7 驚愕する女
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セシリアが邸に戻った途端、マイセルとハロルドが奥の部屋からものすごい形相で転がり出し、帰宅の挨拶もそこそこ強引にサロンへと連れて行かれ、ソファーに押し付けられるように座らされた。
何が何やらわからずに目を白黒とさせていると、正面の椅子に腰を下ろしたマイセルに詰め寄られた。
「単刀直入に問う。セシリアお前、オルフェンス将軍と知り合いだったのか?」
目が血走っている上に、いつもきちんと整えられている髪がやや乱れている。どうしたのだろうかと首を傾げつつも、少し悩んでいいえと否定した。
「もともと知り合いだったわけではございません。昨日たまたまお会いしたのです」
訝し気に眉根を寄せる二人に、セシリアは小さく嘆息したのち、出先でのあらましを説明した。
「なんと、そのような出来事が…」
自害を企てたことも隠すことなく話したため、ショックを受けた様子のマイセルは項垂れ、ハロルドは怒りに顔を歪めた。
「姉さんは何でも心の中に溜め込み過ぎです。僕らは姉弟なのですから、相談くらいしてほしかった!」
「ごめんなさいね、ハロルド。あの日以来、わたくしは悲しくて苦しくて、自分のことしか考えられなかったのよ。―――それにしても、いつの間にかこんなにも頼もしくなっていたのね」
しみじみと呟けば、ハロルドの顔はかぁっと赤くなり、プイっと横を向いてしまった。
「二人とも、姉弟喧嘩は後でしなさい。とにかく話を戻そう」
そう言って先を続けたマイセルによると、オルフェンス侯爵家の早馬が今朝早くに訪れ、手紙と一抱えほどの荷を託されたという。
「しがない子爵の私に、これまで交流のなかったオルフェンス卿から手紙が届いたのだ。何かの間違いではないかと使者殿に再三確認してしまったぞ。しかも恐る恐る開封してみれば、内容はお前との結婚を認めてほしいと、承諾を求めるものだ」
一瞬目の前が真っ暗になったと、マイセルは苦く笑った。
事情を知るライナによって漸くお茶が淹れられ、三人は気を落ち着かせるためにカップを口元に運ぶ。
「して、オルフェンス卿からの包みは一体何が入っているのだ?」
「さあ? わたくしもシュナイダー様に一任いたしますと申し上げただけなので…」
マイセルに開けてみるよう催促されたセシリアは、ライナの手伝いの元、荒布に包んで馬の背で運ばれてきたという荷を解いた。すると更に厳重に布に包まれた葛籠が現れ、中には一目で極上とわかる紗とレースで誂えた美しいケープと、傷付かないよう慎重に真綿に包んで袋に入れられた、金細工にサファイアをふんだんにあしらった豪華なアクセサリーの数々が出てきた。
「まあ!」
「ほぉ…」
あまりの驚きとその美しさに目を奪われていると、ハロルドが手紙の存在に気が付いた。
「姉さん、手紙が同梱されていました」
手渡されたそれは上等な白い紙にオルフェンス侯爵家の意匠がうっすらと浮かび上がっており、臙脂色の封蝋にも同様の紋が押されていた。
微かに震える指先で慎重に開封し、丁寧に折られた手紙を広げると、彼の人柄を思わせる大きく伸びやかながらもやや角ばった文字が目に入った。
『 親愛なるセシリア嬢
きっと今頃驚いておられるだろう貴女の可愛らしい姿を思い浮かべつつ、この手紙を書いている。
もう御父上に聞いているだろうが、正式に結婚の了承を得る手紙を使者に託した。そして今貴女がお読みになっているこの手紙と共に送った品は、是非結婚式で貴女に使ってもらいたく贈らせていただいた。
挙式まで日がないため、ドレスは用意されているものを着てもらうほかないが、せめてと思い急ぎケープと装飾品を用意させてもらった。貴女の意向も聞かず勝手に決めてしまったことに対する非難は後々受け止めるが、出来ればそれらを身につけて式に臨んでほしい。
では三日後、アレンシアノ大聖堂にて。 シュナイダー・オルフェンス 』
「え? ええっ! み、三日後⁈」
手紙を読み終えたセシリアが驚きの声を上げる。
「三日後って…っ、明々後日⁈」
狼狽えまくるセシリアを、もうすでにそれらの情報を得ていたマイセルが同情の眼差しで見つめた。
「だそうだ。まあもともと結婚式の予定はあったんだ。相手が変わっただけだと思えば…ハハハ」
「父さん! 現実逃避している場合ではないでしょう!」
虚ろな目で空を見つめながら乾いた笑い声を漏らす父の肩を、しっかり者のハロルドが揺さぶる。
「使者殿からも直接話を聞いたが、オルフェンス卿は一週間の結婚休暇なのだそうだ。だからその間に式を挙げ、予定通り花嫁を迎えたいらしい。…お前もそれでいいのか?」
花嫁に逃げられたという不名誉な噂を極力広めないためというほかにも、仕事人間であるシュナイダーはこれ以上縁談で煩わされたくないと言っていたという。それに王都にあるオルフェンス侯爵家の別邸ではすでに妻のための部屋は用意されているので、早々に婚姻して嫁いできてもらった方が混乱も無駄もないだろうとのことだ。
些か情緒的な部分に引っ掛かりは覚えるものの、セシリアも人の目や噂を気にして実家に引き籠るわけにもいかないし、前日に間近で向き合った彼の人柄を疑う気持ちは全く生じなかったため、心配に揺れるマイセルの瞳をしっかりと捉え、「はい」とはっきり答えた。




