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鋼鉄の翼

著者 スミス・コクトー


空飛びたい。

 空を飛んで最果てまで行きたい。

 幼い頃、よく父が空港に連れて行ってくれた。その時からずっと、そんなことを願っていた。でも私には空を飛ぶための機能は備わっていない。風邪を切る羽もなければ、軽い骨も強くてしなやかな筋肉もない。空を飛ぶにはこの身体は重すぎる。



───



「ねぇねぇウズメちゃん。ちょっと行ってみたいところがあるのだけど、いいかしら?」


 久々の休日である日曜日。私こと光浦翼は、友人である白駒ウズメと共に、関西圏へ三泊三日の旅行に来ていた。夏本番を前にした大阪は、今日もよく晴れている。


「ん? 別にいいけど……一通り行きたいところは回ったよね?」


 昼ご飯であるラーメンを食べる手を止め、彼女は顔を上げた。

 小旅行二日目である今日は、午前中から海遊館にずっといた。久々の連休及び旅行ということで、元気とやる気が有り余っていた私たちは一日目の移動のあとすぐに行きたかったところへ行った。体力に自信がある二人だったせいか、移動は早いし、朝早くから夜遅くまで動き回れた。もしかしなく

てもそのせいだろう。


「なんというか……ちょっと忘れてたのよね。ずっと前から行きたかったところなんだけど」


 ちら、と正面の席に座るウズメちゃんの方を見る。その表情はいつも通りの笑顔だが、ずっと歩き回った後だ。もしかしなくても疲れているかもしれない。


「別にいいよー。それでなんてところなの?」


そんな心配とは逆に彼女は、ぱっと笑ってそう言ってくれた。


「本当? 疲れてない?」

「ふふん、ま、元運動部で格闘技もバリバリこなせちゃうウズメちゃんですからね。よゆーよゆー!」


 そういえば彼女はバリバリの体育会系だった。普段は電子工学やAIについて勉強しているから、すっかり忘れていた。


「そう? あのね、若桜友苑ってところなんだけど」

「ほえ、どこそれ?」

「奈良……の橿原ってところ」

「奈良か―! そういえば今回奈良にはノータッチだったね」

「そうね。二泊三日、全部大阪だもの」

「いいねいいね! 行こうよ! 道は任せていい?」

「ええ。ちゃんと調べたし、全部任せてもらっていいわ。ありがとうね」

「いいってことよー!」



───



「そういえば、今から行く……えーと、」


 道中、レンタカーのハンドルを握ったウズメちゃんが唐突に口を開く。


「若桜友苑?」

「そうそう! それってどういうところなの? あたし聞いたことなくって」

「うーん、まぁ、あんまり有名じゃないと思うよ。太平洋戦争の戦没者の慰霊碑があるところなの」

「ふーん、太平洋戦争かぁ。何で急に? 光浦ちゃんって歴史学とか、戦争史とか専攻して……ない、よね? 獣医学だよね?」


 私がなぜ若桜友苑に行きたいのか、純粋に興味があるようだ。目を輝かせながら彼女は訊いてくる。


「そうね。うーん、どこから説明したらいいのかなぁ」

「あ! 待って、当てるから。うーんと、実はご先祖様が太平洋戦争に参加してた! とか。だからなんかこう、お墓参り的な」


 首を横に振る。実のところ、太平洋戦争に参加した親戚のことはよく知らない。いるにはいるらしいが近い関係ではない。


「えー? うーん、じゃあ某旧日本軍の戦艦とかを擬人化したソシャゲの聖地巡礼?」

「……なにそれ?」


 信号待ちで、車が止まる。ウズメちゃんは助手席であるこちらに向き直る。


「え、あ! そうか。光浦ちゃんゲームやんないじゃん!!」

「そんなゲームもあるのねぇ」

「うん。ウズメはやってないんだけど、ゲーム友達がやってるところ見たよ」

「あぁ、いつも話に出てくる彼?」

「そそ! それでもないんならなんだ……?」


 ウズメちゃんは大げさに考える人のジェスチャーをする。そんな彼女を見て、やっぱり漫画の世界の住人のようだなぁと思う。アホではない──むしろ頭はいい方のはずな──のだが、この大げさな動きのせいでアホっぽく見える。それが白駒ウズメという人だ。


