田舎の梅の物語
※この作品は牧田紗矢乃さま主催、【第四回・文章×絵企画】への参加作品です。
八劔 幽(https://11361.mitemin.net/)様のイラスト
に文章をつけさせていただきました。
初めて訪れる駅で列車を降りる。
他に降りる人はなく、車掌に切符を回収された。
乗ってきた列車が発車するのを何とはなしに目で追うと、果てなくまっすぐに延びているような気がする線路の向こうへ消えていった。反対へ顔を向けても、カーブは見えない。単線だからホームは一つ。
駅舎は古びた木造で、しかし塗り変えられたのはわりと最近なのか、白いペンキははげていない。線路の向こう、ホームのない方は広く平らな田圃であおい稲が風に揺れている。
待合室の横、人がいることもあるのか職員が入れそうな部屋との間、改札機のない空間を通ると、左手には小さめの駐輪場、右手にはタクシーのいないタクシー乗り場。連絡すると迎えにくる仕組みなのだろう。正面には線路と平行に延びる細い車道。そして畑。
待合室の中には列車の時刻表があった。上りと下りで左右に区切られて、一時間ごとに交互に色が変わって見やすいようにしてある。数字のない場所もある。ひとつ乗り逃すと、だいたい1時間以上待つらしい。
次の列車を待つわけでも人と待ち合わせをしているわけでもないけれど、ベンチに座って、鞄から一冊の古びた本を取り出す。
それは全く無名の物語。
舞台は架空の町だけれど、モデルとなったのはこの周辺一帯だろうと、亡くなった祖父が言っていた。
仕事場からの帰り、ふと思い立ち、とりあえず行き方だけを調べてここへ来た。
布製のカバーをかぶせた四六判の本。何度もめくったそのページ。扱いの悪さを物語っていくつものページで角が折れている。
芯の入った固い表紙をめくると、数ページが摩擦でついてくる。癖がついているページがすぐに開く。
主人公が社を訪れたシーン。
物語の主人公は最初、町に一つしかない駅で列車を降り、あるものを探して会う人々に訊ねながら町の中を巡る。
この駅は町の端にあり、モデルとなった社は逆の端にあったはずだ。
登場順に巡ってみよう。
しかし作中と同じように歩いていては体力に自信のない自分ではどれだけかかるか。
タクシーを呼ぼうと、半ば無意識に手は腿に触れる。普段はケータイがそこのポケットに入っているが、今日に限って充電しっぱなしで置いてきたことにやっと気付いた。どうするかと顔を巡らせれば、待合室の端に公衆電話が設置してある。
財布の中身を確認すると、10円硬貨はない。近くにコンビニもないし、待合室の端にある自販機で一番安い清涼飲料水を購入して調達することにしよう。ちょうどのども渇いていた。
電話から意外とすぐに、タクシーは来た。
運転手に社の名を告げると、あぁ、と知っている様子だった。
「あぁ、お社さんね」
車窓から、離れていく駅舎を眺めると、この町の周囲が山に囲まれていることを再確認できる。
その立地のせいかおかげか、物語中の町には独特の文化と言い伝えがあった。
「珍しいね、観光?」
「はぁ、まあ。そんなモンです」
曖昧に返事をすると、「どこ泊まんだい?」と訊ねられた。
「親戚かなんかでもいんのかい?」
宿のことは何も考えていなかった。最悪は野宿か。
「そうでなけりゃ、この辺に宿やなんかはないよ」
隣町にゃあるけどよと言われても、隣町への交通手段は車──もちろん自家用車はないしレンタカーもなさそうなのでタクシー──か列車。先ほど時刻表をみたかぎりだと夜は23時前に終電だったはずだ。始発も朝8時台。それを数日続けるのは体力的にも金銭的にも辛いものがある。それに社へ行って駅へ引き返すだけでこの時期日は暮れているだろうから、宿は早めに見つけておいた方がいいかもしれない。
「どこか泊まらせてもらえるアテは無いですかね」
「そうさなぁ……思いつかんなぁ」
