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文殊

 夜道に響くのは人の足音だけ。


 行き交う人はちらほらいるが、みな仕事の疲れや肌寒さから、背中を丸めながら静かに歩みを進めるため、誰の声も聞こえない。遠くで犬が遠吠えをしている。元気に響く遠吠えが数回響いた後、急に止んだ。飼い主に怒られたのだろうか。




 俺は軽い足取りで行き交う人を躱し、あっという間にサンの家に着いた。


 この家をまじまじと外から見たことはなかったが……ボロいな。


 所々壁とかに隙間もあるし、そもそも家というより小屋だ。中の灯りも洩れ、光の筋が小屋から数本伸びている。絶対風邪ひくだろ、これ。




 そして、気のせいでなければ、小屋の中から人の声が聞こえる。サン一人ではない。誰か先客がいる?




「しまった。別件があったかな」




 やはり事前に一言言っておくべきだったか。


 悔みながらも、いったん扉に手をかけた。ちょっと聞いてみて、忙しそうならまた後にしよう。




 頼りないくらいグラつくドアノブを捻って扉を開く。室内の明るさに少しだけ目が眩んだ。




「よぉ、サン。今日は空いてるか?」




 返事が無いが、俺の声に反応して話し声が止まった。


 数秒して、部屋の床が勝手に動きだし、うっすら埃をまき散らしながら隠れ階段が現れる。そして、そこからヒョコッとサンが顔を出した。




「え、プロトじゃないか! どうしたの急に」




 俺を見るなり、サンはわざわざ駆け寄って俺の手を握った。




「冷たいじゃないか。寒くなかった?」


「ちょっと寒いが、問題ない。ぼちぼち簡単なメンテナンスでもしてもらおうと思ってな。だが、先約がある感じか?」




 サンに聞くと、まったく問題ないと首を横に振ってくれた。




「全然大丈夫だよ。特に仕事の話とかをしているわけでもないし。話し相手が来てたんで、少し盛り上がっていたんだ」




 酒が入っているのか、ほのかにサンからアルコールの匂いがする。この間のレストランのように悪酔いしてない様子を見るに、酒の量は適切なのだろう。


 この寒い部屋でポカポカとした体温をしたサンの目元は、心なしかクマが出来ていた。




「最近寝不足か?」


「いつも通りさ」




 寝不足ではない、とは言わなかった。




「そんなことより、早く地下へ行こう! ここは寒いからね。地下なら暖房も効いてて、結構快適なんだよ?」


「部屋の空気が淀みそうだな」


「ちゃんと通気口も作ってるし、常に新鮮な空気が循環するように設計してあるって。僕を誰だと思ってるのさ」




 サンは大げさに胸を張り、力強く胸を叩いた。




「アンドロイドを作った人なんだよ?」




 その満面の笑みは、今まで失敗を繰り返してきた男が初めて成功を掴んだことで得られた表情だ。つい、俺もつられて笑ってしまった。




「そうだったな。偉大な科学者様に、余計な心配だったな」


「人に言われると照れちゃうから……」




 火照る頬を抑え、逃げるように隠し階段へと進んだ。




「ほら、早く行こ!」


「あいよ」




 俺もサンについていく。俺が隠し階段を進んでいくと、勝手に入り口が閉まった。そして、足元を照らすように白い電球が両側の壁の下側に連なって光り出す。優しい光が目に刺さることもなく、危なげなく暗がりの階段を照らしてくれた。




 そして、地下に着く。




「あれ? ウェイターさんじゃないか! こんな所で会うなんて奇遇だね!」




 そこにいたのは、画家のリンドウだ。


 今日も絵具に塗れた服を着ている。地下の研究室が白を基調とした空間なので、かなり浮いた印象を受けた。




「悪いな。二人で楽しんでる所に」


「ぜんぜん良いさ! むしろ、人数は多い方が楽しいってものさ!」




 リンドウは自分の近くにあった紙コップに適当なお酒を注ぎ、微かに千鳥足で俺へ酒を持ってきてくれた。危うくつまずきそうになるリンドウの酒だけ、先に受け取る。




「ありがとう。だがリンドウ、お前は飲みすぎじゃないか?」


「いやいやまだまだ! そもそも酔うためにお酒を飲むんだから!」




 いきなり肩を組まれ、酒が零れそうになった。これ以上持っていても、いつか零すことになるだろう。一気に口に流し込み、味わうこともそこそこに飲み込んだ。




「あれ……これ美味いな」




 安い酒かと思って雑に飲んでしまったが、口に残る余韻がどうも俺好みだった。




「美味しいでしょ? それ、俺の親父が貰って来たやつなんだけどさ。親父は家じゃ一切酒を飲まないから、貰って来たんだ!」




 リンドウが俺から紙コップを奪い取ると、また注いでくれた。


 これは、本当に朝までかかるかもしれない。




「こんなに酒を飲んで、リンドウは大丈夫なのか?」


「なんか、親と上手くいってないみたいだよ。その愚痴を言いに来たって感じかな」




 親、か。


 そこで、俺はここに来た当初の目的を思い出した。本当はサンに色々と聞こうと思ったが、これも何かの縁。情報量も大いに越したことはない。




「よし、リンドウ。俺もその愚痴きくぞ!」


「本当!? 聞いてくれよウェイターさんよぉ……!」




 半分くらい、言葉になってない愚痴が始まろうとした。


 すると、サンはこっそり俺の背中をつついてきた。




「ねぇ、プロトは何か用事があったんじゃなかったの? リンドウに付き合ってたら、時間無くなっちゃうと思うよ?」


「いや、俺の用事にちょうどいい話題だから、構わないさ」




 サンは不思議そうに首を傾げていたが、俺がサンの手をとって、おつまみや酒が並んでいる小さな机に囲むように座ると、サンも一緒に座ってくれた。




「プロトが良いなら良いけどね」




 そして、サンが自分の分の酒を煽った。こいつも中々に飲むペースが速い気がする。のちの片づけは覚悟しておこう。


 とはいえ、盤上は整った。俺は学ぶんだ。ここで家族というものを!




「さぁ、リンドウの親の話を聞かせてくれ」

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