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3 決意する女

 突然の婚約解消に、その後数日間、レスト家は大忙しとなった。

 ロバートの手紙にも書いてあった通りコートディア家から教会や参列者へ報せがあったらしく、式関係においては滞りなく解約手続きが済んだのだが、レスト家には方々から婚約解消は事実なのかとの確認の手紙や使者がひっきりなしに押し寄せた。

 なぜならレスト家とコートディア家が提携して主力となっている事業があり、それに関係した取引がある領地や商家などは、婚約が解消となったこれから、事業はどうなるのかと心配になったようだ。


 それともう一つは縁談だ。

 レストの有する領地は狭いながらも気候や土壌に恵まれ、昔から農業や酪農を中心に生計を立てている。西と北を高い山々に囲まれているため冬は冷たい風に晒されず、夏はどんなに晴天が続いても山に積もった雪解けの水が川を満たし、干ばつの危機もない。毎年当たり前のように農作物は大豊作な上に、たっぷりエサを与えられ肥え太った家畜たちは最上の乳を出し、卵を産み、肉となる。

 穫れ過ぎた作物は日持ちするように加工され、コートディア家が手掛けた販路で、王都や他領にも広く流通していて、毎年少なからず利益を出しているのだ。

 そんな理由から、豊かなレスト家は爵位こそ子爵でありながら最高ブランドであり、縁を結びたいと望む者は多い。

 だがマイセルは、深く傷つき落ち込んでいる娘に新たな縁談を勧めたりなどしない。未だユーリーナは本調子ではないしハロルドはまだ十四歳で学生のため、マイセルと家令のピーターとが中心となって対応しているが、彼らにも本来の仕事がある。業務に支障をきたしてはとセシリアは気を揉むが、マイセルたちは婚約解消や縁談の申し入れなどに付随することは、一切セシリアには関わらせなかった。


 結局セシリアの気持ちと周囲が落ち着くまで、身辺の整理をすることにした。

 ドレッサーの上の鍵付きのジュエリーボックスを開けると、これまで彼からプレゼントされたアクセサリーが丁寧に仕舞われている。そのほとんどにロバートの瞳の色と同じ緑色の石が使われており、独占欲の表れなのだと解釈して仄かに喜んでいた当時を思い出す。どれもみんなお気に入りで大好きだったのに、もう二度と身につける日は来ないのだと思うと、じわりと目頭が熱くなる。

 次は手紙。一通たりとも捨てずにとっておいたため、机の抽斗を一つ占領するほどのそれらは、婚約者として共に歩んできた二人の軌跡。だがそれも昨日の婚約解消を願う手紙で最後だろう。

 しんみりと一つ一つを手にしては懐かしい日々を振り返り、思い出に浸っては涙ぐんだ。だがやがて振り切るようにそれらを一纏めにすると、結婚式で着るはずだった純白のドレスと一緒に、木製の長持に仕舞い、頑丈に鍵を掛けた。


「ねえライナ。明日、式を挙げるはずだった教会に行こうと思うの」

「お嬢様⁈」


 閉じた長持の蓋を撫でながら、ずっと考えていたことを告げる。すると片付けを手伝っていたライナは弾かれたように振り返り、信じられないとばかりに目を見開いた。


「なぜわざわざ傷つきに行かれるのですか! わたしは断固反対です!」


 怖い顔をして却下する彼女に、セシリアは苦く微笑んだ。


「傷つく……そうね。きっとまた悲しくなると思うわ」

「なら…」

「でもね、だからこそきちんと気持ちの整理をつけるために行きたいの。ううん、整理というよりは”けり”かしら。ロバート様と婚約してから八年。八年よ。わたくしの人生の半分は彼と共にあったのに、積み重ねたたくさんのものをいとも簡単に投げ捨てられてしまった」


 伯爵家に嫁ぐために懸命に勉強し、彼の隣に並ぶに相応しい所作を身につけた。ロバートと一緒に父やコートディア伯について両領地を隅々までめぐり、少しずつ事業を覚え、簡単な手伝いを任されるようにもなった。

 花嫁修業のほかに帳簿などの事務仕事も加わって、セシリアは毎日へとへとになるまで頑張ったのだ。

 そんなセシリアの努力を”真実の愛”という一言で終わらせたロバートが恨めしい。そしていつまでもそんな彼を想っている自分が悔しくて憐れで惨めだ。


「この気持ちを終わらせないと、前に進めないような気がするのよ。…だからお願い。行かせてちょうだい」


 強い視線でライナを見つめると、彼女はしばし逡巡したものの、諦めたように息を吐きだした。


「…わかりました。ですがそれは旦那様の許可を得なければダメですし、わたしも同行いたしますからね」

「っ! ありがとう、ライナ」


 いつもどんな時でもセシリアを一番に考えてくれるかけがえのないライナに感謝し、ぎゅっとその手を握り締めた。






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