少し先の十字路で、駅に降りてから初めて見た信号が赤になる。
「昔はお社さんとこに住んどるヒトがおって、面倒見てくれてたらしいがなぁ」
対向車線にも左右にも車はおろか人の姿さえ一つも無かったが、タクシーは律儀に信号の前で停止する。
「かぁちゃんが腰を悪くしてなけりゃ、うちに泊めてもよかったんじゃがなぁ」
「気持ちだけでもありがたいです
まぁ、何とかします」
と言ってもどうするか。
社に着いて、本当に待っていなくて良いのかとしつこいほどに訊いてきた運転手に礼を言って降りると、目の前には緩く長く暗い石段。生い茂った草木は人の往来の少なさを表している。それでもこの先に、描写の通りなら43段と7段と16段と34段の向こうに社殿があるはずだ。この段数の意味はよく解らない。
余談だが、タクシー代はクレジットカードでも支払いができて助かった。ATMも無さそうなここで現金はなるべく温存したい。
「よし、」
誰も聴いていないことを信じて気合いを入れて、ラストに向かうシーンの主人公よろしく、訊き集めた話を記した手帳の代わりにその物語の収められた本を片手に、駈け上がってみようとはしたけれど。20段も行かないで力尽きた。
あぁ、おとなしく歩いて登るよ。しばらく運動不足だったのに、急に無理はするもんじゃないよねやっぱり。足がつりそうだ。
この本に出会ったのは最近ではないけれど、登場する地が実在すると知ったとき、いつか訪れてみたいと想った。
しばらく忘れていたのに、ふと、そのいつかは今だと思ったのだ。
どこかまでは数えていたはずだけれど途中で疲れて疎かになったから、段数の描写が正確だったかはわからない。
登りきったとき、目の前には元は朱塗りだったであろう面影のある開いた門の向こうに木造の建物があった。
この社が、始まりの地であり、ラストシーンの舞台でもある。
とりあえず5円硬貨をお賽銭にしてお参りを済ませ、その場で振り向いてみた。
大きめの気がする門の向こうは雑木林。そのはずなのに。
不思議なことに、開いた門の向こうに見える雑木は、巡らせてある塀の陰にそのすべてが隠れていた。
「こんにちは」
少しイントネーションに特徴がある声が背後からかけられた。
驚いて振り向けば、和装の女性がお賽銭箱の向こうに立っている。
「見ない顔じゃけんど、どっかの倅かぁ?」
あまりに唐突な登場に、幽霊の類かと足下を見てしまう。お賽銭箱に隠れて見えない。
作中に登場するのだ。妖怪の類が。そして主人公の最期を遂げた場所でもあるのだ、ここは。何か出ても不思議ではないような気がする。
「今は誰も住んでいないと伺ったんですが……」
「あぁ、昔はここにもおじいがいたんだけどねぇ、死んじまったよ。
継ぎたいヤツがおらんかったら、あたしがたぁまに様子を見に来よるが、だぁれも来んから、下ンとこに住んどるよ。
ここは暑いけ、家ン中に行こや。」
すぐそこじゃっけ、とお賽銭箱を避けて出てきた女性にはちゃんと両足があった。
言い訳のようにいろいろ並べ立てても彼女は訊かない。
建物の裏に回ると小道があり、そこそこ急な下り坂になっているそこを抜けると民家の裏側に着いた。
「ここがうちン家よ」
ちょっと待っときな。と言ってすぐに急須と湯呑みをお盆にのせて戻ってくる。
社の雑木の陰が縁側にかかっていて風は涼しいが、扇風機に吹かれながらいただくお茶は煎れたてで熱い。
「あんたは旅行かなんかか? こん辺には何もありゃせんが」
「まぁ、そんなとこで……」
「アテはあんのか? 家おってもええぞ?」
つい遠慮の言葉を並べたが、部屋は余っているという言葉に甘えさせてもらうことにした。
着の身着のまま会社帰りに勢いできてしまったため、着替えも何も持っておらず調達できるような店も近くになかったが、今は別の町で家庭を築いているらしい息子さんが若い頃に着ていたという服を借してもらい、しばらくその家を拠点に(若い頃の息子さんが使っていたという自転車も借りて)物語に登場する茶屋(今は和菓子屋)や蛍のいた沼(埋め立てられていた)を巡ってみた。