「すーっごい話が飛んじゃうけど、鳥に一番近い飛行機って零戦だと思うの。私はね」

「お、おぉ……?」

「大学で鳥について勉強していくうちにね、そうじゃないかなーってふと思ったの」

「なるほど……? 空、飛ぶもんね……?」


 青信号になり、再び車が走り出す。そのせいかウズメちゃんは当たり前なことを言う。


「……疲れてない? 運転代わろうか?」

「まっさか! んでんで? 続き続き!」

「零戦ってものすごい長い距離を飛ぶことができるのよ。その代わり防御面は不安要素しかないんだけどね。そこがすごく鳥と似てる、ていうかほぼ同じなのよ」


 零戦、正式名称零式艦上戦闘機は主に太平洋戦争で活躍した飛行機だ。飛ぶことに特化した飛行機で、あの攻撃方法が採用されたのもこの零戦だった。


「うんうん。確かに鳥って、飛ぶために骨の構造がすごく特殊になってるせいで骨折しやすいんだよね」

「そうね。旅客機とかそういうのには無い特徴だと思うの。なんて言うのかしら、無駄が無い……?」


 誤解を招きそうだが、自分の中では『無駄が無い』という言葉がしっくり来る。


「設計美、みたいな?」

「それに近いのかなぁ。それで、なんとなく行ってみたいなーって思ったの。南の海には行けないけど、日本にも慰霊碑があるって知ったから」

「なるほどねー! でも零戦が鳥みたいってのは、ウズメも納得できるかも」

「え、本当?」

「できるできる! じゃあその慰霊碑は空母の慰霊碑なの?」

「空母?」

「あ、そうか。そこまでは知らない感じ?」

「あー……あまりその辺は見てなかったわね。ちゃんと調べたつもりなのだけど、飛行機の方しか見てなかったみたい」

「まー翼ちゃんは一途だもんね! えーっと、あたしも深くは知らないんだけど、水上基地みたいなイメージでいいと思うよ」


 彼女の説明を聞きつつ、若桜友苑についてもう一度ちゃんとスマホで調べてみる。


「ふーん……あ、本当だわ。航空母艦瑞鶴ですって」

「あ! なんか聞いたことあるかも!」

「そうなの? 某ゲームの影響?」

「そうそう! ゲーム友達が言ってた! 飛行機ってどうしても飛べる距離に限りがあるでしょ? 目的の場所でちゃんと戦えるように、途中まで飛行機を運んで、その場所で飛ばすための船なんだって。アイツがそう言ってた!」

「なるほどね……そっちも調べておけばよかったかしら」

「さっきも言ったけど、光浦ちゃん調べものするとき寄り道しないもんねー」


 気になったことが分かるまで、そのことを調べ続けるタイプだ。途中で気になることや引っかかることは基本放置して求めるものを優先する。どうしても気になるものは、調べ終わった後でも覚えているだろうから放置する。世の中には調べ物をしている途中でも、気になったことをどんどん調べて脱線していく『寄り道』をする人もいるという。確かウズメちゃんはそっちのタイプだったか。


