『お嬢様と女王様』
ガラス片を握る小さな手は、自分の手も切れてしまうのではないかと思うくらい力が入っていた。真剣な眼差しを真っすぐに受け止めたカリメロは、特に構えることなくしゃがんだまま子供の次の動作を待った。
「お前をこれで刺すことだって、本当は簡単なんだ!」
「それは恐ろしいですね」
子供はガラス片を振り上げ、止まった。
そして、ゆっくりと降ろされた手がカリメロの目の前で止まる。
「……拾ってくれたのですか?」
「知らん」
子供はぶっきらぼうに言ったきり黙ってしまった。カリメロは少し微笑んでからそのガラス片を受け取った。
「ありがとうございます。ですが、ここの作業は怪我をする可能性が高いです。見えないくらい小さなガラスもありますからね。あなたには後で話があるでしょうから、私の部屋で待ちなさい」
「子供扱いするな」
「あなたは子供です。当然の扱いでは?」
子供がカリメロに言い返そうと口をパクパクさせている。感情が先走り、それを表現する言葉をまだ知らないようだ。
「あの部屋には、夜食用にお菓子があります。食べてて良いですから」
「……どこにあんだよ」
「ベッドの下に隠してある、ブリキ缶の中です。全部食べてはいけませんからね」
「うるさい、命令するな!」
子供はペタペタと大きな足音を立て、食糧庫を離れていった。足音が階段を昇るのを確認してから、カリメロはまた自分の作業に、何食わぬ顔で戻った。
「それはそうと、昨晩の話をもっと聞かせてくださいよ」
「いやいや待て待て」
さすがに私も流せなかった。流せるわけがなかった。
「なんであの子供があんなに素直になってるのよ!?」
「素直? あれがですか? ただの悪ガキじゃないですか」
「確かに悪ガキではあるけど、昨晩と変わり過ぎじゃない!」
てっきり本当にガラス片で刺してくると思っていた。それどころか、部屋のお菓子を餌に使ったとはいえ自室に戻らせたのだ。どんな躾をすればこんな短時間で狂犬を手懐けられるというのか。
「もしかして……本当に襲ったんじゃないでしょうね……?」
「冗談はよしてください。私はプロト様みたいな人がタイプなのですから。メリアお嬢様じゃなくて私がプロト様と同室になっていれば、もしかしたら襲っていたかもしれませんねぇ」
このメイドはなんて恐ろしいことを言うのだろうか……。綺麗な顔でわざとらしく悪そうな笑みを浮かべるから、信じていても危機感を覚えてしまう。
「なんて、プロト様は私に興味が無いようですからご安心ください」
「驚きはしたけど危惧はしてないわよ」
「メリアお嬢様の男を奪おうなんて微塵も考えてませんから」
「ただの家族だから。あなたもプロトも等しくね」
「等しさは常に正しいとは限りませんからね~?」
意地悪な声が私の心を撫でた。
「メリアお嬢様、手が疎かになってますよ?」
「あ、ごめんなさい」
慌てて片付ける手を速めた。
「プロト様からは、何か聞いていないのですか?」
「……」
カリメロは改めて問いかけて来た。その口調は先ほどとは変わっていて、本当に確かめたいという気持ちが汲み取れてしまう。そうなってくると、私も適当に答えるわけにはいかない。
少しだけ黙ってから、重い口を開く。
「プロトは、言葉にしないけど私のことを率先して守ってくれるし、私が言ったことに対して、納得していなくても受け止めてくれたりして、優しさを凄く感じるわ。でも正直、男性と親しくなることなんてなかったから、この自分の感情が友愛なのか恋愛なのか分からない。でも、怪我をしたら心配だし、楽しそうにしていたら嬉しいし、プロトの気分や行動に私の気持ちも左右されている自覚はあるの。でも、言い訳とかじゃないんだけど、この感情はカリメロにもあるし、従業員みんなにも同じように、彼ら彼女らの喜怒哀楽に私の気持ちも動かされる。だから、本当に分からない。今確実に言えるのは、本当に大切な人物として気になるってだけ。大切の枠組みは確立してないけど……」
「そうですか……」
自分の中でも整理されていない考えを極力整えながら吐き出してみたが、自分でも何を言っているのか良く分からない。それでも、カリメロには相談してもいいと思った。私の一番の親友だから。
この子は、こういう話を絶対に笑ったりしない。重要な時は、誰よりも真剣になってくれる。
今だって真面目な顔で頷き、う~んと首を傾げていた。
「……大変申し上げにくいのですが、よろしいですか?」
「うん、あなたの意見なら素直に聞けるわ」
「私が聞きたかったのは、泥棒事件についてのプロト様の見解なのですが……」
「…………」
「私が悪いのです。勝手に話題が終わったと思い、特に主語を付けずに質問してしまったのですから」
「…………」
「でも、それはそうですよね。なんせ昨晩は、異常事態とはいえプロト様と二人で一晩共にすることになったのですから、メリアお嬢様の脳内はその事でいっぱいですもんね。分かります。分かりますよ。私が悪いのです」
「…………」
「うわ……びっくりするくらい手際が良くなってるじゃないですか。アンドロイドも顔負けの精密な動きじゃないですか。もはや怖いですよ。怪我しないでくださいね」
あの子供のことを言ってる場合じゃなかった。私も、今の感情を言い表せる言葉を知らない。もう顔から火が出ているに違いないほど熱くなった頬の熱を感じながら、黙々とガラス片や果物などの片付けをする。
「……えっと、メリアお嬢様」
「……何よ」
「ドンマイです☆」
「あなたのそういう所は本っ当に嫌い!!」
拾ったガラス片を全部投げつけてやろうかと思った。
私は優しいから我慢したけどね。カリメロと違って意地悪じゃないから!!