建物が老朽化していたり、木が伐採されていたりといったことはあったが、町の至る所が作中の描写のままだった。
作者はもしかすると、この町の出身だろうか。
宿泊費を払おうとして宿ではないからお金はとらないと断られ、申し訳なくてあーだこーだとごねていたら「そんなに言うなら対価は労働で」と折れてもらえたので薪割りや社の雑木の軽い整備やらも合間にしていた。
そして気付けばひと月が経っている。
「ごくろーさ〜ん」
「かぎ〜」
畑数十枚向こうのお隣さんを始めご近所さんたちとも見知った仲になった。
「かぎー」とは、私につけられたあだ名だ。数人しかいない町の小学生にもっぱら呼ばれている。私の名前、赤木毎の姓に由来する。
「これやってき。って母ちゃんから。」
「またおいしそうな野菜だなぁ」
「うちの野菜じゃきおいしいに決まっとろう」
畑の雑草を抜いていると元気な小学生兄弟に渡されたのは新聞紙にくるまれたお野菜。
畑でとれたお野菜のお裾分けはここの日常だった。田舎っていいなぁと思ってしまう私もまたここではない田舎出身なのだけれど。
「キヅさんにもよろしゅー言っといて。」
「おー。」
キヅさんというのは、私がお世話になっている、社の手入れをしているあの女性のことだ。佐々木ツメさんというらしい。
いただいた野菜は夕食の天ぷらになった。
「ときにあんた。
仕事ほっぽりだしてきよるのちゃうか?」
茄子のてんぷらを汁に浸しながらキヅさんが切り出した。
「ええの? 都会は難しいやろに。」
「今、無職なので。」
変わり映えのしない日々と暗い顔で不満を愚痴り続ける同僚たちに囲まれる環境に嫌気がさし、辞職願をしたためて、理解があると思っている上司に突き出した。それがひと月前。
その日の帰りにここへ寄ったから、実は受理されているかわからないのだが。
「親御さんに心配かけたらいけんよ。」
その言葉に、家族ではなく同僚の山木津好のことを思い出した。小学校に上がって引っ越す前はご近所さんだった、幼馴染みと呼べるかもしれないわりと親しい友人でもある。
仕事を辞めてからまったく連絡をしていない。
この緩い性格は親族共通のため数ヶ月音沙汰のない程度で心配するような家族はいないが。ケータイも持っていないから連絡をよこされても気付かないし。何のための携帯電話だとよく言い合う。
その友人には、もしかすると何か心配をかけているかもしれない。彼の電話番号は覚えていないし、メールを送れる機器を借りるアテもない。住所は覚えているから、近いうちに顔を出すと手紙を書いた。この数ヶ月で引っ越していたりしないと良いが。
* * *
もうひと月が経って、やっと物語の半分の場所を回った。
町が広いとか物語が長いというよりも、私が方向音痴で道に迷っている時間が長いということが大きいかもしれない。そしてご近所さんとお茶するのも楽しい。
「いっつもその本読んどるねぇ。
おもしろいんか?」
「おもしろくなくはない、ですかね」
「中途半端な応えじゃぁな。はっきりせ。」
社とは反対の縁側で陽に当たっている時のこと。
本を持ち歩くのはいつからかの習慣で、無意識に手に納まっていることもある。今は膝の上に閉じてある。
「これ、本が好きだった祖父に譲り受けたものなんですけど」
「へぇ、おじいさん。」
「なんだか不思議で、祖父の書斎に初めて入ったときになぜか目に留まったんです。他にもたくさんの本があったのに。」
いつも机に向かっていた祖父。
下手な詩だったり、誰かへの手紙だったりを書いていることもあれば、まっすぐに背を伸ばして本を読んでいることもあった。
時たま、本の修復もしていた。それが自己流なのか、どこかで正式に学んだものであるのか、生きているうちに訊いたことはない。
