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転生経験者です

 早朝、七時。

 時間ぴったりに目覚めた。

 けたたましい音で鳴る時計をすばやく止める。借り家の壁は薄い。隣の人に迷惑をかけないようにしないと。

 鏡とにらめっこし、はねた寝グセを水で丁寧に直して顔を洗う。

 映る顔は決して格好いい方じゃない。それは十分わかっているし、今さら背伸びをするつもりもない。

 クラスのみんなに嫌われない程度に、最低限の身だしなみを整えるだけだ。

 この世界に転生して十六年。

 とあるダンジョンの最下層でトラップを踏んだと気づいたときには生まれ変わっていた。

  あんなに危険な場所で、仲間とケンカした罰が当たったのだと思う。

 かわりに訪れた、戦いの少ないゆるい生活。前の世界の記憶は薄れつつある。近頃は最初からこの世界の住人だったと錯覚するほどだ。

 お金にはめぐまれてないけど嫌じゃない。


「なあハルマ、毎朝言うけど、そんなみみっちい場所に気をつかうなら、<千変鋼>で、ダンジョンを奪った方がいいって。みんなが手の平くるって返すぜ?」


 丸テーブルの上で、銀色の鍵がかたかたと震える。

 声の主は彼だ。

 転生した時に、いつの間に枕元にあったアイテム。正しい名前は<終極の鍵エニュプニオン>というらしい。長いから、プニオンと呼んでいる。使ったことがないので、どんな力を持つのかも知らない。

 毒舌の彼は、飽きもせず毎朝同じことを言う。

 だから、僕も同じように返す。


「<千変鋼>は、そんなことには使わない。反動もあるだろ」

「すごい力も持ち腐れだと意味ないじゃん。それなら、せめて俺くらい使えよ。一度もダンジョンの最奥を開けない持ち主なんて、お前くらいだぜ?」

「横取りはいけない」

「横取りじゃねえよ。単に、一番奥の扉を開けって命令するだけだ」

「何度も聞いた。でも、結局は中身を奪うことになるだろ。許可も取らずにそれはいけない。ダンジョンの持ち主は『管理者』になれた人だけだから」

「あっそ……かたぶつはこれだから手に負えねえ。強いやつが奪って何が悪いのよ? そのための『探闘者』育成校でしょうよ。どこのダンジョンでも最奥のぶつは金になるってのに。ハルマ……そうなりゃお前は一夜で金持ちよ? 普段冷たい学校の女も近寄ってくるぜ? 非モテからめでたく卒業、金持ちになって楽な生活よ?」

「僕はお金で寄ってくる人間は信用できない。前の世界でいやってほど知ったんだ。それに……大丈夫、父さんだって、同じ状態で運命の人を見つけたんだ。きっと、こんな僕を好きになってくれる人はいるはず」

「……こんなボロ家に住んでる万年最下位のハルマを?」

「うん」

「来月の家賃に首が回らない男を?」

「家賃は関係ないだろ。今月は……思ったほど稼げなかっただけなんだ」


 父さんだって学校での成績は悪かったのだ。

 出会いは多くてもモテない学生生活。クラスの上位陣が、お弁当を差し入れされてきゃあきゃあ言われている中で、パン一つしか買えない生活はきつかったそうだ。

 でも、そんな父さんのがんばりを母さんが発見した。今ではちゃんと小さなダンジョンを持って、田舎の領地を養っている。

 貧しくてもきっと誰かが見ているのだ。

 そんな人と出会えれば、僕にも幸せな未来が――


「夢物語だと思うけどな」

「新しいダンジョン群が見つかったせいで、みんなの目がくらんでいるだけさ」

「そうだといいけどな……」


 シワだらけの制服に着替え、腰に短剣を装備すると、ひったくるようにプニオンをポケットに突っ込んだ。

 ずっと鍵としゃべっているとますます独り言のくせがついてしまう。

 今日も一日がんばらないといけないのだ。卒業できなければ領主として小さな土地すらもらえない。成績の悪い僕は、このままだと卒業すら危うい。

 冷えたパンを口に押し込み、水で押し流した。

 買い置きのパンは明日で終わりだ。一つもダンジョンを持っていない僕は、お金がないとやっていけない。実家は貧乏で仕送りも期待できない。


 でも、食いつなぐための作戦はある。

 仕事あっせん所で見つけたその日貼られたばかりの紙。こういうものは早い者勝ちだ。

 昨日の朝貼られていたのに、夕方まで誰も気づかなかったのだろう。運がいい。

 昼から城の一室で面接が行われる予定だ。

 ちょっとわくわくしてる。高貴な仕事は初めてだから。


「絶対に雇ってもらわないと」


 テーブルの上の紙に視線を送る。

 ――第七王女セドリック=ティアーヌが、タフな買い物係を募集する。報酬は都度払い。

 国の求人はなかなか見ない。支払いは確かだろうし、報酬も多いらしい。

 でも、タフってなんだ?


「別世界で名の売れたハルマが、わざわざ何の権限もない七人目の王女の小間使いになるわけ? 噂だと、王位継承の可能性がなさすぎて付き人すら数人って話だぜ?」


 ポケットが震える。

 どこを見ているのかお見通しらしい。


「権限がないくらいで、ちょうどいいんだ。僕は、余分なダンジョンもお金もいらない。あればあるほど戦いに巻き込まれる」


 日本から戦いの終わらない第一の異世界へ。

 そして、第二の異世界へ。

 ここは、力よりもお金よりも、持っているダンジョンに価値がある変わった世界。

 そんな場所で、『王女の買い物係』という仕事を手にいれて、お金の心配を無くしたい。

 でも本当は――

 学校の出会いに望みがなくても、外になら自分を気にいってくれる人がいるかもしれない。

 そんな本音が無いとは言えなかった。


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