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雪月梅花  作者: 夏野
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頼りない雪片たちは降りやまずに、辺りの色を奪ってゆく。


街角にあるのはありふれた小さい稲荷神社で、社の前には女が一人立っている。


女は白い息を吐いて、身体が冷える実感をうれしく感じていた。


眼前にある社に手も合わせず、傘をささずにただ立ち尽くすこと四半(とき)、ひたすらに願ったのは体調を崩すことだった。

死ぬことない程度に、けれど立ち上がれないほど、苦しみたい。


そんな女の愚かな願いを、誰が想像できるだろうか。


「待ち合わせですか?」


ぼんやりしていた女の頭の中に、声が入ってきた。

振り向けば、若い侍が傘を差し出して、少し気づかわしそうに見つめている。


随分と前から雪は降り始めていて、傘を持っていないというのは不自然だと、少し考えればわかることだった。

それというのも女の格好は遠い所からやって来たという身形(みなり)でもなかったので、途中で雪に降られたというわけでもない。


だが男は、(いぶか)しがりもせずに、女の長い睫毛に乗った雪化粧を見ていた。

顔立ちは整っていて、歳は十七、十八くらいに見える。

思わず雪を拭ってやりたくなるも、何も言わない女にどう声をかけたものか迷う気持ちの方が勝った。


もしや女は新手の信仰か、よほどの願掛けをしているのではと思ったりもしたが、やはり何も言わない女の目的は知れぬところだ。


「どうぞ」


男は差し出した傘を、さらに女の手元に持っていった。

やがて躊躇(ためら)いながらも女が傘を受け取って、零れた男の優し気な微笑みに、女は目を伏せた。

再び女が目を上げたときには、男は自身が(まと)っていた羽織まで肩にかけてきたので、ようやく声が出た。


「……大丈夫、ですから」


鈴の鳴るような声だと、男は思った。


「かような恰好ではお身体を崩してしまいます」


「貴方がお身体を壊しては、元も子もありません」


「私は、丈夫な(たち)なので」


女が先の言葉を言うよりも、男は軽い足取りでその場を去った。

引き止める言葉も出ずに、身体も動かなかったのは、寒気にやられてしまった所為(せい)である。

羽織をぎゅっと握りしめて男の体温を求めたが、すでに温度は失せていた。


かなり離れたところでくしゃみをしていた男は、意気揚々としていたところに何とも締まりがない様であった。

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