「祖父の持っている他の本ともなんだか違って。」
書斎の中でならどの本も自由に読んでいいと言われて、手の届く高さの本を読みあさった。
小さい頃は身長がたわなくても取ってほしいと頼むのはなんだか格好悪いような気がして、早く背が伸びないかなと牛乳を飲み過ぎておなかを壊したこともあった。
いま思えば踏み台を使えばよかったのだが。
「初めて読んだのは小学校を卒業する頃で、それからしばらく忘れていたんですけど、亡くなる直前の、たぶんたまたま、クリスマスの日に、『これをやる』と渡されて。」
蔵書はすべて処分するようにと遺言状に書いてあり、私の他に読書嫌いでない家族もおらず、私は大量の蔵書を保管できる場所もないため、一部は図書館に寄贈し、大部分はチェーンの古本屋に買い取ってもらった。状態が悪いわけではなく値のつかないものが数冊あり、どうやら市販品ではなく私製本らしかったそれらは私が引き取って時々眺めている。
私も祖父の血を継いでいるせいか、本が好きだった。読書よりも、主に鑑賞物としてではあるが。
「私がこの本を眺めているのを見て、祖父は笑顔になったんですよ。
その本は好きかいと何度も尋ねられました。」
繰り返される問いの意味はよく分からなかったが、思えばあのころ、昔を懐かしむことが増えていたような気がする。
表紙をなでると、くたびれた布の感触が心地よい。
「思い入れのある本ではありますが、内容がおもしろいか、と訊かれると、よく解らない、としか。」
「変わっとるなぁ、あんた」
よっこいせと、キヅさんは立ち上がる。
夕食の準備の時間だ。
* * *
キヅさんの家にお世話になり始めてから3ヶ月近く経ち。
「キヅさん」
「ん?」
「そろそろ帰ります」
夕食のときに、そう切り出した。
「次の新月の日に、夕日を眺めてから、ですけど」
夕日に赤く染まる境内が、物語の最後の舞台だった。
日が暮れて、辺りが真っ暗になって、夜空の星がいっそう輝くと、物語は終わるのだ。
「やっとか。」
「長い間、お世話になりました。」
「いっそ住んでくれてもええんじゃよ。
ついでに、あのお社を継いどくれてもな。」
半分ほど本気らしく聞こえるけれどまだここに定住する気はない。老いてからならいかもしれないが。
「ほいじゃ、やっと満月すぎたばかりじゃけ、あと一週間かそこらか?」
「また来ても良いですか?」
「生きとるうちに会いに来なね」
* * *
数日後、新月の日。
早めの夕食をいただいてから夕暮れ前にキヅさんの家を出て、お社の境内で辺りが赤く染まるのを待っていた。
広い青い空の下、暖かな風が吹き抜ける。気温はさほど高くないから肌寒い。キヅさんの出してくれた半纏を着て、家の裏ではなくお社の表の石段を駈けて境内へ向かう。
この町を訪れた初日、同じようにして眺めたはずの風景が待っている。
注意を向ければ、門のそばに立っている梅の細い枝には小さな蕾がはちきれんばかりに膨らんで連なっている。
手を伸ばしたら、まるで照れるように枝は指の間をすり抜けた。
(ここで、あの最期が……。)
登場する順に巡ってきて、今日、ここが最後の場所だ。
初日と同じようにお賽銭箱へ5円硬貨を投げてお参りをして、振り向く。
世界が赤く染まり始めていた。
物語の主人公が探していたものは、最終的にはここから見る夕日だった。
幼いころに、愛しい相手と眺めた景色。
芯の入った固い背表紙をめくると、鮮血を連想させる色の見返しが覗く。一度は補修をしたけれど、扱いが悪いのかまた折り目が破れかけてきているそれは、梅の枝を連想させる線と、少しずれた凹凸がちりばめられた紙が使われている。破れを気に留めつつ文字の入っていない数ページを後ろからめくると、右ページに物語の最後のフレーズがある。
鮮血が如く散るは紅梅
最期に手折った君の悲鳴
