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助言

 あの日から、メリアは俺に対してよそよそしくなった。


 ボネットに言われた言葉が、ずっとあいつの心の中で渦巻いているのだろう。




「守る時は、心身ともに……」




 ボネットの言葉は俺にも響いた。言葉じゃ分かってるくせに、その真意を文章に出来ない。俺の知能をもってしても、答えを導くのは簡単ではないのだ。




 そんな難題をかかえたメリアの頭の中は、いろんな絵具を適当に混ぜこぜにしたみたいに支離滅裂な景色を描いているだろう。絵具は混ぜれば黒になるが、言葉は混ぜても混ざらない。一向に片付かない。




 そんなメリアの異変に気付かないほど、ここの従業員は馬鹿じゃない。最初は軽く声をかけたり、カリメロに関しては俺の浮気だ何だと騒いでいたが、すぐに何も言わなくなった。




 ボネットが暴れて四日。メリアの様子は変わらない。




「メリア、お前ちゃんと眠れてるか?」


「うん……大丈夫だよ?」




 そういって微笑むメリアは、しっかりと寝不足な人がする顔をしていた。




 小さなミスも増えた。


 包丁で手を切ったのは、本当に数年ぶりらしい。


 お客の注文を忘れ、再度聞きに戻っていた。客は『友達に自慢できるくらい珍しい事だ』とむしろ喜んでいた。


 小さなミスでも、メリアにとっては異常なことらしい。




「プロト様……少し、宜しいですか?」




 カリメロがそっと俺に耳打ちをしてきたのは、その四日目の業務が終わった頃のことだ。メリアに聞こえぬように、俺すら聞き逃しそうなほど小さな声で伝えてきた。


 用件は想像がつく。


 俺は、指でOKサインをして、残りの業務を淡々と片付けるのだった。




 ☆




 仕事が終わって一度自室に戻った俺は、明かりも点けずに暗い廊下を抜け、カリメロの部屋へ向かった。今日の月は大きく欠けているせいで、月明かりが殆どない。壁に手を這わせ、足音を殺しながらやっと目的の場所へと辿り着いた。




「カリメロ、良いか?」


「ちゃんと一言くれるのですね。どうぞ、お入りください」




 カリメロの声を聞き、ゆっくりと扉を開ける。


 部屋の光が漏れ出し、その眩さに少しだけ目を細めた。




 部屋にいるカリメロは、当然だがメイド服は着ていなかった。乳白色のゆったりとしたセパレートパジャマに身を包み、ベッドに腰掛けながら長い銀髪に櫛をかけている。その姿たるや、普段の言動が想像できないほどに優雅だった。櫛は、一切抵抗を受けることなく、その美しい銀髪の上を滑っていく。




「すみません。急いで支度をしようと思っていたのですが、女性は何かと時間がかかるもので」


「いや、むしろ俺が早く来すぎた。すまん」


「本当ですよ。いつもは夜這いしてくれないくせに」




 小さく微笑むと、カリメロは櫛をベッドの横にある棚の上に置いた。




「メリアお嬢様のことになると、すぐ来るんですね」


「…………」




 俺は何も答えずに、近くの鏡台に用意されていた椅子に腰かけた。




「嬉しいですよ。私は本当に、メリアお嬢様とプロト様に何かしら不和が生じたのではないかと」


「不和ではない」


「えぇ。不和だったらメリアお嬢様はあんな風に呆けたりしません」


「そうか?」


「嫌いな人間に対して考えるなんて、そんな無駄なことしませんから」




 なら、俺の事で悩んでいるメリアは俺のことを大事に思ってくれていると考えるのは単純すぎるか。




「今プロト様がメリアお嬢様のことで悩んでいるのと同じですよ」


「俺はそこまで悩んでない」


「アンドロイドでも、男って頑固なんですね。構いませんけど」




 軽く体を伸ばしたカリメロは、そのままベッドに足を投げ出してヘッドボードにもたれた。




「正直、プロト様を呼んだからといって何か聞き出そうとか、そういうのは考えていません」


「は?」


「他人の恋路は純粋に外部から眺めるのが楽しいのであって、根掘り葉掘り聞いたところで興が冷めます。品も無いですし」




 そういうと、今度はベッドの隣の小さな棚の引き出しから小さな小瓶を取り出し、それを器用に爪に塗り出した。透明なマニキュアが光を反射した。




「じゃあ、何で呼んだんだよ」


「何となくです。今日は読む本も無いので暇でしたし」


「強がるなって、本当は聞きたいんだろ? 何があったとか」


「いえ、本当に微塵も興味ありません」




 『チェスでもしますか?』と俺の顔も見ずに言う始末だ。色々と聞かれるだろうと思って脳内で状況の整理まで済ませて、俺はここに来たのだ。何も見えない廊下を静かに来たのだ。それがバカみたいじゃないか。