「むしろなんで寄り道していられるのか、疑問を抱くタイプよ」

「あはは、確かに! なんか想像できないもん」



 途中狭い一方通行の道に迷い込んだり、そもそもの方向を間違えたりしてようやく橿原神宮に到着する。平日であるせいか、拝殿の前にすら人はほとんどいない。

 橿原神宮にお参りをし池で水鳥を見てからてから、若桜友苑へと向かう。途中で敷地が広すぎて迷子になりかけたが、なんとかして目的地へたどり着けた。

静かな林の中にその入り口はある。空気は澄んでいて、とても穏やかな雰囲気だ。風は心なしかひんやりしている。蝉時雨が降り注ぐ中、その場所へ踏み入れた。

 一人もいないその場所を、ウズメちゃんとぐるりと一周する。入り口付近に立てられた艦載機の写真とその説明が書かれた看板の写真を撮り、汗をぬぐう。


「飛行機、色んな種類があるんだね」

「みたいね。偵察のための飛行機はちょっと形が違うんだ……」

「あたし零戦だけだと思ってた。全然知らなかったんだねー」

「まー、私たちは世代でもないし、学校で勉強するわけじゃないもの。知らなくて当然なんじゃない?」

「かなぁ」

「あ、ちょっと写真撮ってもいい?」

「別にいいのよ?」

「やたー! 自慢してやろーっと」

「ゲーム友達?」

「そそ! とりあえず勝手に送り付けとこーっと」


 そう言いながらウズメちゃんは入り口の近くにある『若桜友苑と書かれた碑の写真を撮り始める。私は少し疲れたので近くのベンチに腰掛ける。ちょうど日陰になっていて、汗ばんで熱を持った肌を風が冷やしてくれる。


「うわ、瑞鶴の説明し始めたんだけど」

「あーあ、自慢とかするから」

「まぁいいか! お、結構細かい……」


 その彼曰く、航空母艦瑞鶴はあの真珠湾攻撃にも参加した艦だ。その戦歴から幸運の空母と呼ばれ親しまれていたが、今はフィリピン沖で艦載機……戦闘機と共に眠っているという。

 『瑞鶴之碑』と書かれた石碑の左横には駆逐艦の慰霊碑と、瑞鶴の複製された三角マスト。そして戦没者の名前が刻まれた碑が置かれている。

 瑞鶴の碑の右手には『殉國之碑』という、学業半ばにして海軍飛行機搭乗員に志願した人々の慰霊碑がある。

 その二つに手を合わせ、黙祷を捧げる。ここに私の親戚は恐らくいないだろう。


「ウズメちゃん」

「なーに?」

「鳥って、無駄が無いって前に言ったでしょ?」

「うん。海遊館でも何か見るたびに言ってたよね。無駄が無くて綺麗って」

「そ、そんなに言ってたかな」

「割と」

「そうかな……それで、無駄が無い飛行機は今は飛んでないじゃない。飛んでいたのは戦争のときだけ。しかも特攻っていう方法も採用されるほど追い詰められた戦争でね」

「確かに。飛ばす必要もないって感じだもんね」

「武器類に美しさを見出すのはよくあると思うのだけど、この零戦とかもそうだとおもうの。生き残るために洗練されたと解釈できる……と私は思う」

「うんうん。進化の過程で必要のない部分は消えていくらしいし」

「正直驚いたの。普段平和な世界を生きていく私たちには絶対に触れられない、自然界の美しさっていうのかしら。それが人の生み出した物からも感じられるなんて……って」

「ね。意外だよね。人工物と自然物って対比にあるもののはずなのに。どっちが先かっていうのはどうでもいいとしてね?」


 人が人を殺し合う、戦争の中で生み出された兵器。それが零戦だ。その設計は、見れば見るほど鳥に近いように思える。まぁ、鳥は機関銃なんて搭載していないが。

 それが大きな違いだろう。殺すためじゃない。鳥が飛ぶのは生きるためだ。奪うために翼を手に入れた鋼鉄の鳥、その美しさに気が付いてしまった。


「……設計の勉強しとけばよかったかなぁって」

「え、マジ?」

「獣医学はもちろん辞めないわよ。鳥に関する勉強だって、もっとする。けどね、飛行機に……零戦をもっと知りたいなって興味が湧いちゃって。いても立ってもいられないのよね」


 獣医学は複雑で、その知識量も多い。その片手間となると、そこまで深く一気に調べることはできないだろう。それでも知りたい。趣味であるぬいぐるみ作りの時間を削れば、いくらでも調べられるはず。


「あるある! なんだかんだそういうときが一番楽しいよね!」


 ウズメちゃんは大きく頷きながら,笑顔でこう言ってくれた。


「うん。そうね。鳥もそうだけど綺麗なものを追っかけてるときが、私は一番楽しいのかも」


 二人してクスリと笑ってしまう。その声はひどく優しく、静かな友苑に響いた。


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