既に聞こえぬ耳に響くは、終に目にした君の顔
それは、私には意味の分からない3行。
もしかすると祖父の詩か何かかもしれない。
この本唯一の挿し絵である一片の花びらも、左ページの下に添えてある。いや、それは挿し絵ではなかった。
触れてみれば、わずかに凹凸がある。
紙の中に、本物の花びらが漉き込まれていたのだ。
後書きや奥付とかはないから、この後には白紙のページが少しあるだけで、背表紙に当たる。
そこでこの話は終わるのだが。これで巡礼のようなことも終わりにしようと本を閉じるとき、剥がれかけている見返しの紙がめくれて、表紙との間に、何かが見えた気がした。
なんだか申し訳なく思いながらも慎重に剥がす。
表紙の裏は部分的に芯の紙が削られ、ポケットのようにしてあった。中には一枚の写真が。いや、もしかしたら絵なのかもしれない。横たわる男性を愛おしそうに見つめる女性と、それをそっと包む梅の枝が写されている。
本との関係は、何も解らない。
これを作った人は、何のために、こんなことをしたのだろうか。
「毎!」
息を切らして私の名を呼んだのは、先日手紙を送った友人の山木だった。
ちょうど夕日を背にしているから、顔が判別できない。
こちらへ向かって歩いてくる。
なぜだろう。
懐かしい。
手に持つ写真を夕日にかざすと、目の前の彼と写真の彼が、よく似ている気がした。
そして写真の女性は、どこかキヅさんに似ている。
「やっぱりここ……」
よかった、と、私の目の前まで来るとうずくまってしまった。そのため言葉がくぐもって聞き取りづらい。
「どうしてここへ?」
「手紙が来た。」
「ああ、送った。」
「消印が、このあたりのだった。」
「よく判ったな」
「言ったこと無かったっけ?」
「何を?」
彼は顔を上げた。
夕日に横顔を照らされて、まぶしいなぁとつぶやきながら、ココ、と足元を指さした。
「親の実家、まぁじいちゃんちなんだけど、この辺なんよ」
「知らなかった。」
「急に仕事辞めるっつって、連絡取れなくなったと思ったらその辞めるっつった職場にケータイ充電しっぱなしだし何考えてんだって思ったよ」
「あのときの私は何も考えてなかったんだろ。」
そうだと思った、と言われても、なんだか複雑だ。
「心配したんだぞ」
「そうだろうと思って生存報告の手紙を書いたんだが?」
「手紙が届いたときには何事かと。」
赤い夕日が、夜の紺青を連れてくる。
もう空の端には星が輝き始めていた。
「その本……」
「知ってるのか?」
「毎のじいちゃんのだろ?」
「貰ったから、今は私のものだ。」
「それさ、うちのじいさんが作って貰ったんだよ。毎のじいちゃんに頼んで。」
「それをなぜ、うちの祖父が持っていたんだ?」
「俺が先に死んだら赤木の敏さんにやりなさいとじいさんの遺言で。ちなみに俺が届けに行った。」
「ならこの写真も知ってるか?」
「どこで見つけた? もしかして、本の中に挟まってた?」
「この背表紙に入ってた」
夕日が山の向こうに姿を消した。
「……それ、うちのばあさんと毎のじいちゃん。」
「もしかして、私らは親戚だったりするのか?」
「現時点では違う。昔下手な劇団やってたの、聞いてない?」
「聞いてない。」
「そっか、じゃ、いま聞いたな。
その劇の台本を手直ししたのがその本で、ソレはたぶん演じた舞台の写真。
うちのじいさんはその舞台をみてばあさんに惚れたんだと。」
空はまだ少し白んでいるが、もう少しで真っ黒になる。
「そうか。
──それでさっきの、現時点では違うって、どういう意味だ?」
黒一色の背景に、星たちがより一層煌めいた。
作中の方言のようなものは、僕の周りで日常的に使われているもので、はっきりどこの地域という設定はありません。
赤木と山木の両名はこの地域で幼少期を過ごしたであろう祖父たちの言葉遣いを聞いて育っているため、自然と受け入れてしまう言葉です。