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夢でもいいから  作者: 蛯名 めぐみ
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二人の関係

「待って。」


 男、アルトは腕を引くとあくまで自然に雑貨店に入る。気になる商品があるかのように品物を手にとる姿に、店主には、ああ、きっとこの女性へのプレゼントを見繕っているのだと思わせた。

 

 耳飾りを一つ手に取り顔映りを試すように、じっと見つめられ少女は顔を背けるようとするが、顔を捕まれそれは叶わない。どこにでもいそうな素朴な少女は、そんな強引な彼の仕草に恥じらうように顔を染めた。店主は、そんな二人のやりとりを見て、ふっと笑うと意識を店内に戻した。


「それで、どうしたの?」

少女ルーノは、アルトの耳を引き寄せると囁いた。

「トルマリンの兵3人。」

男は端正な眉を寄せて、ふてくされるように目線を外す。

「アルト、素が出てるよ。」


 アルトは、最初に合わせた耳飾りを一つ手にとると、会計を済ませた。

肩を寄せ合い、店を後にする二人に店主はもう一度ふっと笑うと、陳列棚の整理を始めた。


「別にいいのに。無駄遣いだよ。」

「似合ってたから。」


 それから二人は無言で歩いた。適当に目に入った露店で食事をとると、街のすぐそばにある崖に沿って歩みを進める。二人が足を止めたのは、誰かがかつて使っていた切り立った崖に、張り付くように建っている小さな小屋。外からぐるっと回り込み窓ガラスの向こうを覗く。いつも通り誰もいないことを確認すると、目配せをする。この小屋には2ヶ月ほど滞在している。そろそろ潮時かもしれないそう二人は漠然と思った。根拠はどこにもないのだけど。二人の直感はよく当たるのだ。


「こんなところまで、兵を向けるなんて、トルマリンはお金持ちね。」

「それを手に入れれば、黙っていても儲けることが出来ると、あの白豚はそう考えているんじゃないか?」


 カバンを押し上げるガラクタを一瞥すると、ふうっと息を吐き、アルトはテーブルの上に、手に入れた生活必需品を並べていく。

「そのガラクタも、お願いしたらぶどう酒の一滴でも出してくれればいいのに。守ってもらってばっかりで、何の役にも立たない。」

 

 昼間の自信に満ち溢れた風貌の姿を潜め、愚痴っぽいしゃべり口でポロポロと話し始める様子は、きっと彼本来の姿なのだろう。ルーノと二人きりになった時にしか出せない、本音はそのまま壁に吸い込まれて消えた。普段から二人はこんな調子だ。不平不満を垂れ流しにしていても、ルーノは取り合わない。それでも仲が悪いわけではない、返事が返ってこないとわかっていても、愚痴は溢れるし、泣き言も弱音も吐く。


「腹ごしらえと行こうか。」

すっかり冷めてしまったパンも、シチューも仕方のないこと。出来立てには一生ありつけない。なぜなら、二人は外では基本的に食事を取らない。食事中というのは、どんな生き物も一番気が抜けるのだ。背後に回られたことに気がつかず、肩を叩かれ、すんでの所で逃げ切った時に悟った。それでも一度外で我慢できずに夕食をとったことがあるのだが、警戒するあまり味も何も感じなかった。食事ぐらいしか楽しみのない二人にとっては、どうしようもないことだったのだ。


 冷めたシチューにルーノが手をかざす。


 カチコチだったパンがポンっと音を立てて空気を吸い込むように膨らむ。

 寒さで固まっていたシチューの表面を湯気が踊りだす。


「ありがとう。いただきます。」

アルトは手を合わせてシチューをひと匙口に含む。ルーノはそれを見て、満足そうに自分のパンに手をかける。

「ルーノがいてくれてよかった。シチューをほかほかに温めてくれるからね。」

幸せそうに白パンを頬張るアルトをじっと見つめる。この男はこう言う男なのだ。


「この後、どうしよう。ここがバレちゃうのも時間の問題だよね。」

地図を開くアルトの手元を眺める。この瞬間が一番好き。次の行き先を決めるときは、楽しい。つと、アルトのなぞる指先を見つめる。


「俺気がついたことがあるんだけど、木が生えていない所なら、今回みたいに身をひそめることが出来るんじゃないかな。そうすると、次の候補は遊牧民の収める王国、ルチル帝国。ここは、祝い事があると羊を一頭焼いて食っちゃうんだよ。そのお祝い事ってのが独特で。ああいや、実際に見てもらったほうがいい驚くぞ。もう一つ候補があるとすれば、砂漠のサボテンくらいは大目に見てくれってことで、ルビー王国があるのだけれど、ここはサボテンステーキがとにかく美味で、秘伝のソースが各家庭に伝わっているんだけど、まあ旅人にふるまわれることなんて稀で、前回はレストランの味で我慢したんだけど、今回はルーノの美少女力を存分に発揮してもらって食べさせてもらいたいなと思う。」

「こんな感じかしら。」

くるっと回ったルーノは10歳ほど若返った。

「そうそう、そんな感じ。もうメロメロだよ。」

死語を恥ずかしげもなく使うアルトは、黙っていれば2枚目なのだが、造作のいい顔立ちも鼻の下を伸ばし、台無しだ。


「遊牧民の宴ってのもきになる。ねえアルト、どっちもいっちゃダメかな。」

「もちろんだよ。」

ガッツポーズを惜しげも繰り出すアルトにルーノもつられて笑う。


「そうしたら、このまま北上。冬の間は彼らの宴に便乗して楽しもう。春になったら満開の桃に紛れて南下しよう。」

「いいね。」


 二人はほとんどない荷物をまとめると、次の街へと歩き出した。

読んでくれてありがとうございます。

「世界樹の木の下で」本編はまだ完結していませんが、連載進めていきます。FMゆうがおの朗読劇も合わせてお楽しみください。

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