美しい女公爵が婚約破棄を繰り返すのは
「アラン・リード!そなたとの婚約は破棄する!わたくしは真実の愛を見つけたの」
広間に凛とした美しい声が響き渡った。だがそのセリフは不穏極まりない。
しかし誰ひとり、気に掛ける者はいなかった。なぜならこの三文芝居は数ヶ月に一度行われるからだ。
声の主はルチアーナ・モンテヴェッキオ。18歳の女性で、美しいのは声だけでなく、髪、瞳、輪郭、手指、胸、鼻筋……とにかく全てが完璧に美しい。頭脳のほうも優秀で、もし王宮勤めをしたならば確実に宰相になるだろうと言われるほど。
そんな彼女は幼くして両親兄姉を事故で亡くし、わずか10歳で名門モンテヴェッキオ公爵家の当主となった。当初は執事や弁護士、親戚の力を借りて領地を治めていたけれど、今はひとりで辣腕をふるっている。
ルチアーナはとんでもない才女でもあるのだ。
そんな彼女の唯一の欠点が、異性に関して移り気すぎるということだ。
初めての婚約が15歳。相手は同じ公爵位の令息だった。だけれど半年後に男爵家の令息に腰を抱えられながら、婚約破棄を宣言。新たに隣の青年と婚約をした。けれどこちらも半年ほどしかもたなかった。
以来、早ければ一ヶ月、長くて十ヶ月で彼女の婚約者は交代する。
一説によれば、早くに家族を亡くしたせいで、淋しさを埋めてくれる人を探し求めているからだという。
別の一説では、単なる尻軽、だそうだ。
とにかくも美人で莫大な財産を持つルチアーナは世の男性の格好のターゲットで、我こそは彼女の永遠の愛を手に入れてみせようという有象無象が彼女の前に列をなすのだった。
ひとりだけ、そんな彼女を『大悪女の生まれ変わり』と蔑む者がいた。齢90を過ぎた大公で、彼が言うにはかつて貴族社会の男たちを手玉にとり、悪の限りを尽くした公爵令嬢に瓜二つなのだという。国史を見れば確かにそのような者が引き起こした事件とその者の処刑が記されているのだが、80年も昔の話で、大公がその悪女の容貌を明確に覚えているとは思えない。
だから誰も信じないのであった。
◇◇
数ヶ月に一度の婚約破棄騒動は連面と続き、いつしかルチアーナは30歳も半ばになっていた。さすがに容貌に年齢が現れていたけれど美しいことは変わらず、財産に至っては、興した会社が軌道にのり、ますます莫大になっていた。
彼女の前に列をなす男性はみな年下ばかり。しかも貴族社会、上流社会の目ぼしい男性は無惨に撃沈して消えていったので、夢見る庶民が多く並ぶようになっていた。そのような身分の者とも婚約するルチアーナは、憐れみをもたれていた。どんな男性にも満足することのできない可哀想な女、と。ただ、どうせ婚約破棄するのだからと、彼女がどんな下層階級を選んでも反対する者はひとりもいなかった。
あるとき彼女は、殊更につまらぬ庶民と婚約をした。地方からとある公爵家に執事見習いとしてやってきた青年で、顔は平凡。性格は生真面目で冗談のひとつも言えない。そんな彼はルチアーナに一目惚れをしたようで、己が勤める屋敷に客として現れた彼女を見たとたん床に片ひざをつき
「私はあなたに会うために生まれてきた!」
と叫んだそうだ。
ルチアーナのほうもこれにいたく感動したようで連れに婚約破棄を言い渡し、青年に向かって
「あなたに会う日を待っていました!」と答えたという。
居合わせた人々は、いつもの婚約破棄よりちょっとだけ演出がかっているなと思ったそうだ。だがどうせこの青年だって半年後に捨てられるのだ。
翌日ルチアーナは自分より15歳も若い、執事見習いの青年と婚約をした。いつものように、誰も反対しなかった。
半年後、大方の予想を裏切りふたりは結婚をした。
そうして死がふたりを分かつまで、お互いを深く愛し幸せに暮らしたという。