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13 窮地に立たされる女

ブクマありがとうございます。

 食事を終えて部屋に戻っても顔が火照ったままだったセシリアは、コルネに淹れてもらったお茶を飲みながら気持ちを落ち着かせていると、奥の部屋から籠を抱えたライナが現れ、些か硬い面持ちでこちらへと向かってきた。


「さあ、おじょ…奥様。お風呂の準備が整いましたので、浴室へ参りましょう」


 気合に満ちたライナの表情をきょとんと見上げ、次に彼女の持つ籠の中を見下ろす。そこには数種の香油やマッサージクリーム、美容液などが入れられていた。

 しかもすべてが最高級品。


「どうしたの? これ…」


 美しくカットされたガラス瓶を一つ手に取り、キラキラと光を反射して揺れる中身を呆然と見つめる。裕福であってもたかだか子爵家では到底手に入れられない、王家御用達の店の印が底部に押されていた。


「奥様が晩餐へ行かれている間に、ナタリー様がお持ちくださったのです」 


 全身をピッカピカに磨き上げるよう言い付かっておりますと告げられ、その意味を理解した途端、せっかく下がったはずの熱が再び上がった。

 ガラス瓶を返しながらチラリと盗み見たライナの目は酷く真剣で、セシリアは居た堪れない気持ちで視線を逸らした。


「で、でも…先ほどシュナイダー様が、今夜話があると仰ってらしたのよ。だからナタリーやライナが期待するようなことは無いのではないかしら?」

「それは奥様を緊張させないための方便ではないでしょうか? それに話があるのが本当でも、今夜は念入りにお仕度させていただくことに変わりはありません」


 狼狽えているうちにさあさあと急かされて浴室へと繋がるパウダールームに連れてこられたセシリアは、ライナのナタリーにも劣らない手際の良さで、あっという間に裸に剥かれてしまった。

 晩餐の前の湯浴みの時は、着替えるために一旦メイクと整髪料を洗い流すのが目的だったけれど、本日二度目の入浴は、例えるなら絶品料理を作る際の下ごしらえと言ったところだろうか。

 丹念に体と髪を洗い、バラの花びらを浮かべた湯船でゆっくり温まった後は、パウダールームにて薬用クリームと美容液を使って入念に全身のマッサージ。

 時間を掛けたマッサージとスキンケアのフルコースが終わるとガウンを着せられ、今度はドレッサーの前に座って髪の手入れと寝化粧を施す。

 背中を覆うほど長い栗色の癖毛は艶やかに波打ち、ブラシを通す度に照明を反射してキラキラと光輝き、もともと若く瑞々しい肌は入浴とマッサージで更にツヤツヤもっちりの最高のコンデションに整えられ、薄いナチュラルメイクだけなのに、上気した桜色の頬やぷっくりとした小さめの唇と潤んだ紅茶色の瞳が相まって、あどけなさの残る少女を一段も二段も大人の女性に仕立て上げた。


「後はお召し物でございますね。奥様、どちらの夜着になさいますか?」

「ええっ! こ、この中から選ぶの⁈」


 用意されていた夜着はレースとフリルがふんだんにあしらわれていて可愛い色やデザインではあるものの、どれもこれもスケスケで、布面積が極端に少ない。

 それらを見た瞬間、ぐわんと眩暈がした。


「こんなの着てシュナイダー様の前に出るなんてできないわ!」


 正直言ってほとんど裸である。下はお揃いの肌着もあるが、極小の三角形に紐が付いているだけの頼りないものだった。

 桜色の頬はすっかり青褪め、涙を浮かべた瞳で懸命に訴えながらしきりに首を横に振って拒否してみたけれど、いつもならセシリアの意向を優先してくれる優しく有能なメイドは、頑として引いてはくれなかった。


「ですが初夜にはこのようにきれいな夜着を纏って旦那様をお迎えするのが、妻となられた奥様の務めであり習わしでございます。それにこんな上等な品々を拒絶なさるなんて、ご用意してくださった侯爵家の方々にも申し訳ないではありませんか」

「そ、それはそうだけど…」

「それとも奥様は夜着など纏わず、生まれたままの姿で旦那様をお待ちになりたいと?」

「!!」


 選択肢を提示したかに見せての一択。セシリアの扱いに掛けてはプロのライナは、主の好みの色とできるだけシンプルなデザインのもの二着を掲げ、さあどちらになさいますかと迫った。


「~~~っ」


 目の前にひらひらと揺れるフリルたっぷりの薄いピンクのベビードールと、レースとリボンが多めの丈の短い白のナイトドレス。

 どちらも紗布の部分が他の物よりは少なめで、双丘の頂はフリルやリボンで隠れるデザインだけど、これまで生きてきた中でこれほどまでに露出する衣服は着たことがないセシリアには、あまりにも難易度が高すぎる。

 しかも身につけた姿をシュナイダーに見られる上に、プレゼントのラッピングを解くように彼の手がリボンを解き……


「ひゃあああああああっ!」


 想像の段階ですでに限界のセシリアは両手で真っ赤になった顔を覆うと、悲鳴を上げて蹲った。

 

(わたくしったら、なんてことを考えているの!)


 恥ずかしくて怖いけれど、ほんのちょっぴり期待もある。それにどうしたって避けては通れない道ならば、最高の自分で向き合いたい。

 恐る恐る指の間からライナを見上げると、彼女はまだ二着を手に持ったままセシリアの選択を待っている。


「右のでお願い…」


 蚊の鳴くような声でそう告げると、ライナはどこか勝ち誇ったように頷いていた。






すみません。書き溜めが間に合わないため、今回以降更新が遅くなります。


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