「なんで聞かないんだよ。お前はそういう話、好きじゃないか」


「……話したいんですか?」




 カリメロの、爪を手入れする手が止まった。




「そもそも、なぜ私が呼んだ時、素直に来たのですか?」


「それは、カリメロがメリアの話をするんだと思って……」


「メリアお嬢様の話だなんて一言も言ってませんが」


「…………」


「…………」


「聞いてくれよ……」




 悔しさで奥歯を噛み砕きそうだ。


 俺が屈辱で打ち震える様子をみて、カリメロは大きく溜息をついた。




「私にすがりたくなるほど現状に困ってるなら、もっと早く行動してくださいよ、プロト様。周りで何も出来ない私たちの気持ちも、もう少し察してください」




 ジロッと睨む目が俺に訴えかけてくる。




「私の親友をいつまでも困らせんな」


「…………え?」




 耳を疑った。なんというか、純粋な怒りが声に乗っていた。


 言葉を失いながらカリメロを見つめるが、カリメロは普段通り微笑むだけだった。




「とはいえ、どうにかしたいという意思があったことは評価します。そんなプロト様に、私から一つ、手助けをして差し上げますね」




 そう言って、カリメロは適当な小さな紙に何か書き始めた。


 


「明日はこちらへ伺ってください。何か、良い影響になるものがあるかもしれません」




 渡された紙を見ると、そこに書かれていたのは住所だった。




「ここに、何があるんだ?」


「人の家です」


「いきなり知らない人の家に行けというのか」


「大丈夫です。彼は案外、良い方なので」




 それだけ言うと、いきなりカリメロは部屋の電気を消してしまった。


 突然の暗闇に、無意識に少し身構えてしまう。




「な、何でいきなり消すんだよ!?」


「もう寝るからですよ。乙女に夜更かしは禁物ですから。私がこんなに可愛いのも、日々のたゆまぬ努力のおかげなんですからね?」


「いや知らねぇよ! てか話を聞いてくれるんじゃないのか!?」


「私に話した所で、正直なにも解決しません。私はおしゃべりですからね」




 おしゃべり……コイツ、話せば言いふらす自分を抑えられないという事か!


 そんなことされれば、メリアも良い気分ではない。もどかしさで腹の奥が疼くが、飲み込むしかなさそうだ。




「くそ……お前を一瞬でも当てにした俺が間違ってたよ!」


「私と違って、その住所の方は寡黙な方なので安心ですよ」




 暗闇の中で、布団に潜る音がした。




「では、私は寝ますね」




 おやすみなさい。


 何度話しかけても、それ以降返事が返って来ることは無かった。




 ☆




 プロト様には、少し申し訳なかったでしょうか。




 数分、私に対する不満を漏らしていましたが、最後は素直に帰ってくださいました。しかも、ちゃんと『おやすみ』と言い残して。




「…………」




 寝返りを打って、天井を見上げる。


 何も見えない景色に、親友の横顔が浮かんだ。




 あれは心配でも不安でもない。責任を負った人間の顔だった。私はメリアお嬢様のあの顔を見たことがある。


 あの子は、とても強い。強いからこそ、摩耗してプツンと切れるまで心も体も酷使してしまう質なのだ。今度はそうなってほしくないし、そんな状態をプロト様に見てほしくないはず。




「…………」




 プロト様の話を聞いてあげれば良かったかな。


 ……いや、聞かなくて正解だ。




 大事な親友の話を聞いて、私が黙っていられるわけがない。本当はプロト様が自力で辿り着かなければいけない答えがあるのに、私が望んだエゴの答えに導いてしまう。それだけは良くない。これは二人の問題なのだから。




「…………眠れない」




 私の美の努力が少し崩れた。プロト様には、今の話がすべて解決した後に色々と聞かせてもらうとしましょう。それで、等価交換です。




 もう一度、寝返りを打つ。


 今夜はあと何回、私は寝返りを打つことになるのでしょうか。

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