マジ快晴、しんどいほど
報告書を書く時のルール。
まず結論を述べること。
『結論、俺は生きてた。』
病院のベットの上でベタに目覚め、どこぞの夢オチよろしく母親に泣かれて、しばらく入院して退院した。
頭にも異常はないみたいでしばらく念の為検査は受けるけど気にしなくて大丈夫だろうと主治医は言った。
退院する日の天気は快晴だった。雲一つなくて、空の青さで目が痛むほどだった。遠くに停めた車を病院の玄関まで乗って来るから待っててくれと父親に言われて、病院の玄関脇のベンチに座って待った。昨夜降った雨が屋根からパイプを伝って降りてきて、側溝へと吸い込まれていく。
何もかも流されていくかのようにあっさりと過ぎ去って行った。何の余韻も残らないほど。
目覚めてすぐの時と、退院する直前に担任の先生が俺を訪ねた。目覚めてすぐの時は「心配していた旨」「お説教うんぬんかんぬん」などなど…。多分心配で来ただけで、目覚めてばかりの俺を混乱させるのも悪いと思ったからだろう。その時も俺はぼーっとしてたし、だから肝心なことは言わなかった。
退院する直前、今度は大事なことを話してくれた。『俺さえ良ければいつでも学校に戻れること』、『クラスメイトには事故って伝えてあるし大事にはなってないこと』。それと…
「その石島はどうなんすか?その…大丈夫なんすか?」
正直聞きずらくて堪らなかったけど、それを聞かないではいられなかった。先生は案の定、言いずらそうにしていたけれど、先生だって俺がいずれそれを聞くことを分かっていたようで、なるべく冷静に努めようとしているのが見て取れた。
蒼白い病室は、曇り空のせいでほの暗くて、ベットのシーツに反射された微かな光が先生の顔をぼんやりと映し出していた。
「ああ、どこも怪我してない。無事だ。それは安心していい。でも、しばらく家で療養することになった。本人が学校は当分行けそうにないって言っててな。」
そりゃあ。そうだ。と思いながらも、胸が詰まった。
「じゃあ、いつ戻るとかは…」
「…石島次第だな…。でも、専門の先生にカウンセラーを受けて、何とか復帰する手立てを探してるみたいだ。だからその…あんまり気に病むな。」
無理に決まってんだろ。
俺はそんな言葉で胸がいっぱいになりながら下唇を噛んだ。
病院の外に出ると妙にムシムシした気持ち悪い熱気が肌にまとわりついた。じっとりかいた汗がどこにも行かずにずっとベタベタくっついている。
「その…石島のことなんだがな?嵐山。お前一番仲良かったよな?」
先生に言われたことがわんわん頭をこだまする。
「学校であんまり大事になってないのはな。実は石島本人が『自殺の原因はいじめじゃない。いじめられたことは一度もない』ってはっきり断言してるからなんだが…その、本当に無かったのか?」
先生がどんな意図で言っているのかは俺に分からない。親しい俺なら何か知ってるかもとか、はたまた俺を疑っているのか。ただ、俺は苦しくて、情けなかった。俺はあるとか無いとか断言出来るほど石島のことを知らない。
「わ、かんないっ…す…。」
汗だくになって、顔真っ青になって答えた。それをどう受けとったかは分からないけど、先生は「そっか…」とだけ言った。
石島にまた会って話しがしたいと思った。けど、どうしてもそれを先生に伝えることが出来なかった。一体俺に何ができんだよって思うと肺から出る空気が掠れて声にならなくなるんだ。意気地無しクソ野郎。死にそうになっても結局お前は変わらないのかよ。
何も大事に出来なかったことをあれほど後悔したくせに、俺はまた諦めようとしている。
俺は俺がマジで嫌いだ。
指の爪が食い込むほど手を強く握って、握って、泣くのを堪えていた。車のエンジン音がした。もう顔を上げなきゃ。
「ハロー。久しぶりー。」
天使が俺の眼前にいた。
あの時と寸分違わぬ姿で。