りやまずに、辺りの色を奪ってゆく。
街角にあるのはありふれた小さい稲荷神社で、社の前には女が一人立っている。
女は白い息を吐いて、身体が冷える実感をうれしく感じていた。
眼前にある社に手も合わせず、傘をささずにただ立ち尽くすこと四半刻、ひたすらに願ったのは体調を崩すことだった。
死ぬことない程度に、けれど立ち上がれないほど、苦しみたい。
そんな女の愚かな願いを、誰が想像できるだろうか。
「待ち合わせですか?」
ぼんやりしていた女の頭の中に、声が入ってきた。
振り向けば、若い侍が傘を差し出して、少し気づかわしそうに見つめている。
随分と前から雪は降り始めていて、傘を持っていないというのは不自然だと、少し考えればわかることだった。
それというのも女の格好は遠い所からやって来たという身形でもなかったので、途中で雪に降られたというわけでもない。
だが男は、訝しがりもせずに、女の長い睫毛に乗った雪化粧を見ていた。
顔立ちは整っていて、歳は十七、十八くらいに見える。
思わず雪を拭ってやりたくなるも、何も言わない女にどう声をかけたものか迷う気持ちの方が勝った。
もしや女は新手の信仰か、よほどの願掛けをしているのではと思ったりもしたが、やはり何も言わない女の目的は知れぬところだ。
「どうぞ」
男は差し出した傘を、さらに女の手元に持っていった。
やがて躊躇いながらも女が傘を受け取って、零れた男の優し気な微笑みに、女は目を伏せた。
再び女が目を上げたときには、男は自身が纏っていた羽織まで肩にかけてきたので、ようやく声が出た。
「……大丈夫、ですから」
鈴の鳴るような声だと、男は思った。
「かような恰好ではお身体を崩してしまいます」
「貴方がお身体を壊しては、元も子もありません」
「私は、丈夫な質なので」
女が先の言葉を言うよりも、男は軽い足取りでその場を去った。
引き止める言葉も出ずに、身体も動かなかったのは、寒気にやられてしまった所為である。
羽織をぎゅっと握りしめて男の体温を求めたが、すでに温度は失せていた。
かなり離れたところでくしゃみをしていた男は、意気揚々としていたところに何とも締まりがない様であった。